51 / 77
50
しおりを挟むシュバルツの宝、とても響きの良い言葉だ。知り合いの財産だとしても『宝』という単語に期待してしまうのは、欲を持つ者なら当然のことだと言えた。ロマン漂うシュバルツの宝。手に入れるかどうかは別として、これは是が非でも見てみたい。
「その下書きに、詳しく宝のことが書いてあるの?それとも謎かけとか……」
「そこまでは知らないわ、下書きに書いてあるとしか……」
「それは、誰に聞いたの?」
「言えないわ!」
俯き気味だったエミリエンヌは、急に顔を上げディーヴァをキツく見据えた。手の平に顔を置き、優雅にくつろいでいた空気が一瞬にして払拭されてしまう。ディーヴァはぱちくりと目を瞬かせていたが、すぐに口の端を黙って上げる。エミリエンヌは、極限まで高められていく圧力に涙を溢しそうになった。
「うっ……あ……っ!!」
「言えないの?そう……それは残念ね」
伏せられた瞳は、ようやくエミリエンヌの姿を映さない。これでやっと呼吸が出来る。そう思ったのも束の間、なんとテーブルを乗り越えて肌と肌が触れるすぐ近くまでディーヴァがエミリエンヌに迫っていた。
澄みきった空色の瞳が、細められ力が増し氷の瞳に変化した。間近で見つめられる冷たい瞳に、心臓が早鐘を打つのがわかる。背筋が氷る。落ち着け、息をしろと頭で命令しても心がそれをわかってくれない。
人差し指で顎をすくいとられ、強制的にディーヴァをずっと見ることになってしまっている現状に、早く時よ過ぎろと願うばかりだった。
「あなたはとても可愛らしいから、これ以上は聞かないでおいてあげる」
「あ、ありがとう……っ?」
「その代わり、あたしがあなたのお願いを叶える代わりに、あたしも一つあなたにお願いがあるの。……聞いてもらえるかしら?」
「……条件じゃなく?」
「あなたのような子供に条件だなんて、そんな大人げないことを言うつもりはないわ」
この状況は充分大人げない!目の前にいるディーヴァに叫んでしまいたかったが、それは出来なかった。さらに細められる瞳が、高圧的な態度が、美しいこの女が、エミリエンヌに何も出来なくさせていた。
「宝がどんなものであれ、あたしはこの目で見てみたい。だから、絵が手に入ってどこにあるのかわかったら……あたしも一緒に見に行きたい。いかが?」
「いかがも、何も……てっきり宝が欲しいって言うんじゃないかと思ったわ」
「持ち出せない物とかなら、欲しがっても無意味でしょう?」
「持ち出せる物なら盗る気っ!?」
「それは物次第。どうする?ここまで事情を話しておいて、やっぱりお願いを反故にするなんて言ったら面倒じゃない?あなたのお父様に話を持っていかれたら、困るのはあなただけよ」
「脅迫するつもり……っ?!」
「まさか。あなたはただ、宝の在処まであたしが同伴することを許可してくれればいい。簡単でしょう?何も難しいことなんてないわ」
するりと撫でる、ディーヴァの手は手袋に覆われていて体温を直接感じることはない。だが、背中にゾクリと冷たい何かが走ったのをエミリエンヌは確かに感じとった。
自分は、とんでもない人物に『お願い事』をしてしまったのだと思い知る。しかもすでに、逃げられない。逃げてはいけない、逃がしてはもらえないところにいる。
「ねぇ、エミー。あたしのささやかなお願い、叶えてもらえるかしら?」
拒否は認めない。彼女の瞳は、そう物語っていて……エミリエンヌは、黙って頷くしかなかった。
「ありがとう、嬉しいわ。あなたはやっぱり、素直で愛らしいお嬢さんなのね!」
硬直してしまっているエミリエンヌに、ディーヴァは頬にキスを贈る。いきなりなことだったのと、先ほどとはまた違う無邪気とも取れる笑顔に、違う意味で胸の高鳴りを覚えたからだ。
同性とはわかっていても、ドキドキする。こんなに綺麗な人を見たのは、生まれて初めてなのだ。この国は美女が多いことで有名で、エミリエンヌの母や姉たちだけでなく街中が美女ばかり。だから美女は見慣れていると思っていた、ディーヴァを見るまでは。
「……そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね」
「名乗り遅れてごめんなさい。あたしはディーヴァよ、よろしくねエミー」
テーブルの上に腰かけたまま手を差し出してくるディーヴァは、とてもとても綺麗で、眩くて。最初に緊張していた時に見えていた彼女とは、全く違っていて。別の意味で、手が震える。汗をかく。喉が渇く。なんとか腕を持ち上げ、差し出された手を握り固い握手を交わすことが出来た。
ここまででおそらく、エミリエンヌは何度も目眩を起こし極度の緊張と戦っていたことだろう。わずか十歳の子供ながら、あっぱれな度胸。そんなエミリエンヌの大きな戦いを知らぬフリをして、ディーヴァは優美に微笑み続けた。
――――――二人は店を出て、なぜかスイーツ専門店の扉をくぐっていた。ディーヴァが楽しみにしていた、色とりどりのエクレアも置いてある店だ。他にも感性を刺激される、ユニークかつ美味しそうなスイーツが店内に配置され、ディーヴァの心は浮き足立つ。
「こんなところに案内してくれるなんて、一体どうしたの?」
「勘違いしないで。案内した訳じゃない」
「ならどうして?」
「あなたが勝手についてきたんでしょう!?」
「そうだったかしら?」
細かい作りの飾られた綺麗な箱を持ちながら、店内をいろいろと物色した。すると、顔立ちの整った男の店員たちが、我先にとディーヴァに菓子を進めてくる。その際にさりげなく指をすくいとるなどして、やけにスキンシップ率が高くなっていった。
「……男を侍らせて楽しそうにしているだなんて、まるで悪女ね」
お菓子を見ながら、不機嫌そうな顔を隠そうともせずエミリエンヌは悪態をついた。まるで先ほどまでのことがなかったかのような強気な発言と態度に、ディーヴァは軽く笑う。
「楽しそうに見える?」
「とても」
美女が美男を侍らせている図は、なるほど悪女と言えないこともない。ディーヴァは片手で男たちを制止させ、エミリエンヌの近くまで歩み寄る。やけに高く鳴り響くヒールの音が、恐怖をジリジリと思い出させた。
「なら、あなたの目は節穴ね。あたしは今、とても鬱陶しいと思っているのだもの。せっかくのエミーとのデートを邪魔されているのよ?不愉快だわ」
ディーヴァと自分がデート……デート!!?デートとは、恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすることだ。
……深く考えてはいけないとはわかっている。理解している。エミリエンヌは、短い時間ながらもディーヴァという女のことを、少なからずわかったつもりだ。平然とした顔で笑いながら、平気で嘘をつく。信じられるものは何一つない。
「大嘘つき」
だから、利用し尽くしたらさっさと別れるのが最善の策だ。別に付き合っている訳ではないが、今は一緒にいるのだから一定の距離を保つこと。これしかない。
「あたし、あなたみたいな子は本当に好きなのよ?たまらなく愛しい、そんな想いが込み上がってくるの」
「気持ち悪いこと言わないでよ!」
「ひどーい!あたしの気持ちを信じてくれないのー?」
「信じられない」
「即答なのね、本当のことなのに……」
ディーヴァがそう言うのも、仕方ないことだった。最初からこんなにも敵意をむき出しにして、好意を垣間見えさせずハッキリ言ってエミリエンヌはディーヴァを嫌っている。理由はわからないが、好かれていないことはわかりきっていたので、ディーヴァはそこをひどく気に入ったのだ。ディーヴァのことを好きじゃない生き物はいない。知り合いならば皆、そう断言する。それがディーヴァは嫌だった。
好きな人がいれば嫌いな人だっている。それが好き嫌いであり個性だ、誰にも否定出来るものではない。その個性のある人間と、久しぶりに出会えた上に交流が出来ているこの事実。ディーヴァは感激と喜びで、全身がうち震えているのを感じた。次いで愛しさがふつふつと募る。
こんなにも可愛い子、愛らしい子が自分を好いておらず嫌っている。決してディーヴァは被虐性に富んだ性格の持ち主ではないが、この新鮮な感情は長生きしている者だけが知り得る喜びなのだ。純粋に、嬉しい。そして、楽しい。久しぶりに会えた珍しい反応を見せるエミリエンヌに、ディーヴァは最大の興味を得た。
「あなたはまだ十年しか生きていないから、嫌われて嬉しいと感じる人の気持ちはわからないでしょうね」
「きっと一生わからないと思うわ……」
「それでいいのよ、そういう人もいるのだということは知っておいてほしいだけ。なんてワガママな女と思われるかもしれないけれど、あたしは多くの人々に好かれ過ぎている。嫌われた経験なんて数える程度なの」
「望んで嫌われたいと思う人なんていないわ!もしそう思う人がいるのなら、おかしいわ、異常よ!!」
「そう、あたしは『異常』なの。好かれ過ぎたいとは思わない、あなたみたいな子に嫌われていることがとても嬉しい。おかしいのよ……だから、」
“あたしを、嫌い続けてね”
囁かれた言葉に、エミリエンヌは目眩を起こす。マトモな女ではないと思っていた。どこか変だ、おかしいと。
……エミリエンヌは、とんでもない女と関わってしまったとようやく後悔した。目を惹いたという理由だけで声をかけ、願いを申し出て無事に了承を得られたと思えば、こんなにも歪んだ人格の持ち主だったとは!!
今目眩を起こさずして、いつ起こせというのか。店員が気づいてエミリエンヌが駆け寄ろうとするが、ディーヴァが片手で止める。すると、何の躊躇もせずエミリエンヌを抱き上げ店の外に出た。
「ちょっ!?」
「目眩を起こした子が、いつまでも空気の悪い建物の中にいたらいけないわよ」
「あそこは、他国でも有名な菓子店なのよ?!二度と行けなくなったらどうしてくれるの!!」
「具合が悪い女の子より、自分の店の商品を優先させる店なら潰れた方がいいわ」
0
あなたにおすすめの小説
神樹の里で暮らす創造魔法使い ~幻獣たちとののんびりライフ~
あきさけ
ファンタジー
貧乏な田舎村を追い出された少年〝シント〟は森の中をあてどなくさまよい一本の新木を発見する。
それは本当に小さな新木だったがかすかな光を帯びた不思議な木。
彼が不思議そうに新木を見つめているとそこから『私に魔法をかけてほしい』という声が聞こえた。
シントが唯一使えたのは〝創造魔法〟といういままでまともに使えた試しのないもの。
それでも森の中でこのまま死ぬよりはまだいいだろうと考え魔法をかける。
すると新木は一気に生長し、天をつくほどの巨木にまで変化しそこから新木に宿っていたという聖霊まで姿を現した。
〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。
克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる