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新学期編
閑話 ある男爵子息の回想
しおりを挟む僕はしがない男爵の三男である。
家を継ぐわけでもないお荷物。
自分でもそう思う。
そんな認識を変えたくて魔法使いを目指すことにした。
魔法力自体は大したことがないが、そこのところは知識で補って、聖獣様のお世話係とかいいんじゃないかと思っている。
そんな僕は当然クラスでも目立たない存在だった。
そんな僕に転機が訪れた。
魔法薬実験のペアが、たまたまアイリーン様に当たってしまったのだ。
アイリーン様は名門伯爵家の令嬢でさらさらの銀髪が印象的な儚げなお方だ。
しかし、見た目に反して結構さばさばした性格で、入学以来ずっと学年主席を保っておられる秀才でもある。
彼女からすれば、僕と一緒に実験するなんて邪魔にしかならないだろう。
嫌な顔はされていないが、内心面白くないんじゃないかと思う。
そんな風に思ったのがいけなかったのか、最後に出来上がった薬品は、試薬を入れてちゃんと完成しているという証明にしてから、試験管に詰めて提出することになっているのだが、試薬と間違えて全然別のものを加えてしまったのだ!
これでは試薬を入れても反応するわけがない。どうしようと焦ってアイリーン様を見るとじっとその液体を見て考え込んでいらっしゃる。
流石に怒ったかと思って土下座しようとしたその時。
アイリーン様がおもむろにポケットからなにかを取り出して乳鉢で潰し始めた。
呆気にとられて見ているうちに潰し終えたアイリーン様は少しずつその正体不明の粉を液体に入れていく。
「え、ちょっ!」
慌てて止めようとしたが、
「大丈夫!これね、妹特製の飴なんだけど、この飴に入っているタール草を加えればさっき貴方が入れたものと打ち消し合うから。そうすれば試薬を入れても反応するし、提出出来るよ。先生には内緒ね。」
口に人差し指を当てて笑っている顔を見たら、もう、赤くなってひたすら頷くしかなかった。
めちゃくちゃ可愛い!!
っていうか内緒って先生、こっち見て苦笑いしてるのに、内緒に出来てると思ってるのか?
天然過ぎる。
先生は何も言わずに受け取ってくれたが、授業終わりの片付けの手伝いに指名されたのが僕とアイリーン様だった。
アイリーン様、これ完全に先生にばれてるよ。
でもアイリーン様と二人で片付けもいいかななんて思っていると先生がやって来た。
「シュタイナー君にはまったく参ったよ。まさか実験で飴を加える生徒がいるとはね。しかし、君のお父様も大概変わり者だったからなぁ。」
大笑いしながらアイリーン様に話かける先生を見て、怒っていなかったことにほっとする。
「いやー、私もあのとき手元にあの飴さえなければ大人しく失敗したものを出そうと思っていたんですよ?でもたまたま私の可愛い妹が持たせてくれた飴にたまたまタール草が入ってたなぁって思い出したら使うしかないって思って。」
すまなそうにそう言うアイリーン様を見て、結構気さくな方だったんだと思った。
それからアイリーン様は僕の方を見て、
「ダン君は、私のせいで残されたんだからもう帰っていいよ?あと少しで終わりそうだし。なんかごめんなさい。」
そんな元は僕が間違えてしまったことが悪いのに。
しかもアイリーン様、僕の名前覚えていてくれたんだ。彼女が女神に見える。
「いいえ、最後までお付き合いします!」
そう言って作業を再開したのだった。
その後、放課後になり、僕が寮に帰ろうとしていると、クラスの男子が5人僕のところにやって来た。
「重大な用があるから今すぐに総合制作部の部室に来てもらおうか。」
総合制作部。それはこの学校では有名だ。なぜかというと所属人数100人を越えるにも関わらず活動内容が極秘だったり生半可な気持ちでは入部できなかったりと、謎深きサークルだからだ。
そもそも総合制作部って何を総合的に制作するんだ?
初めて名前を聞いた時はなんてふざけた名前のサークルなんだと思ったし。
だいたい僕が入学したときにはそんなサークルはなくて、気づいたら大きな団体になっていた。
そんな謎の組織が僕に何の用があるんだ?と緊張しつつ、部室に入ると、目の前の椅子にアイリーン様そっくりの少年が座っていた。
「リド様、連れてきました。」
「そう。ご苦労様。」
一体何が始まるんだと、そわそわしていると、アイリーン様そっくりの顔が微笑んだ。
赤くなって見とれていると、その少年が話し始めた。
「僕はアイリーンの弟のリド・シュタイナー。このサークルの特別顧問を務めている。今日君をここに呼んだのはね、姉の様子を知りたかったからなんだ。」
リド様は恥ずかしそうにはにかんだ。
「簡単にいうとね、このサークルは姉を慕っている人達が姉と話したことや姉の様子を持ち寄って話し合う会なんだよ。あ、勿論抜け駆け禁止だよ。」
なんと!活動内容はアイリーン様を愛でる事だったのか。
「君も良かったら入らないかな?今日の姉の様子を含めてお話ししたいからさぁ。」
「是非とも入れて下さい!!」
「決まりだね。じゃあ最後に誓いをしてもらおうかな。」
そう言うとリド様は煙に包まれた。
目を開けると目の前にはアイリーン様が………
ど、どういうこと?!
「本来、変身の術ってもっと大変なんだけど僕はリーちゃんに似てるからね。ちょっとの変身ですむんだ。さあ、今から私の言うことを繰り返して?」
リド様のアイリーン様は、ご本人よりも、何て言うか妖艶だった。
「は、はい!」
「宜しい。では、私の事を裏切らない。」
「ア、アイリーン様の事を裏切りません!」
「私を見て要らぬ妄想をしない。」
「アイリーン様を見て要らぬ妄想をしません!」
「決してリドの許可なく私に不要に接触しない。」
「決してリド様の許可なくアイリーン様に不要に接触しません!」
「宜しい。」
なんとか認められたようだ。
「ではこれからリーちゃんの可愛い話を聞こうか?」
リド様は笑顔でそう言ったがその笑顔がなんとなく怖い……。
こうして僕は総合制作部改めアイリーンを愛でる会に入ったのだった。
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