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第七話 キュロット・アドバリテ①
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キュロット・アドバリテはバルコニーにひとり佇み、静かな夜空を見上げていた。
夜風はまだ少し冷たいが、時おり感じられる春の息吹が肌に心地よい。満天の星空も全てを許容するように優美で、明日から本格的に始まる学園生活を祝ってくれているようだ。
けれど。キュロットの口から漏れるのは、弱々しいため息。
その原因ははっきりしている。新入生挨拶を行っている際に投げかけられた、挑むような言葉が忘れられないのだ。
“……あんた、誰?”
その発言をした人物のことは、後から人づてに聞いた。ローリント伯爵家のシエザ嬢だ。
知的で少し冷ややかな印象を受ける外見をしていたが、彼女の片眼鏡の奥にあった眼差しは力強く、同い年とは思えぬほどの異彩を放っていた。
侯爵家の令嬢ということもあり、社交界で人前に立つ機会も多かった自分が、たった一人の存在に思わず気圧されて言葉を失ってしまうほどに。
「いいえ。違いますわね」
キュロットは独白し、頭を振る。
自分が飲まれたのはシエザの発言が正鵠を射ていたからだ。
(わたくしはいったい誰なんでしょう……)
新入生挨拶をしながら、そんな漠然とした思いは胸にあった。
侯爵家令嬢としての所作。新入生代表としての言葉遣い。そういったものを淡々とこなしながら、それではここにいる自分は何なのか。キュロット・アドバリテがこの学園で成したいことは。伝えたい言葉は。いったいどこにあるのかと、そんなもやもやとした思いはあった。
「シエザさんには見透かされていたのでしょうか……」
とはいえ、シエザと会ったのは今日が初めてだ。会話をしたこともないというのに、あそこまで確信を持った物言いができるものなのだろうか。
あれではまるで、ずっと昔からキュロットのことを知っており、誰よりも理解しているかのようだ。
「不思議な方。わたくしでさえ自分自身のことは何もわかりませんのに」
でも、それも仕方のないことだと思う。
侯爵家に生まれたからには、それ相応の振る舞いが求められる。何より自分はヒーシス王子の婚約者という立場にある。
ヒーシス王子に好まれるように。
未来の王妃として望まれるように。
キュロットという個を極力薄め、誰のものとも知れない理想像を演じるうちに、自分の元の形すらわからなくなってしまったのだから。
キュロットは手すりに両腕を載せ、そこに顔を埋めた。堪えきれず漏れるのは、微かに震える声。
「そうですわ。仕方のないことですもの」
人知れず少しだけ泣いたなら、いつものキュロットに戻ろう。
誰もが羨むような、非の打ち所のない、完璧なお人形になろう。
それが自分の務めなのだから――
と、その時だ。
「……仕方ないなんて、んなわけあるか!」
驚いてハッと顔を上げた。すぐさま辺りを見渡すが、今しがた聞こえた声の主は見つからない。
(気のせい……?)
そう考えながらも、なぜか確信めいた予感を抱いたキュロットは、そっとバルコニーから身を乗り出し、下を覗き込んだ。
夜風はまだ少し冷たいが、時おり感じられる春の息吹が肌に心地よい。満天の星空も全てを許容するように優美で、明日から本格的に始まる学園生活を祝ってくれているようだ。
けれど。キュロットの口から漏れるのは、弱々しいため息。
その原因ははっきりしている。新入生挨拶を行っている際に投げかけられた、挑むような言葉が忘れられないのだ。
“……あんた、誰?”
その発言をした人物のことは、後から人づてに聞いた。ローリント伯爵家のシエザ嬢だ。
知的で少し冷ややかな印象を受ける外見をしていたが、彼女の片眼鏡の奥にあった眼差しは力強く、同い年とは思えぬほどの異彩を放っていた。
侯爵家の令嬢ということもあり、社交界で人前に立つ機会も多かった自分が、たった一人の存在に思わず気圧されて言葉を失ってしまうほどに。
「いいえ。違いますわね」
キュロットは独白し、頭を振る。
自分が飲まれたのはシエザの発言が正鵠を射ていたからだ。
(わたくしはいったい誰なんでしょう……)
新入生挨拶をしながら、そんな漠然とした思いは胸にあった。
侯爵家令嬢としての所作。新入生代表としての言葉遣い。そういったものを淡々とこなしながら、それではここにいる自分は何なのか。キュロット・アドバリテがこの学園で成したいことは。伝えたい言葉は。いったいどこにあるのかと、そんなもやもやとした思いはあった。
「シエザさんには見透かされていたのでしょうか……」
とはいえ、シエザと会ったのは今日が初めてだ。会話をしたこともないというのに、あそこまで確信を持った物言いができるものなのだろうか。
あれではまるで、ずっと昔からキュロットのことを知っており、誰よりも理解しているかのようだ。
「不思議な方。わたくしでさえ自分自身のことは何もわかりませんのに」
でも、それも仕方のないことだと思う。
侯爵家に生まれたからには、それ相応の振る舞いが求められる。何より自分はヒーシス王子の婚約者という立場にある。
ヒーシス王子に好まれるように。
未来の王妃として望まれるように。
キュロットという個を極力薄め、誰のものとも知れない理想像を演じるうちに、自分の元の形すらわからなくなってしまったのだから。
キュロットは手すりに両腕を載せ、そこに顔を埋めた。堪えきれず漏れるのは、微かに震える声。
「そうですわ。仕方のないことですもの」
人知れず少しだけ泣いたなら、いつものキュロットに戻ろう。
誰もが羨むような、非の打ち所のない、完璧なお人形になろう。
それが自分の務めなのだから――
と、その時だ。
「……仕方ないなんて、んなわけあるか!」
驚いてハッと顔を上げた。すぐさま辺りを見渡すが、今しがた聞こえた声の主は見つからない。
(気のせい……?)
そう考えながらも、なぜか確信めいた予感を抱いたキュロットは、そっとバルコニーから身を乗り出し、下を覗き込んだ。
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