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宮廷舞踏会

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(……あっ!)

 美男子の笑顔に気を取られたわけではないが。
 いや、それも少しはあるかもしれないが。
 私は着地でミスを犯した。足元が滑り、そのまま大きくバランスを崩したのだ。

(倒れる!!)

 そう確信した刹那、背中をぐっと支えられた。天を仰ぐような格好のまま、アディフに抱きとめられたのだ。

 アディフの整った顔がすぐ目の前にある。
 私はダンスとは違った熱に浮かされる。

「……大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます、殿下」

 ちょうどダンス曲が終わったタイミングだったので、周りには華麗な振り付けの一部に映ったらしく、喝采がホールに満ちた。
 まあ、その中には当然、痛いほどの嫉妬の視線が混じっているわけだが。

「あの、殿下。もう自分で立てますので……」

 少し気恥ずかしいし、そろそろ下ろしてほしい。
 そんな私の思いは伝わっているはずだが、アディフは私を下ろす前に、ダンスヒールへと視線をやった。突然ダンスの挙動が変わったことを訝しくは思っていたのだろう。

 アディフが眉をひそめる。

「ヒールが折れていたのか。では、最初に寄りかかってきたのも……」

「リリアンテお姉様!」

 不意にルミアの声が響き、当の本人が私たちの方へとやってきた。
 ルミアはわざとらしく、ハッとした表情を浮かべて言う。

「まあ! お姉様、ヒールが折れてらっしゃるわ!」

 ルミアはダンスヒールを脱がせると、私の足の様子を確かめるような仕草をする。

「足をくじかれたのですね。お姉様、無茶をし過ぎですわ」

「足を滑らせただけで、別にくじいては……」

「これではもうダンスは踊れませんわね。残念ですけれど、今宵はもう屋敷に帰るといたしましょう。
 さあ、肩につかまってくださいませ」

 ルミアは有無を言わさず、私の腕を自分の肩へと回した。

(ああ、なるほど。ルミアは足をくじいてもう踊れないし、これ以上私に目立たれるのも癪だから、さっさと屋敷に戻ろうというわけね)

 こうしてかいがいしく介助をする様子を見せれば、姉思いの妹を殿下にアピールできるという打算もあるのだろう。
 まったく、こういったことにはよく頭の回る妹である。

「手を貸そう」

 アディフがそう申し出たが、ルミアはすぐさま首を振った。

「殿下のお手を煩わせることではありませんわ。それにお姉様も、わたしの方が気兼ねなく身を任せられるでしょうし」

 ルミアはそう言うと、ひょこっ、ひょこっ、といった感じの覚束ない足取りで歩き出す。

 とはいえ、それはもちろん、私の身体を支えているからではない。自分の足が痛むため、そういった歩き方になっているだけ。
 むしろ私の腰をギュッと掴んで、私を杖代わりにさえしている。

 しかしルミアはそんなことはおくびにも出さず、いけしゃあしゃあと言ってのけた。

「あぁもう、お姉様ったらまた太ったのではなくて? そのうちドレスが入らなくなってしまいますわよ」

 ……何だと?
 今の発言が一番ムカついたんだが。

 私はピシリと表情を強張らせるが、ルミアの愛嬌たっぷりの台詞にほだされ、周囲の人々は朗らかな笑みを浮かべるのみだ。

 そんなふうに、傍から見れば仲睦まじい姉妹が寄り添って退場となると、手を貸すのも無粋かという気になったのだろう。アディフは侍従に馬車の手配だけを指示して、私たちの後ろ姿を見送った。

 こうして私の宮廷舞踏会は幕を閉じたのである。
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