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【第一部】 夢へともがく者達:下
布の町オーディエルダ(3)
しおりを挟むオーディエルダ。布の町であり、漁業の町であり、染織の町である。ルードゥア川に面している恩恵を一身に受けた町であり、各町村の中継地で輸送船の出入りも多い。商業の中心地として発展した土地なのは言うまでもないだろう。
特にルードゥア川に面した東区は工房も店も多い。染料だろうか、独特な香りが道に漂っていた。パタパタと、布の靡く音がする。美しい模様が織られた装飾布が風に揺れていた。
カティ雑貨店はパタパタ通りに面している。通りの丁度中央、豪華な装飾布が飾られた店の隣がカティ雑貨店だ。
ようやく見つけた目当ての店だ。ナハトは疲れた表情のまま扉を開ける。カランカランとドアベルが鳴り、店に居た客がナハトを一瞥した。
「いらっしゃいませ~」
気の抜けた挨拶をしたのは男店主だ。彼は木箱いっぱいの商品を陳列しては店の奥へ行き、また沢山の商品を木箱で運ぶ。その繰り返しをしているようで、忙しいのが見て取れた。客はナハトを含めて三人程度だが、それ程までに商品が必要なのだろうか。ナハトが首を傾げていると、一人の男性客が陳列されたばかりの瓶を両腕いっぱいに抱えてカウンターへ向かった。
客である青年は目を引く見た目をしており、ナハトの視線は自然と客へと向けられる。今は気温も高いフォルの季節だというのに彼は凝った刺繍が施された外套を着ている。長く美しい夕焼け色髪を一つにまとめ、腰には剣を携えていた。傭兵稼業の者だろうか。
店主は客を確認した途端、慌てて空いた木箱と共に戻ってくる。
「えーっと、これは全部で二十ベイラですね」
「ええ!?」
思わず声をあげてしまったナハトを、客と店主が驚き凝視した。ナハトが「しまった」と顔を赤くしていると客が腹を抱えて笑い始める。
「あはははは! さては少年、この町の子じゃないな?」
「は、はい……」
「安すぎてびっくりしただろう? 瓶の価格としては破格だからねぇ。はい、二十ベイラ」
店主が金を受け取ると、すぐに空き木箱に瓶が詰められていく。客はその間、ナハトを見てニコニコと笑っていた。
「あれはね、祈願瓶って言うんだよ。見た目はただの瓶だけど、大漁祈願祭用の瓶なのさぁ」
「え、えっと……? どういうことですか?」
「期間限定の瓶ってことだよ。これは大漁祈願祭が終わると溶けて消えてしまうからねぇ」
溶けて消えてしまう瓶。目を見開き驚いているナハトが新鮮なのか、客は上機嫌に語り始めた。
「魔法で出来ている瓶なんだよ。この町にいる魔導士たちが祭りの為に作ったものでね。だから特価なんだよ」
「魔導士ってことは、貴族様ですか?」
「まさか! この町の貴族がそんな仕事するわけないでしょ」
手と首を左右に振り「エルフたちだよ、エルフ」と言いながら客は店主から木箱を受け取る。
「貴族じゃなくてもエルフなら魔法が使えるからねぇ。彼らが祭りのために安価で提供してくれるから、祭りは成り立ってるのさぁ。君も、祭りに参加するならエルフに感謝するんだよ。じゃ、祭りを楽しみたまえ、少年」
ドアベルの音と共に去っていく青年。入れ替わりで男が焦った顔で入ってきた。イクシャだ。
「い、イクシャさん!」
「……は~~~~~~……探したぞ」
その場でしゃがみ込み息を整えるイクシャにナハトは「すみません、迷っていました……」と謝罪する。息を整え、立ち上がったイクシャはナハトの頭を無造作に撫でた。
「無事なら良い。次は気をつけろ」
「はい」
次はイクシャの服の裾でも掴んでおこうとナハトは決意する。
二人は改めてカティ雑貨店内を見渡す。雑貨というだけあり様々なものが陳列されている。主に売っているのは平民向けの日用品だ。ナハトたちが店内を見ている間にも客が入れ替わりでやってくるあたり、商売は上手くいっているように見える。
ナハトは一先ず店主に大漁祈願祭で使用する瓶と大漁祈願祭で使用する布を各十ずつ欲しい旨を伝えた。会計を済ませれば店主はすぐに木箱へと商品を詰め始める。
問題は土産だ。
「お土産って、何を買えばいいんですかね」
「俺に聞くな」
イクシャは戦力にならないようだ。ナハトは潔く諦め陳列棚を見ていく。土産屋の方が迷うことなく買えそうだが、指示ではこの雑貨店で買うと書かれているのだから仕方がない。
「えーっと……うーん……うーん? うーん……」
木製のカトラリーにゴブレット、布巾や籠などもある。どれもセツナを連想させるものではない上に、どこでも買えるものだ。
オーディエルダに来たのだから、オーディエルダにしかない物が良い。特に王都では売っていないような物の方がきっと喜んでくれるだろう。体調を崩しているセツナを少しでも楽しい気持ちにしてくれる物はないだろうか。
ナハトが悩んでいると、視界の端に鮮やかな色が見えた。振り向けばそこには何種類もの織布が重ねられている。
ナハトは一番上に畳まれていた一枚の織布を持った。赤が基調で繊細な模様が織られており、王都では見ない派手なデザインだ。次の一枚を手に取る。今度は青と黄色を基調としている。そこでようやく気付いた。重ねられている織布は全て異なる意匠であると。
ナハトはその織布を一つ一つ見ていく。その中に、緑と紫の織布があった。模様の派手さはあるが、色合いに品があり均衡が取れている。
「イクシャさん、これなんてどうですか?」
「俺に聞くな」
「意見くらい言ってくれてもいいじゃないですか」
イクシャは怪訝な表情を浮かべたままナハトが持っている織布を見つめる。
「いいんじゃないか」
「適当に言ってないですよね」
じとりとした視線に、イクシャは頭を掻き眉を寄せた。
「適当でも適当じゃなくてもいいだろ。女心なんて知らんし分からん。分かるのはその布じゃ剣を磨けないくらいだ。お前が選んだのなら、セツナはそれで満足する。それでいいだろ」
「……イクシャさんと結婚する人は、苦労しそうですね」
ナハトの言葉に、イクシャは微かに笑った。
「結婚の予定もないから、その心配は無用だな」
さっさと会計して来いと言うイクシャの言葉に押され、ナハトは織布をカウンターへと持っていく。予算内で購入できた織布を木箱の隅に入れ、二人は店を後にした。
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