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「ギャーーーっっ!!!ホ○!○モ!!警告!警告!男同士は禁断の展開です!!」
「元は女でも?」
「それでも今は男だろうが!!」
「きゃー、やめてー、乱暴はおよしになってー」
「裏声使うのはやめろ!!」



 ゾワゾワと、身の毛もよだつと言って嫌がるマオヤをからかうディーン。カダルから離れ、隙をついて今度はマオヤに抱きつき。ふっ、と、耳に息を吹きかけ。



「女の柔らかな唇じゃないが、……褒美をやろう」



 陶器のように白い頬に、そっと口付けた。



「っ……!?っつ……!!!」



 炎が燃え盛る屋敷の側で、ハッキリと確認出来た訳ではないが。マオヤは顔に、赤い熱を帯びる。炎よりも真っ赤で、熱い。珍しい物が見れたと、ディーンはとてもご満悦だ。



「なんだ、そんな顔を忘れていないんじゃないか」
「なんのことだ……!!」



 真っ赤な顔に、震える声で言われても迫力はない。ニヤニヤ笑うディーンに、言い返してやろうとすると。



「崩れた表情を見るのは、七十年ぶりだ」
「………………」



 それは、共に暮らしていた時のことを言っているのだろう。あの頃はまだ、一緒に暮らしはじめたばかりで。警戒心が強い野良猫ぐらいなら、まだ希望はあっただろうが。全てを諦めた、虚無を宿す目を見た時。色々な意味でダメかもしれないと、ディーンは思ったものだった。



「なんでも出来る器量よしで、優れた才能を持ち合わせていた癖に。表情は酷く乏しくて…………私はいつも、笑わせるのに必死だったなぁ……」
「俺だって、本音と建前は使い分けられた!お前が心配しなくても、俺は大丈夫だったんだ」
「いやいや、それは違うぞまぁ君。あんな薄っぺらい笑顔で、何が使い分けられているんだか」
「薄っぺらいとはなんだ!!」
「透き通るような薄っぺらさだったじゃないか。あれでは逆に、壁を作っているも同じだ。……ま、今はだいぶマシになったようだけれど?」



 見透かされたような瞳が、マオヤの心を掻き立てる。感情が乏しい訳ではなく、ただ単に。面に出しにくいだけなのに。それを人は誤解するから、本人よりもディーンが酷く心配していて。

 折を見て手紙を書いても、なんとかやってるの一言しか書かれていない手紙が返ってくるだけで。やきもきしていたのだ。これくらいの仕返しは、可愛い方だろう。



「まぁ君らしさを残して、良い方に成長しているから。私は嬉しい」
「っ……、なんだよ、それ」
「ははっ、私がただ言いたかっただけだ。心の奥底に書き留めておいてくれれば、それでいいよ」
「いいや、忘れる」
「忘れない癖に」
「忘れる!」
「……忘れられない癖に」



 その一言で、ディーンの方へ勢いよく顔を向ける。なんと言っていいかわからない表情に、さすがのディーンも苦笑した。



「あぁ、そうそう。頼んでいた物は、救いだしてくれたか?」
「もちろん!けっこー色々あったんだけどさ、詳しく特徴聞いてたから間違えてないとは思うけど……」



 先ほどからヴォルフが持っている、布で覆われている大きな四角い物。確認の為に、布を取り中身を確かめる。すると―――……



「あぁ、間違いない」



 慈愛に満ちたまなざしで、こちらを見つめる美しい人。エミリエンヌの面影そのままに、優しい微笑みを浮かべる女性の絵。あの小さな子が、たった一つ。屋敷にある物で、未練が残る物だろうから。これだけは、燃やしたくはなかった。



「レネットに持っていってやろう。きっと喜ぶ」
「……その方は、彼女の母親ですか?」
「そうらしい。エミーにソックリだな」
「親子なんだから、似ていて当たり前だろう」
「その台詞、そっくりそのまま言ってやってくれ」



 ポツリと唐突に、そんなことを言うディーンを不思議そうに見つめると。



「彼女が喜ぶことは、なんだってしてやりたいんだ」



 とろけるような、微笑みを見せて。焦がれるような、憎らしいような、切ないような。もどかしさが、胸の奥に刺さる。相手は、小さな女の子で。とるに足らない相手だとは、わかってはいても……



「嫉妬、します」
「ん?」
「あなたに、そんな顔を向けられている……彼女に」
「可愛いな、お前は」



 グリグリと、カダルの頭を撫でる。男の姿では、身長差はあまりないので撫でることはたやすいが。なんとも言えない表情のカダルを見るのは、耐えがたいものがあった。



「ふふん、可愛い奴め。心配するな、彼女はそういった対象じゃないんだよ」



 エミリエンヌには、そういった感情はないと断言する。どこまでも純粋で、健気で一途で……愛らしい子供。愛でることは出来ても、自分の欲は見せられないし。ぶつけることは出来ない。

 そんなことは、したくない。彼女にはどこまでも、自分らしく生きていってほしいから。自分という存在と、深く関わりすぎて。不幸になった者は……少ないとは言えない。だから、だからこそ。



「目的を遂げたら、さっさとこの国を出るよ」
「……いいのか?」
「いいも何も、いつもしていることじゃないか。今回が初めてじゃない」
「そうだけどさ、旦那。寂しくねぇの?」



 ヴォルフの癖に、わかったような口をきいたので。思いきり、往復ビンタを食らわしてやった。



「さて、早いところ彼女たちをレネットに連れていこう。お前たちは店々を回って薬草集めだ!迅速に行動してくれ」
「「「了解しました!!!」」」



 ぞろぞろ美女を引き連れて、道を歩き始める。男たちも散開し、ディーンに言われたことを実行する為。冴えた夜の空に消えていった。



































 ――――――やられた。気づいた時には、時遅し。店の扉を持つ手は、破壊する勢いで力が増していき。静かに怒りのオーラを立ち上らせるディーンに、表情は変わらずとも。女たちはかすかに体が震えた。



「……あの女、生きていたの」



 低い声でそう言いながら、店内を見渡す。ひどく荒らされ、人影がどこにも見当たらない。その上壁に、血文字で『エミリエンヌは拐った』と書かれてあった。ジュリエンヌの姿も、見当たらないところを見ると。どうやらリリアンヌは、ジュリエンヌにも術を施していたようだ。

 ディーヴァの魔法は完璧だ。否、四人の神様たちに与えられた魔法は完璧なのだ。しくじるはずがないし、失敗する要因もない。だから、リリアンヌが天使の体とほざいていたあの体ごと。リリアンヌは死んだはずなのだ。


 ――――ならば、魂を分けていたら?


 自らの魂を分けておいて、なにかの拍子に目覚めるようにしておけばどうなる?ディーヴァがリリアンヌを殺した時。ジュリエンヌの体内にあった、リリアンヌの魂が目覚め。エミリエンヌを拐ったのだとしたら……?



「やはりどこかで、同情していたのかもしれないわね。……こんな、初歩的な……バカバカしいミスをおかすなんて――――!!!」



 リリアンヌが居住にしていた屋敷は、もはや無い。
ならば、どこにいる?



「あー……ヴォルフがいたら、匂いで後を追ってもらえるのに」



 心当たりがまったくなかった。二百年もの間、この国で生きていたのだから。地の利は向こうにある。とてもディーヴァ一人で捜しきれるほど、この国は狭くはなかった。



「さて、どうしたものか……」
「おいおいおい、どうなってんだよ~!エミーが癇癪でもおこしたのか~?」
「失礼する、少々ものを尋ねるが。ここに一風変わった、三人の男性はいるだろうか?」



 これぞ天の采配か、それとも四人の神様の単なる気まぐれか。どちらにせよ、これで人手は充分足りる。



「ラウフ」
「エミーはどこだよ」
「そのエミーに会いたいなら、協力しなさいな」
「どういうことだ」
「ついてくればわかるわよ」



 ぎゃーぎゃー喚くラウフを軽く無視し。今度は訪れたもう一人の若者に、視線を向けた。



「はじめまして?」
「…………どうも」
「あなた、ここにはどのような用でやってきたの?」
「忘れ物を届けに来た」



 黄金の美丈夫。まさにその一言に尽きた。思わず見惚れるでもなく、恥ずかしさのあまり視線を逸らすでもなく。まっすぐと、射ぬくように。訪れたマクシミリアンを見た。



「取引しない?」



 グイッと、マクシミリアンに詰め寄る。胸を押しつける形になってしまっているが、今はそんな細かいことを気にしている場合じゃない。この男の力を借りれるかどうか。それによって、エミリエンヌが救いだせるかどうかが決まる。



「取引、とは」
「あなたが望んでいることを、あたしは叶えるわ。元々そのつもりで、この国に来たわけだし」
「……見返りは?」
「あなたの力を貸して」



 幼い少女が、醜く汚れた犯罪者の魔の手に落ちてしまった。救おうにも、この身一人で出来ることはたかが知れている。



「あなたの力を借りる代わりに、あたしがあなたの望みを叶える。――――いかが?」



 右手を差し出し、伸るか反るかを問う。視線は逸らさず、答えを待つ。すると――――……



「了承した」
「よし、頼むわね」
「俺には頼まねーの?」
「エミーに関わることで、あんたに何か頼むことがある?」
「……言ってくれるじゃねーか。もし、エミーに傷一つでも付いていたら……その時はお前も容赦しねーぞ」
「ご自由にどうぞ?ただ、あたしが傷ついたらあの子は泣くでしょうけれど?」
「俺が慰めるからいいんだよ」
「話も聞かないでしょうよ。あの子、意外と思い込みが激しい上に頑固だから……」



 激しくて、切なくて、一途で純粋で。見た目も中身も、つくづくディーヴァの理想というか好みというか。自重しようとは思っているのだが、どうにも止められそうにない。

 心の底から、愛しくて。守ってやりたい、慈しんでやりたい。あの子の為なら、どんなことでもしてやりたい。そう思ってしまうのだ。

 だから。



「あんな女に、取られてなるものですか」
「なんだ?」
「なんでもないわよ~!……そうそう、それで。協力の話なんだけれど……」



 男たちの顔を引き寄せて、小さく耳打ちする。およそ人外でも、盗み聞きすることは不可能であろう話の内容に。聞いた本人たちは絶句した。



「本気かよ……」
「あたしはいつでも本気よ」
「それは確かなのか?」
「エミーの話から察するに、間違いなくあそこにいるはずよ。……神聖なる職に就いている者が、聞いて呆れるって話だけれど」
「まったくだな」

















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