命の切れ端

えあのの

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ミヤコワスレ

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 数千段もあった階段をようやく登り終えると、一面の花畑が見えた。

 その花の色は数万種類にも及び、知っている花も多いが、目に入った花の一つが新種かもしれないと思うと心が躍る。

 気付いたら階段を登っている。ずっと下には白い雲があり、上を見上げれば太陽の光。ずっと地面より高いはずなのにどうしてだろう。まったく寒くない。

 階段を登り終え、あたりを見渡すと意識が途絶える。

 いや、正確に言えば目が覚める。

 近頃はもう2週間くらいこんな夢を見ているのに、何かが思い出せない。

 気を失う前には確実に何かを見ているはずなのに。花畑の遠い遠い先に。

 目覚めた僕は、まず鏡を見る。もちろん何も映りやしない。第一僕が誰なのかさえわかっていない。

 そして、家の外に出ると車のクラクションやら人々の笑い声が耳の中で反芻する。 

 近所のおばさまたちが話をしている。

 「おはようございます」

 「あらあら、最近は冷え込みますねえ。朝なんか特に...」

 「やっぱり昼まではゆっくり寝てたいものだけど、どうも主婦って言うものはそうもいかないのよねえ」

 情けないなぁ。僕なんてちっとも寒くないのに。そう言いかけたが、流石に失礼だと思って

 「さよなら」

 とだけ言って立ち去る。

 僕は気がつけば、高校の前に立っていた。何も知らないはずなのにどうしてか懐かしい。

 校門をくぐり、二階の教室へと足を運ぶ。そこには誰もいなくて、机が一つ教室の真ん中に置いてある。

 黒板には

 「卒業おめでとう」

 と、大きな文字でそう書いてある。

 ああ、思い出した。僕はこの学校にいたんだ。たったそれだけ思い出した。

 机の上には、沢山の寄せ書きと、応援のメッセージが書いてある。

 「帰ってきたらきっとまた集まろうね。がんばってね。空港にはみんなで見送りに行くから。」

 瞳からは堰を切ったように涙が出てきた。

 泣いても泣いてもその涙が地面に落ちることはなかった。

「さよなら」

 とだけ言うと走って校門の外に出た。

 その時だった。

 キーッという地面を擦れるような音を聞いて全てを思い出す。

 そうか、僕はここで......

 目を覚ますとそこはあの花畑だった。

 ぼんやりと霞む視界には一輪の花が見えた。

 ミヤコワスレの花びらがひらりと一枚地面に落ちた。
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