57 / 129
第4章 棋士の立場
第56話 カラスが番勝負を観戦したら(その3)
しおりを挟む
「じゃあ、次ね」
馬場と鈴香はクロの前で叡王戦五番勝負の第3局、第4局、第5局を順に並べて行く。
クロは分かっているのかいないのか、時折盤面に顔を向けるくらいで、確たる興味を示すような動きをしない。
「これじゃあ、まるで私が勉強してるみたい」
「まあ、鈴香も強くならないとな」
「それはそうなんだけどぉ」
プロ棋士の棋譜を並べる勉強方法は、将棋が強くなるために有効な勉強方法のひとつ。
それを分かっているだけに、鈴香も一手一手について考えながら棋譜を並べて行く。
「こんな手はないの?」
時折、手を止めて自分の読み筋を披露する。
馬場も考え込んで、手を口にする。
「うーん、飛車を回るのは?」
「それは金を引いてから歩で受けて…大丈夫でしょ」
「…そうか、歩で叩いてから銀を出るのは?」
「それは銀を放置して角を引くと…」
「厳しいな」
馬場も懸命に考えるが、このところ鈴香に読み負けてしまう場面が増えてきた。
「ねえ、ソフトの最善手は?」
馬場が「うむ」とパソコンを操作する。
「最善は銀を出る手、とあるな」
「私の手は?」
「3番手、いや4番手か、あ、3番手に上がった」
「そのくらいってことか…」
鈴香は最善手の銀を動かして考える。
「何となくだけどぉ、ピンと来ないよ」
「人によって指しやすい局面が違うしな」
「そうだよね」
その後も局面を進めて行く。
「で、辻井先生が投了っと」
じっくり時間をかけて5局目の最後まで並べ終わる。
「どう?クロ?」
結局、5局目の最後までクロは特別な反応を見せなかった。
「最後まで見てたような、見てなかったような」
鈴香がクロの頭を撫でると、クロは気持ちよさそうに目を閉じた。
「そもそもこの対局の一方が、次に対戦する佐藤先生って分っているのかどうか…」
「だよねえ」
鈴香は駒を整える。
「じいちゃん、1局指そうよ!」
「指すか!」
馬場は対局時計をセットした。
馬場側のボタンを押した鈴香が「私、先手ね」と飛車先の歩を突いた。
「せっかくだし角換わりっぽく指してみるか?」
「うん!」
棋譜を並べていた叡王戦の五番勝負にならって角換わりの展開に進める。
もっとも馬場はプロ棋士ほどに角換わりを知っているわけではない。もちろん鈴香も。
「クワッ」
クロは…分からない。
それでもアマ有段者と研修会員なりの力量で駒を進めて行く。
プロ棋士からすれば悪手とまでは言わないものの、疑問手や緩手だらけなのかもしれない。
それでも互角と思って馬場と鈴香は盤面を睨んでいた。
「クワア」
クロが盤面に上がって鈴香の飛車をくわえる。
そのまま2つ横のマスに動かした。
「この方が良いの?」
「クワクワッ」
「うん?ちょっと待った」
馬場がパソコンに入力すると、クロの手が最善手として表示された。
「えーっ!私には思いつかないよ」
「うーん」
こうしてクロが差し手を示すことは、これまでにも度々ある。
鈴香らの対局中のこともあれば、感想戦の時、棋譜を並べている時のこともあった。
ただし、どんな局面になるとクロが動いて指し手を示すのかが分からない。
「あっ、しまった!」
馬場が叫ぶ。
佐倉からできるだけクロの情報を集めておいて欲しいと言われたことを思い出した。
「最初からスマホで撮っておけば良かったなあ」
「局面を送ってあげたら?」
鈴香のアドバイスに「そうだな」と馬場は答えた。
結局、馬場と鈴香の対局は鈴香が勝った。
しかしクロが差し手を示したのは、先ほどの1回だけだった。
馬場と鈴香はクロの前で叡王戦五番勝負の第3局、第4局、第5局を順に並べて行く。
クロは分かっているのかいないのか、時折盤面に顔を向けるくらいで、確たる興味を示すような動きをしない。
「これじゃあ、まるで私が勉強してるみたい」
「まあ、鈴香も強くならないとな」
「それはそうなんだけどぉ」
プロ棋士の棋譜を並べる勉強方法は、将棋が強くなるために有効な勉強方法のひとつ。
それを分かっているだけに、鈴香も一手一手について考えながら棋譜を並べて行く。
「こんな手はないの?」
時折、手を止めて自分の読み筋を披露する。
馬場も考え込んで、手を口にする。
「うーん、飛車を回るのは?」
「それは金を引いてから歩で受けて…大丈夫でしょ」
「…そうか、歩で叩いてから銀を出るのは?」
「それは銀を放置して角を引くと…」
「厳しいな」
馬場も懸命に考えるが、このところ鈴香に読み負けてしまう場面が増えてきた。
「ねえ、ソフトの最善手は?」
馬場が「うむ」とパソコンを操作する。
「最善は銀を出る手、とあるな」
「私の手は?」
「3番手、いや4番手か、あ、3番手に上がった」
「そのくらいってことか…」
鈴香は最善手の銀を動かして考える。
「何となくだけどぉ、ピンと来ないよ」
「人によって指しやすい局面が違うしな」
「そうだよね」
その後も局面を進めて行く。
「で、辻井先生が投了っと」
じっくり時間をかけて5局目の最後まで並べ終わる。
「どう?クロ?」
結局、5局目の最後までクロは特別な反応を見せなかった。
「最後まで見てたような、見てなかったような」
鈴香がクロの頭を撫でると、クロは気持ちよさそうに目を閉じた。
「そもそもこの対局の一方が、次に対戦する佐藤先生って分っているのかどうか…」
「だよねえ」
鈴香は駒を整える。
「じいちゃん、1局指そうよ!」
「指すか!」
馬場は対局時計をセットした。
馬場側のボタンを押した鈴香が「私、先手ね」と飛車先の歩を突いた。
「せっかくだし角換わりっぽく指してみるか?」
「うん!」
棋譜を並べていた叡王戦の五番勝負にならって角換わりの展開に進める。
もっとも馬場はプロ棋士ほどに角換わりを知っているわけではない。もちろん鈴香も。
「クワッ」
クロは…分からない。
それでもアマ有段者と研修会員なりの力量で駒を進めて行く。
プロ棋士からすれば悪手とまでは言わないものの、疑問手や緩手だらけなのかもしれない。
それでも互角と思って馬場と鈴香は盤面を睨んでいた。
「クワア」
クロが盤面に上がって鈴香の飛車をくわえる。
そのまま2つ横のマスに動かした。
「この方が良いの?」
「クワクワッ」
「うん?ちょっと待った」
馬場がパソコンに入力すると、クロの手が最善手として表示された。
「えーっ!私には思いつかないよ」
「うーん」
こうしてクロが差し手を示すことは、これまでにも度々ある。
鈴香らの対局中のこともあれば、感想戦の時、棋譜を並べている時のこともあった。
ただし、どんな局面になるとクロが動いて指し手を示すのかが分からない。
「あっ、しまった!」
馬場が叫ぶ。
佐倉からできるだけクロの情報を集めておいて欲しいと言われたことを思い出した。
「最初からスマホで撮っておけば良かったなあ」
「局面を送ってあげたら?」
鈴香のアドバイスに「そうだな」と馬場は答えた。
結局、馬場と鈴香の対局は鈴香が勝った。
しかしクロが差し手を示したのは、先ほどの1回だけだった。
10
あなたにおすすめの小説
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。
BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。
何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」
何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる