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第二章 出会い

14.東十条家にて(2)

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頬を赤らめながら「友人になりたい」と告げる籐子をサクラは呆然と見つめた。
16年の人生でこんな経験は一度も無い為、どうしたらいいのか分からない。

「籐子お嬢様はご覧のとおり、少々冷たい雰囲気を纏っているため
 遠巻きに熱い視線を送られることはあれど、仲の良いのご友人は少ないのです…。」

戸惑うサクラに向かって、葵がわざとらしく目頭を押さえながら補足する。
籐子がキッと睨むが、気にすることなく続けた。

「ですから、私からも是非お願いいたします。」

私も安心できますので、と優しい表情で告げられ、

「わ、私で良ければ…よろしくお願いします。」

サクラは赤面しながら頷いた。

どうしよう…顔がとても熱い。

「本当に?!…嬉しい!よろしくお願いします!」

サクラの答えを聞いた籐子は、
勢いよく顔を上げ、輝く笑顔を浮かべながらサクラの手を取った。
その無邪気な表情に心がじんわりと温かくなる。

「サクラにとっては初めてのじゃな。」

二人のやりとりを眺めていたリリーが楽しそうに言う。

「初めて…?」

その言葉に籐子が怪訝な顔をした。…嫌な予感がする。

「サクラさんは今までご友人が居なかったのですか?」

まさかねと疑うような表情の籐子に、
「実はの…」とリリーがサクラの生い立ちを話し始めた。

何も今伝えなくても良いではないか…!!

サクラは慌てて制そうとするが、
リリーはその制止を軽々と躱しながら、話し続ける。

リリーが全てを話し終えた後、サクラは顔を真っ青にして俯いた。
先程までの温かった心は、冷水を浴びた後のように一気に冷めてしまった。
籐子も自分がこんなにも情けない人間だとは、思っていなかっただろう。

友人になりたい発言は撤回されるかもしれない…。

自分の不甲斐なさが情けなくなり、唇を噛む。
案の定、リリーの話を聞き終えた籐子は怒りの表情を浮かべ、葵も顔を顰めていた。

「それは本当ですの…?」

強い口調で尋ねられ、力なく頷く。
今度こそ咎められると思い、サクラはギュッと目を閉じた。

「そこまで酷い状態だったなんて…!
 サクラさん、貴女は本当によく耐えていらっしゃいますわ…。」

籐子はサクラを気遣いながらも、語気を荒げながら、憤っていた。
格式高い名家のあまりにもお粗末な現状に相当腹を立てているようだった。
葵や梅も顔を顰めたまま、同調するように何度も頷いている。

「信じていただけるのですか…?」

おそらく杏が根回しをしているのだろう、
これまで誰かに自身の境遇を話しても信じてもらえたことが無かった。
無視をされるか、杏に対する嫉妬からの狂言だろうと冷たい目を向けられるだけだった。

勿論ですと籐子は頷く。

「サクラさんの身なりや待遇については、以前から思うところがありましたの。
 そして、今回の学院裏での騒動…これで確信いたしました。」

籐子はサクラに声を掛ける頃合いを見計らい、常に学院での様子を観察していたらしい。
その中で、杏やその取り巻き達の言動に不信感を感じていたという。

「でもまさか、ここまでとは…
 気づくことが出来なくてごめんなさい…。
 そんな有害な場所から貴女を救いたいのですが…
 本当に、己の無力さを恥じます。」

そう言って籐子は悔しそうに俯く。

「そんな!お気になさらないで下さい!
 これは七条家うちの問題ですから…」

サクラは慌てて否定する。
七条家族の問題を籐子が気に病む必要は全く無いのだ。
それに…

「今までずっと見て見ぬふりをされてきたので…
 こうして東十条様が気にかけて下さったことが本当に嬉しいのです。」

眉を下げながらそう伝えた。
話を聞いて、心配までしてもらえるなんて…。
感激のあまり、涙が出そうになる。

「あの家から貴女を引き離すことは出来ないですが、
 友人として放課後の時間を共に過ごすことくらいは許されるでしょう。
 放課後を東十条家で過ごせるよう、七条家へお願いする便りを出しておくわ。」

そう言って、葵に指示を出す。
畏まりしたと頭を下げて、葵は即座に部屋を後にした。

「あちらで過ごす時間を少しでも減らせればと思って…。
 この程度のことしか出来なくて本当にごめんなさい。」

籐子が肩を窄め、申し訳なさそうに述べる。

「そんな! 私の為にそこまでして頂いて…
 東十条様のお心遣いに本当に感激してしております…。」

恐縮しながら礼を述べると、
私が貴女と仲良くなりたいという下心もあるのよと籐子が微笑んだ。

「せっかく友人になったんですから、
 私のことは籐子と呼んでくださいね。」

「籐子様…」

口にしてみると、なんだか身体がむず痒い。

「貴女と友人になれて本当に嬉しいわ。
 これからどうぞよろしくお願いします。」

心底嬉しそうな笑顔を向けられ、冷えていた心がまたじんわりと温かくなる。
サクラも頬を染めながらよろしくお願いしますと伝える。
そんな二人の様子をリリーと梅が優しい眼差しで見つめていた。
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