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【第一部】 夢へともがく者達:下
残り香(2)
しおりを挟むアティルナでの時間は過ぎていく。
リコルトの時と違い、拍子抜けする程穏やかに過ぎていく日々にナハトは楽しさを見出していた。
ルーカスは相変わらずクオンに対し熱い眼差しを向けているが、クオン自身がルーカスに苦手意識を抱いているようなので一緒の時間を過ごしても変な空気になることもない。課題は相変わらず大量にあるが、セツナのおかげでスムーズに進んでいる。空き時間にイクシャに稽古を付けてもらい、フォルテから魔法について学ぶ。セツナが外に出かける時はついて行き、セツナを護衛しつつ共に観光をする。
リコルトでの出来事が異常だっただけで、アティルナは平和そのものだ。これが本来のセツナの旅。ナハトの目にはルーカスやフルカなど、多少の心配要素はあったがそれも些末なことに見えた。
七月二十二日、燦の日。花の砦は賑やかだ。予定通り明日二十三日の風の日に一行はアティルナを経つ。旅立ちを目前に控え、騎士たちは準備に掛かりきりだ。次に向かうのはアティルナから南東に位置する町、オーディエルダ。馬車で一日半掛かり、途中に宿は無い。
「英気を養うのには良い村だった」
「寝てばかりじゃないか」
荷物の最終確認を行うナハトに、ノグはゴロゴロとベッドの上で寛いでいる。今は部屋にイクシャも居ない為、ノグに対し自由に発言出来るのだ。
「うーむ。しかし」
「しかし、なに?」
「おかしいと思わないか」
「だから、何が?」
「何もないことが、だ」
ナハトは荷造りの手を止める。顔を上げると、そこにはトカゲはいない。金と空色の長い髪を束ねた絶世の美青年が、足を組みベッドに腰掛けていた。
「えッ、そ、その姿になれるの!?」
「当たり前だろう。トカゲ姿ばかりだと身体が鈍る」
大きく伸びるノグ――もとい、ノグリディアに対し「当たり前と言われても」と思いながらナハトはノグリディアに身体を向けた。
「何もなくていいんじゃないの?」
ノグリディアは頷き「そうだな」と肯定した。
「何もないことは良いことだ。しかし、嵐の前の静けさと言うだろう」
「……怖いこと言わないでよ」
「我は怖がらせるために言っているのではない。だが用心するに越したことは無い。剣を学び、魔法を学び、力を付けようとするのは良いことだ。励むといい」
「言われなくても励むよ。――あ、セツさんのところに忘れ物してたんだった。取りに行ってくる! あ、トカゲになっててよ!?」
「うむ、行って来い」
ナハトが部屋を出ていく。残されたノグリディアはベッドから立ち上がり、ゆっくりと窓へと向かった。
夜の帳が下りる。星の瞬きが、ノグの瞳を輝かせた。
「――二度と、あのような戦火を繰り返してはならぬのだ。そうだろう? ――ハリウス」
「広いんだよなぁ……」
砦を歩きながらボヤく。ナハトの部屋からセツナの部屋まで、少しばかり距離がある。廊下は暗く、魔法の灯りも点々としており心もとない。
そこの角を曲がればセツナの部屋だ。そう一歩踏み出そうとした時、ナハトの動きが止まった。誰かが廊下を走る音が響く。その音は段々近づき――
「うわっ」
「きゃ! な、ナハトさん!?」
「セツさん!? ど、どうしたんですか!」
顔を真っ赤に染めたセツがやってきたのだ。
「な、なんでもないんです! ちょっと、その、勝手に身体が! 夜だから元気で!」
「だ、大丈夫ですか……? 走るのは良くないんじゃ」
「大丈夫です!」
「――それより、他の方はどうしたんですか?」
今の時間、護衛はユカラやクオン、髭騎士やイクシャが担当していた筈。顔を真っ赤にさせながらセツナは考える。
「えっと、ユカラさんもクオンも呼び出されて、廊下の方々は何故か居ませんでしたね……」
「は、はい!? 大問題じゃないですか!」
いくら砦の中だからと言って、護衛を薄くするとはユカラやアティルナ領主の性格を考えると起こりにくい。セツナは「確かに……」と現状を言ってから理解したようだ。
「偶然ですかね……?」
「……あまり良くない偶然ですが……それで、どうしてお一人で走ってきたんですか?」
「それは、本当になんでもなくて! と、とりあえず、一緒に居ていただけますか? 一人で居るのは流石に……」
「勿論です。あ、僕セツさんの部屋に忘れ物をしたんです。取りに行っても――」
「あっ」
「ん? ナハトと姫、どうしてこんなところに?」
セツナの部屋の方向から来たのはフルカだ。フルカは二人を見て首を傾げる。
「姫、いくら姫がヴァンパイアだからってこんな時間に外に出ちゃ駄目だろう? 護衛もナハトだけじゃ心許ない」
それにはナハトも同意だ。セツナは顔を赤くしてフルカを睨みあげた。
「――今、部屋に誰もいないのです。ナハトさんとフルカさん、来ていただけますか。この時間に私の部屋に招くのは非常識だとは分かっていますが、クオンとユカラさんが戻るまでで結構ですので」
「勿論。姫の頼みなら一晩中でもお傍に居ますよ」
「ッ」
踵を返し部屋へと向かうセツナ。いつも品良く振る舞うセツナにしては、足取りに荒さがあるものだ。
(あれ?)
セツナの後を追うナハトは気付いた。甘い香りセツナからする。蜜にも似た甘さとどこか官能的なその香りは、セツナのイメージとはかけ離れていた。
(セツさんが買ったのは薔薇の香水じゃなかったっけ)
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