10日間の恋人

meguru

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【4日目】4/28-①

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 ――もっと何か、あったのでは。

 昨日郁は、切れた電話を呆然と見つめ、ぼすんと枕に向かってそれを投げつけた。
 本当に予定を確認しただけの、呆気ない電話であった。しかも、郁の別れの言葉を聞く前に、ぶつりと切られた。普通、電話はだらだらと長引かせるものだ、と郁は認識している。まだ切って欲しくなかったと思ってしまった自分に腹が立つ。そう思って欲しかったのは、あちらの方だ。

 郁は悶々としながら歯を磨き、悶々としながら翌日の服を選んだ。
 初デートにして、最後のデートになる可能性は無きにしも非ず、これだけは手を抜くわけにはいかない。
 郁は佐藤の好みが分からず、随分と苦労した。綺麗目が良いのか、可愛らしい系が好みなのか、はたまたボーイッシュか。電話で好みを探ってから決めようと思っていたのだが、何も分からないまま、否、質問する機会すら与えられず電話は打ち切られた。思い出すと腹さえ立ってくる。
 だからといって、メールで尋ねることを郁は頑としてしなかった。
 服を選ぶのに時間をかけているなどと、落とそうという相手に知られたいものではない。スマートに、しれっと着こなして現れた姿に驚いて欲しい。
 郁は、一時間かけて服を選んだ。花のような可憐な女の子を演出すべきかと散々迷い、何をしてくるか読めない佐藤が、山登りをと言い出したとて対応してやると、結局ボーイッシュな服装をチョイスした。ひらひらと大きい、花のような袖口で女の子らしさもアピールしつつ、細身の体を見せつけんばかりにぴたりとしたパンツを選んだ。
 念入りに化粧もする。けばけばしくないように、素材の良さを最大限に生かせるように薄付に重きを置き、丁寧さを心がけたメイクをする。リップは薄いピンク色、色白をこれでもかと見せつけてやる。髪を丁寧に巻きつつも、ざっくりと束ねてシンプルな黒い野球帽を被る。しゃらしゃらと揺れる大きめのピアスが映える。
(無反応だったら、容赦しない)
 郁は約束の十分前に到着した駅前で、しっかりと充電を済ませた携帯の画面で時間を確認する。長く待っているようで、時計を見る度に一分しか経っていないことに眩暈がする。
 佐藤が時間に遅れるとは思っていなかったが、三分前になると少し、不安になる。来る途中で何かあったのではとアプリを開く回数が増え始めると、郁は激しくなってくる動悸に思わず昨日佐藤と腰を下ろした丁度その場所に、座り込んだ。ちらちらと視線を感じるが、話しかけて欲しくない。ナンパの類は慣れているが、今はあしらうのも億劫だった。
「大丈夫?」
 俯く郁の頭上から降って来た言葉に、放っておいて、と言いそうになって、郁はばっと顔を上げる。
「……佐藤君」
「ん? 大丈夫? ごめん、ちょっと探した。遅れたかな」
 佐藤は時計を確認し、言う。次いでセーフ、と口走ったところから鑑みるに、おそらくは間に合ったのだろう。郁は自分で時間を確認することもなく、ぼんやりと自分を見下ろす佐藤を見上げる。先程まで息苦しかったはずが、すっかりと呼吸は安定していた。
「制服じゃないから、ちょっと声かけるの躊躇った。いいね、ボーイッシュで」
 じわり、と胸が熱くなる。一時間も悩んだ服装に触れてこなければ詰ってやろうと思っていたが、佐藤は可愛い、可愛いと照れるでもなく笑って言った。途端に溜飲が下がって、そりゃあそうよ、などと可愛くないことを口走る自分がいる。
「気分悪い?」
 そう尋ねてくる佐藤は、実にシンプルな装いであった。真っ白なシャツに、薄手の紺の上着を羽織っている。下はジーパンで、足元は運動靴だ。目深に被った真っ黒の野球帽だけが何だかお揃いのようで、ペアルックに見えたら恥ずかしいな、などと考える。
「帽子被って来てくれて良かった。髪が崩れたら、やっぱ嫌だろうし。女の子は」
「……どういう意味?」
「ヘルメット被って貰わないといけないから」
 へるめっと、と郁は自分でも信じられないほど間の抜けた返事をする。最後に被ったのは、おそらく幼児の頃だ。それほどまでに馴染みがなく、覚えのないワードに唖然とする他ない。
 アスレチックにでも行くつもりかと、郁は心の準備をする。山登りにも対応できるようにと考えた自分は強ち間違っていなかったかと、郁は昨日の自分を絶賛しかけた。
「バイクは後ろもヘルメット。危ないだろ」
「……バイク」
「バイク。大丈夫、大型じゃないけどちゃんと二人乗り出来るし、一年以上経ってる」
「バイク!?」
 ばっと立ち上がると、郁は辺りを見回す。それらしきバイクを探す郁に気が付いてか、佐藤は駐輪場の方を示す。
「ちゃんと一旦停めて来た。今ならまだお金取られる前かも。体調大丈夫なら、急いで急いで」
 身を翻した佐藤に続きながら、郁はあまりにも想定外の交通手段に、動揺を隠せない。
「ば、バイクって。言っておいてよ! スカートで来てたらどうしたの!?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと膝にかけれるもの持ってきてるし」
 佐藤は駅横の駐輪場から、バイクを引き上げてくる。停めて間もないこともあってか、どうやら料金は発生しなかったようである。
 郁は目の前にでんと置かれたバイクを、まじまじと検分する。想像していたような大きなバイクではないことになんとなくほっとしたが、逆の不安が胸をもたげた。
(これ、結構密着しない?)
 どこをどう見ても、大人二人が座るには席幅が狭い。いくら郁が細くて小さいとはいっても、体と体の間に拳三つ分、などという悠長な距離は見当たらない。
「移動楽だし、交通費かからないし」
 それはそうだけど、と郁はやはり、バイクを凝視する。密着度も懸念材料の一つではあるが、単純に車と違って生身で公道を突っ走る恐怖もある。
 逡巡する郁の前で、佐藤はヘルメットと上着らしき長袖を突き出してくる。
「これ被って、これも羽織って、君の席はそこ」
 郁は促されるままに帽子を脱ぎ、ヘルメットを被りつつ言う。
「私の席がここで、佐藤君の席は?」
「ここ」
 想像通りの返答に、眩暈がする。こことそこの差が微塵もない。
 佐藤はヘルメットを被りながら、慣れた様子でバイクに跨る。早く、と目で促され、郁は渋々それに跨ろうとしたが、思ったよりも幅がある。どうしても佐藤を掴まないことには、跨ぐことすら出来なかった。
「ちょっと、失礼して」
 郁は渋々佐藤の服を掴み、足を振り上げる。ヒールで来なくて良かったと自らを褒め称えたものの、やはりぐらりとぐらついた。
 ひぇ、と小さく可愛くもない心からの悲鳴が漏れたのと、佐藤が郁の腕を掴むのが同時だった。危うく後ろにひっくり返りそうになる郁を片手で支えながら、佐藤は苦い顔で言う。
「ほら、しっかり掴まって。服なんか掴むからだよ」
 郁がきちんと二本の足で立ったのを確認してから掴んでいた手を離し、佐藤はばんばんと、自らの肩先を叩く。そこを掴めというのか、と睨め付けるように見遣り、郁は唇を尖らせる。
「お触りは、禁止なんですけど」
「そっちが触るには問題ないでしょ。こっちのお触りは禁止してない。ほら、早く。遅れる」
 映画の時間があったんだった、と郁は仕方なく、今度は遠慮なく佐藤の両肩を掴むようにして足を振り上げる。何とか跨がれた。居心地の良い位置に座って漸く佐藤から手を離したが、何も持たずに走る車上で体勢を保てる自信は皆無であった。
 腰にでも手を回せというつもりだろうか。
 郁はそわそわと何か持つ場所はないかと周囲を窺う。後ろから抱きつくなど、出来ようはずがない。
「後ろの、荷物置くところ。そこを後ろ手に持ってたらいいから」
 佐藤は首だけで振り返り、言う。流石にしっかり掴まって、とは言わなかったことに安堵しつつ、郁は言われるがままに荷物おきに手を添える。
「行くよ?」
「ど、どうぞ」
 どきどきしながら応じた郁だったが、先程までの逡巡は身の危険に際して形を潜めることとなる。
 走り始めると同時に、郁は恐怖のあまり佐藤の腰にしがみ付いていた。おそらくスピードを殺して走ってくれているのだろうが、慣れぬ感覚に郁は恐怖に取り憑かれ、頭を佐藤の背中に擦り付けるようにして飛び付く。
「こ、怖いいぃぃぃ」
「いって、痛いいたいいたい!」
「ちょっと待って、怖すぎっ」
 郁が泣き言を叫び散らしていると、佐藤は信号で止まった時に、首だけで振り返って言った。
「しっかり掴まってな、怖くないから。顔あげて。頭だけぐりぐりすんの止めて、痛すぎるっ」
 恐怖のあまり息を切らしながら涙目になる郁は、バイクが止まっていることを念入りに確認してから、のそのそと頭を上げてみる。しっかりとしがみついていると、確かにバランス的には不安はない。どうにも頭の置き場に困った郁は、右側を向いて、ぽすんと横向きに佐藤の背中に頭を預ける。
「あー、そのくらいだったら平気」
 あは、と笑う佐藤の横顔に、心臓の音が聞こえそう、などと少しどきっとする。
 頭を預けた佐藤の背中から頬に直接感じる佐藤の心音は穏やかなもので、耳を傾けていると落ち着くものの、郁にしがみつかれて平静とはと不服に思っていたが、バイクが走り出すとやはり、それどころではなかった。
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