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32~ヴォルフ
しおりを挟む上の花火に気を取られている隙に、人知れずその場から去る。その姿を見つけた演奏者の男が、手を上げて挨拶してくれたのでディーヴァも手を上げ笑って返事を返した。
「うふふ、楽しかった!」
「あちらの方が人が少ないので、参りましょう」
「そうね、ちょっと休みたいわ~」
「どうぞ、こちらへ」
――――――人気の少ない道に入り、カダルが買ってきてくれたフルーツの発泡酒を口に含んだ。喉が乾いていたし、埃っぽかったのでちょうど飲み物が欲しいと思っていた時に持ってきてくれたのだから、よくよく気がついてくれると感心してしまう。
「この桃の発泡酒、果肉も入ってて美味しいわね……ついでにこれも買っておこうかしら」
「贈答用として包装も出来ると、店の主が申しておりました。とても珍しくも綺麗な包み方で、あれならばアリエノール様もご満足していただけるかと」
「へー……」
喉を潤しながら祭りの賑わいを遠くから見つめ、呪いのことをまるで知らない人々が楽しげに、祭りを楽しんでいることにため息をつきたくなった。自分もとても楽しんだので、他の人のことは言えないが……それでも直面している危機をどう乗りこえるか。目下の最大の悩みに、ディーヴァはひどく頭を悩ませていた。
「どうしたものか……まぁ君じゃないけど、人手が足りないわ」
「ディーヴァ?」
「ねぇカダル。祭りの最終日って確か――――満月、だったわよね?」
「はい、全ての力が満ちる日です」
「……さすがに、マズイ。力を極力抑えた状態で、被害を最小限に食い止めつつ……マーレを止めるとなると、本当に人手が足りないかも?」
「力を抑えなければなりませんか?」
「冬の国の二の舞にしろっての?……あれでも結構、力抑えたんだから。あともう少し月が満ちていたら、危ないところだったわ……」
満月は、特別な力を持つ者の力を増長させる。己の抑えきれない力が高まっているのを、ひしひしと感じているディーヴァは思わず冷や汗を流した。
「力のコントロールは出来るけど……ちょっと不安、なのよね~……せめて後一人くらい、助っ人がいたら――――」
「あっねさ~~~~~ん!!!」
「ん?」
「…………」
「何か聞こえた?」
「いえ、特に何も」
確かに声が聞こえた気がしたが、空耳だったのだろうか?花火はとうに終わっているし、聞こえるのは人々が行き交う賑やかな声のみ。カダルは声の正体に気づいているようだったが、あえてその話題に触れなかったのはディーヴァに関わらせたくなかったからだろう。よほど嫌な相手のようだ。
……しかし、あのすっとんきょうというか間の抜けたような声は、どこかで聞いたことがある気がしてならないと、ディーヴァは首を傾げる。しばし考え込んでいると、またもや同じ声が聞こえてきた。今度はもっと近くから。
「姐さ~~~~~ん!!」
「んんっ??」
「……あぁ、明らかに不審者が近づいてきているので排除しても構いませんか?」
無表情のまま、指輪を弓矢に変化させ近づいてくる声に向かって構える。しかし、どこかで聞いたことがあるその声にディーヴァはカダルを止めた。
「待って。……その明らかな不審者って、もしかして、ひょとしてひょとしたりする?!幻聴じゃなく!!?」
「悲しいことに現実です」
「嫌―――――っっ!!!」
カダルは矢を構え、どんどんこちらに近づいてきているであろう“ヤツ”を待ち構え、臨戦態勢に入る。対してディーヴァは建物の陰に隠れ、相手に見つからないようにする為に必死の抵抗を見せた。珍しい反応である。
「匂うっ……匂うぞ……っ!?姐さんのいい匂い……!!」
ハアハア荒い息を吐きながら、鼻をスンスンさせてディーヴァを捜す明らかに変質者な男の声。鳥肌は止まらず、背筋を気持ちの悪い何かが走る。カダルも矢を構えた状態で呆れ顔だ。刻一刻と迫ってくる相手に多少の緊張感はあるものの、あまりに間抜けな感じで力が抜ける。
……だがしかし、相手はディーヴァに対しての執着が果てしない奴であることを知っているので、やはり気が抜けないことは気が抜けない。
足音は聞こえず、声しか聞こえない。
それなのに……こちらへ近づいてくる気配は、下から上へ撫でられるような気色の悪い感覚で強く感じとれた。
すると、ディーヴァが隠れていた建物の上から、小さな石の欠片が落ちてきた。
恐る恐る上の方へ視線を向けると、松明の灯りでほのかに見える男の姿。
やはりあの男だったかと、目を覆い絶望した。
思わず神にも祈ったほどだ。
「あぁ……やっぱり、あんただったの」
「あ・ね・さ・ん!見ーつけた!!」
「……見つかった……最悪」
「死んでください」
ディーヴァを庇い、カダルは次々と矢を現れた男に向かって大量に放つ。容赦なく、殺す勢いで男に矢を放っているのだが……人ならざぬ俊敏な動きで身軽に避けられる。
男は建物から建物へと素早く移り、目で追うのがやっとだったが……目の端でその姿を捕らえることは出来た。次の予測位置を割りだし、その位置に向かって矢を放てば――――ようやく、男の衣服の端々が矢に刺さり、素早い動きを封じられた。それを見て、心底残念そうにカダルはため息を溢す。
「……確実に死ぬであろう急所を狙いたかったのですが、衣服しか射ぬけず残念でなりません」
目が本気で残念だと言っていると男は気づきサッと顔が青ざめる。
「こっわー!マジこぇーよ、カダルきゅーん!!俺はぁー、普通よりちょーっとばかし頑丈だけどぉ、怪我したらそれなりに痛いのよ?労ってー、慰めてー、愛でてー、姐さーん!!!」
「やはり今のうちに息の根を……」
さりげなくろくでもないことばかり口にするこの変質者に、引導を渡してやろうとカダルは今度は懐に隠し持っていた小剣を構えた。するとさすがに慌てたのか、よく回る口で命乞いをはじめる。
「あっ、マジ待って!俺さぁ、今はモロモロの事情でぇ、人目というかこの月の下で肌を晒せないのよ。矢のせいで服が破けたら、俺の玉の肌が露になっちゃうから助けてオネガイ!」
狙い放題の格好で矢に刺さっている、このお調子者の男。名をヴォルフという。この男は、以前にとある森の中で騒動を起こした奴で、その際にディーヴァに助けられ……何をどうしてこうなったのか、何年か経って再会した時に、『姐さん』と言って慕ってきたのだ。
当時からネジくれ曲がっていたというか、ひねくれ曲がっていたというか。どちらにせよ、ロクデナシの名に相応しい行いをしていた男で、ディーヴァも大概だがこの男には敵わないと、悟らざるを得ない程だった。
……そんなヴォルフは今、黒い厚手の布を頭から被り、首には枷を嵌めて錠前でキッチリ鍵を閉めている。その布には、なんともふざけた舌を出している『テヘッ』を表現したような顔が描かれていた。それだけでも充分突っ込み所が満載だが、体の方も全身が頭の布と同じ物で覆われていて、こちらは手枷と足枷と同時に太い鎖がまるで鎧のように全身を包んでいる。
だが、いくら肌を隠そうとしても鍛えぬかれた筋肉までは隠せない。ふざけた態度をとっている男ではあるのだが、衰えていない肉体を目の当たりにし、この男が未だに油断ならない男なのだと再認識させられる。カダルは多少強引にヴォルフから矢を抜いてやると、早々に側から離れた。
「ありがとさん!やっぱりカダルきゅんって優しいのね、あたし感激したわっ!」
「あなたはどうやったら死にますか?」
「真顔でそういうこと聞くなよ、なんて返したらいいかわかんねーからさー……」
「漫才を見ている暇もゆとりもないんだけど?ヴォルフ、あなた何しにこんなところまで来たのよ」
「姐さん!」
両手を広げ『テヘッ』の顔そのままで突撃してくる愚か者を、ディーヴァは鳩尾に痛恨の一撃を与えた。
クリティカル・ヒット!
鳩尾の部分がへこむほど、強い打撃を加えられそのままヴォルフは前に倒れた。自分の方に倒れてきたヴォルフを抱き止めるでもなく、倒れるのをそのまま見送る。『姐さん、ひどい~』と呟きながら、鎖に覆われた腕を伸ばしてきた。
「質問に答えなさい、ヴォルフ。なぜここにいるの」
「姐さんを追っかけて、遠路はるばるフィトラッカまでやってきましたーっ!」
「ストーカーが……っ!!」
「やだ姐さん、そんなに褒めないで」
顔に手を添え照れたような声音を出し、お茶目な態度を崩そうとしないヴォルフに背筋をかけ上がるものがある。吐き気までもよおしてきて、ディーヴァは全身の力が抜ける心地だった。
「褒めてないわよ……気色の悪い、近づいて来ないでちょうだい!」
「かーっ!!やっぱり姐さんになじられるのが一番っ、心身共に染みわたる~!もっと言ってん」
「……あたしは、あなたにご褒美をあげる為になじってる訳じゃないんだけど?」
「だからこそいいんだろー?狙ってやってんのなら興醒めだっつーの!」
「キモい……!!」
足でゲシゲシヴォルフを蹴りながら、自分に腕を伸ばしてくるのを阻止する。蔑みを宿した目でヴォルフを見下すと、隙を狙ってディーヴァの脚にすがり、すり寄ってきた。
「きゃあっ!?ちょっ、離しなさいよ!!」
「やっぱり姐さんいい匂ーい、柔らかーい!もう一生離れたくなーい!!」
「離れなさい!!見えちゃうでしょうっ!?」
「見えたら見えたで儲けもの……」
「死にたくなければ、ディーヴァの脚から離れてください」
再び矢を構え、ディーヴァから離れるよう命令するが強かな男、ヴォルフはその嚇しには屈さなかった。
「ふふん、いいのかぁ?俺を狙えば、姐さんの綺麗なおみ足まで傷つくことになるんだぜ~?」
「あんたねぇ……っ!!別に傷が出来ても構わないけれど、この距離ならあんただけを……」
「その通りです、そんなヘマはしません。――――確実に、今度こそ。あなただけを貫きますよ」
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