赫耀たるガージャフローロ:第1部

逆砂ネジリ

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【第一部】 夢へともがく者達:下

畜産の村メイレガンド

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「平和だ」

 晴れ渡る青空の下、草原に寝そべる少年が呟いた。金色の髪が風に揺らめき、青々とした草木の香りが肺を満たす。

「平和だな」

 金髪の少年――ナハトの隣に居るイクシャが頷きながら返事をする。
 畜産の村、メイレガンドに着き数日。セツナ一行は文字通り平和な日々を送っていた。
 オーディエルダの件も踏まえ、セツナの療養を優先しているため観光は未だ出来ていないが、家畜が放牧され、草原が風で波立つ光景はまさに平和そのもの。緩やかな時間が流れるこのメイレガンドとトラブルは無縁だろう。
 暑さの真っ盛りであるフォルの季節だというのに、メイレガンドは涼しく快適だ。貴族に人気な避暑地なのも頷ける。辺境でなければもっと人が来ていただろう。

「この村では肉が美味いらしい」

 普段話しを振らないイクシャが放逐された家畜、ボッカを見ながらナハトに言った。ボッカは牛の一種で、主に食用として飼われていることが多い。
 イクシャは草原から立ち上がり、ナハトへと手を差し出した。

「休憩は終わりだ」
「もうですか?」
「十分だろう」

 陽の光を浴びるイクシャを眩しそうに見つめながら彼の手を掴み起き上がる。ナハトは短剣を握り、再び稽古へと戻った。




 メイレガンドは毎年、王立魔法学院の生徒たちが団体で泊まり込みでやってくる。そのため、のどかな村には似つかわしくない程の華美な宿があった。セツナ一行がメイレガンドに滞在している間はこの宿《湖の恵み》で過ごすことになっている。
 メイレガンドの地を訪れ、一週間。療養していたセツナは、すっかり元気を取り戻していた。オーディエルダを出立する時は青白く影が差していた顔色も、今では頬に薔薇色が彩っている。メイレガンドの気候は保養地としての役割をしっかりと果たし、セツナは宿の周囲を散歩出来るまでになった。
 高齢の領主、シーリオ=メイレガンドはセツナの体調が快方に向かったと聞き、まるで孫が産まれたかのように全身で喜びを表現した。その結果ぎっくり腰になり、今度は領主が療養することになったのだが。
 そんな日の夕食。護衛面子が全員揃った状態の中で、ユカラが口を開いた。

「明日、ハリウス湖に行きます」

 その言葉に最初に反応したのはフルカだ。

「ハリウス湖ってことは、もう許可は得たんですか? あそこって番人の許可だけじゃなくて、たしか領主の許可も必要でしたよね?」
「ええ。それはもちろん。ただし場所が場所なので、ハリウス湖へ入る人数を制限します」

 ユーディベイラ王国屈指の地脈地点、ハリウス湖。王立魔法学院の、ナハトの学年である三年生が後期に行く予定の場所。そこで儀式を経て魔法を扱えるようになる。
 ナハトは緊張した面持ちでユカラを見た。導士を目指すナハトにとって、ハリウス湖は特別な場所だ。行きたい! と声を挙げるのを我慢し、拳を握り時を待つ。
 ユカラが一瞬、ナハトと視線を交わした。

「セツナ様はもちろん、私、フォルテ、クオン――そしてナハト。この五名で入ります」

 ナハトは息が止まりそうになった。自分の聞き間違いだろうか。そんな疑いも隣の席の人物が立ち上がったことで吹き飛んだ。ルーカスだ。

「何故俺様が入っていない!?」

 抗議の声はルーカスだけではなかった。

「騎士を一人も連れて行かないんですか? ナハトは連れて行くのに?」

 不満げな表情を隠すことなく言うフルカ。二人の会話に「まあまあ」と穏やかな声で入ったのはフォルテだ。

「確かに男手という面では心許ないのは分かります。しかし、ハリウス湖はユーディベイラ王国の中でも強固な魔法で守られている場所です。セツナ様の目的と、ハリウス湖という特殊な場という面も考慮した結果の人選です。ご理解ください」
「ユカラ嬢やファリッド殿は分かる。セツナ嬢の傍にクオン嬢が居た方が良いことも理解できるが、何故俺様ではなくナハトなのだ! ナハトは何も持っていない、魔法も使えない。ナハトより俺様の方がいいだろう!」

 ルーカスがナハトを指差しながら言う。ナハトの心臓が跳ねた。ルーカスの言葉通りだ。ナハトは何も持ち得ていない、それどころか足手まといだ。それはナハトがよく理解している。
 ナハトの視線がユカラへと向かう。ユカラはルーカスの強い口調に圧されることなく、静かに答えた。

「何も持っていないからです」
「……何?」

 怪訝な表情でユカラを睨むルーカス。ユカラは薄く微笑んだ。

「力を得る瞬間は、早々お目にかかれるものではありませんから」





 八月十一日、水の日。
 夜明けと共に出発した馬車が濃い霧の中をゆっくりと進む。昼間は見渡す限りの草原と青空の広がるのどかな村が、今は表情を変え道すがら生えている木々ですら精霊の力を宿しているような神秘的な雰囲気を醸し出していた。

「こうして一緒の馬車で移動するのは初めてですね」

 セツナが言った。ナハトは緊張した面持ちで「そうですね」と答える。
 今乗っている馬車は、ナハトがこの道中で慣れ親しんだものではない。豪華な内装が施され、ふかふかな座面と艶のある布地が特徴的な貴族用の馬車だ。
 乗っているのはナハト、その隣にフォルテ、ユカラ。そして対面にセツナとクオンが座っている。御者は髭騎士のガルオドルデが務めていた。
 この馬車を守るように前後に騎士の乗った馬車が走る。向かうのはメイレガンド村のほど近くに広がる湖、ハリウス湖だ。

「さて、ナハトくん」

 ナハトの隣に座るフォルテが懐から手の平ほどの大きさの箱を取り出した。ナハトは箱をまじまじと見つめる。

「ようやく取り寄せ出来ました。これが属性検査の魔道具です。待たせてしまいすみません」

 箱の中に鎮座していたのは、ナハトが前回見た属性検査用の魔道具と似たようなガラスの板だ。しかし、今回はかなり厚みがある。
 ユカラがそれを見て「おや」と目を見張った。

「相当いいものを仕入れたんだね、フォルテがそこまで他人に金をかけるとは珍しい」
「人聞きが悪いですね。私だって未来ある少年に投資くらいしますよ」

 二人の会話にナハトの顔色が青くなっていく。興味津々な様子のセツナが「こちらは値が張るものなのですか?」と悪意なく尋ねた。フォルテが頷く。

「そこそこしますね。使い捨ての魔道具でもありませんし、私の師に頼み込んでかなり純度と精度を高くして制作していただきました」
「まぁ……良かったですねナハトさん!」
「は、はい」

 笑顔のセツナにナハトはぎこちなく微笑みを返す。貴族の言う「値の張る魔道具」を自分のために用意したと考えるときりきりと胃が痛んだ。全身を強張らせているナハトの様子に苦笑したフォルテは箱に入った状態のままナハトへと魔道具を差し出した。値の張る魔道具が視界に強制的に入り、気が遠くなる思いで受け取る。両手は汗でびっしょりだ。ナハトの膝で状況を見ていたノグは「大した物ではないから落ち着け」と宥めた。ドラゴニュートに言われたとて落ち着けるわけがない。

「ナハトくん、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
「難しいですよ……高いんですよね」
「そうですね。しかし、魔道具と名のつく物は大抵値段が高くなるものなんです。……ナハトくんは魔導士になりたいんですよね」

 突然の問いかけにナハトは反射的に頷いた。フォルテはナハトの持つ魔道具を指差す。

「ナハトくんが将来魔導士になった時に、必ず魔道具を作る機会が訪れます。魔道具というのは魔導士にとっては生命線ですからね」

 生命線。ナハトが魔道具を凝視する。美しく歪みも曇りも無い、ガラスの板。箱の中で布に包まれているそれが、生命線。

「魔道具を売って生計を立てることが出来る、ということです。魔導士の仕事はいくつもありますが大きく分けると三種類です。魔法薬を作ること、魔道具を作ること、そして魔法を使うこと。どれもが本人の技術と知識、そして素質で左右されます」
「素質、ですか」
「はい。技術や知識では補えない、もっと本質的なものです。全てを合わせて、才能。才能ある魔導士の魔道具や魔法薬は総じて性能が良い物です。そういった物は貴族から見ても高額で取引され、安売りされることはありません。質の保証でもありますから。――さぁ、ナハトくん」

 フォルテがナハトの右手を掴む。そっと浮かせ、その指を魔道具へと導いた。ナハトの指先が、ちりちりと熱くなっていく。

「未知数の才を持つ未来の魔導士殿。あなたは一体、どんな力を持っているのですか?」

 フォルテの手がナハトから離れた。ナハトの視線は魔道具へ固定されている。自身の指先から、電撃が体中へと走っていく。腕へ、胸へ、頭へ、足へ――強い刺激の後、魔道具に触れている指が冷たい水に浸かったように冷える。次いで暴かれていくような奇妙な感覚が全身を駆け抜けた。
 前回の属性検査の比ではない。自身が何者なのか、得体のしれない何かに覗き込まれているような恐怖感がせり上がる。胃が苦しくなり、魔道具を叩き割りたい衝動にかられるも、金額のことが脳裏を過りナハトは我慢した。
 次第に冷たさが引いていく。魔道具は微かに光を帯び、表面に色と印が浮かび上がっていた。フォルテが「もう大丈夫ですよ」と言うと、ナハトはすぐに指を離した。ナハトは浮かび上がる脂汗を腕で拭いながら、フォルテへと魔道具を箱ごと渡す。
 疲労感が酷く、呼吸が多少乱れる。乗り物酔いにも似た気持ち悪さを堪えながらナハトは深く息をついた。ユカラが心配げな表情で「大丈夫かい」と声をかけた。

「はい……なんだか、すごく変な感じでした」

 息を整えるように呼吸を繰り返すナハトに、対面に座るセツナも不安そうに見つめている。ユカラは指を顎に当て「ふむ」と考え始めた。

「……君の表情を見ている限り、深層まで探られたようだね。普通ならそこまで深く見ないし、疲労も感じないのだけど。我が同期殿、それは相当強い魔道具だね?」

 ユカラがフォルテを見上げながら言った。フォルテが小さく頷く。

「はい。ナハトくんの身体はかなり特殊みたいなので、だいぶ強めに作ってもらいました。ナハトくん、お疲れさまでした。あなたの属性が分かりましたよ」

 その言葉にナハトの目が輝いた。疲れた表情も吹き飛び、フォルテへ期待と不安の入り混じった瞳が向けられる。
 フォルテは目を細めてナハトに向かい合った。

「ナハトくんの属性は、闇属性と火属性。――あなたは二属性持ちです」
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