命の切れ端

えあのの

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二分の一の心臓

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 突然だけど、僕は死んだ。でも、後悔はしていない。だって、こんな何も取り柄のない僕に彼女は役割をくれたのだから。

 これは、僕の短い人生のほんの一ページ。

 そう、あの日は清々しいほどの快晴だったんだ。僕は、とあるビルの屋上に立っていた。高さはそう、20階建くらいだったかな。僕は死のうと思ったんだ。何も特別な理由はない。空っぽな人生に終止符を打ちたいだけ。ロープなしのバンジージャンプさ。

 そして僕は屋上のフェンスを乗り越えビルの淵に立つ。騒ぎになると嫌だから路地裏側にしたんだ。路地裏で空を見上げる奴なんてそうそういないからね。僕は誰にも見られないまま死ぬんだ。この痛いほど照りつける日差しの下で。

 そしたらね。先客がいたみたいなんだよ。僕はこんな昼間からビルの屋上に人なんていないと思ってたのに。

 フェンス沿いに20mほどのところに彼女もまた立っていたんだ。あーあ。せっかく死のうと思ってたのに先客がいるなんて興ざめだよ。

 そして僕は声をかける。

「やあ、君も死ぬのかい?」

 そう言うと少女は驚いた顔一つみせず、真顔で呟いた。

「ねえ、死ぬってどんな感じかな。......私は怖い。だから克服しようと思ってたまにここに来るの。きっとビルの淵に立ち続けたらそのうち感覚が麻痺してきて、死ぬのが怖くなくなるって思ったから」

「馬鹿らしいな。そんなに怖いんだったらいつか死ぬその日まで精一杯生きればいい。辛いなら逃げればいい。それが人間ってもんだろ? まあ僕が言えたことではないんだけど」

「あなたはどうしてここにいるの? まさか死ぬつもり?」

「ああ、そのつもりだったけど君がいて興ざめだよ。あーあ。せっかくの自殺日和だったのに。そうだ! 君に殺されるなら僕、死んでもいいよ? 殺されるなんてこの平和な世の中、なかなか経験できるもんじゃないからね」

 僕がそう言うと、彼女は神妙な顔でゆっくりと口を開いた。

「......私ね、あと1ヶ月は無いんだって。寿命。心臓が悪くてね。でももう治らないんだって、現代の医療では。この国の医療は発展してるって世間は信じてる。確かにそうかもしれない。でも、ノーベル賞をとったお医者さんだって治せない人がいる。それが私。きっと大丈夫って言う無責任な励ましが憎い。どうして私が死ななければならないの?まだやりたいことだってたくさんあったのに......」

「......ふーん。それで? 貴重な1ヶ月をこんなところで時間潰してていいわけ?」

「だって私は死ぬんだよ? 今更できることなんて限られてるよ。周りに迷惑かけたく無いし」

 僕は少し声を荒げて言った。

「それ本気でいってるの?こんなところで強がったって1日どころか1秒だって命は増えない。寧ろ減ってるよ。この時間が」

 そう言い放つと、彼女の顔は歪んだ。

「......うるさい、うるさいうるさいうるさい! あんたに何がわかるの?! 病気でも無いくせに! 屋上から飛び降りて死ぬ? 馬鹿じゃないの。 どうして沢山ある命を軽々しく捨てられるわけ? わからない。わからないよ......」

 僕は、冷静になって彼女に問いかける。

「じゃあ病気になる前の君は毎日無駄のない時間を過ごしてきたのかな? 明日死ぬという覚悟を持って物事に取り組めてたのかな?」

「......それは」

「そんな人間ほとんどいない。平和ボケしてのさぼっている。戦争なんて昔の話。私には関係ありません? くだらないね。まるで当事者意識が足りない。そう言う人々に囲まれて生きるのに吐き気がしたんだ。それが今ここにいる理由」

 捲し立てるように僕は続けた。

「君がいなくなったところで世界には何にも影響はない。人の目を気にしすぎて自分を制限する。ばからしい。ほんとは死にたかったんじゃないの? 文句があるなら足掻いてみろよ。それとも僕がここで君を殺してあげようか?」

 しばらく彼女は沈黙していたが、堰を切ったように彼女の感情は溢れ出す。

「......生きたい。生きたいよ私。例え残り少ない命でも最後まで人間らしく生きたい。諦めたくない。好きなことだっていっぱいしたい!」

 彼女の声はくぐもり気付けば涙を流していた。

「言えたじゃん。本当のこと」

 彼女は超えてきたフェンスを乗り越え、内側へと戻った。

「私、もういくね。残りの命尽きるまで命を燃やすって決めたから」

 ーーそうして彼女は生きた。1ヶ月を死ぬ気で生きた。そしてその日は突然来る。彼女の心臓はあまりにもあっけなく鼓動を止めた。

 ......そして、新しい心臓は動き始めた。

 彼女はゆっくりと目を開く。

 「どうし......て私生きて......」

 医者は優しく、真実を告げた。

 「心臓の、提供者が現れました。......16歳の青年でした。1ヶ月前のことです。私の部屋に首元にナイフをつきつけながら彼はやってきました」

《僕の心臓を、ーーーーさんに移植してください。じゃないと今すぐ首をかき切って死にます。手術は彼女の容態が急変してからです》

 「正直私も戸惑った。でも、彼の目は本気だった。だから私は今日この手術をすることにした。医師免許が剥奪されても構わないと思った。君を救えるならね......手紙を預かっているよ」

 医師は彼女に一通の手紙を渡した。
 そこにはこう書かれていた。

 ーーいっぱい生きて、そして死ね。



 あれから10年たった今、私はまたあの屋上にいる。フェンスの向こう側にはもう誰もいない。 隣には、ちょうど10歳くらいの少年がいる。

「私が絶対に君を助けるから」

 そう言って、白衣をきた彼女は少年を励ます。あの日の彼とは少し違うけれど......

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