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第二十六話 婚約者⑥
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「……わたくしは言わば侯爵家の駒です。アドバリテ家のさらなる発展のためにと、物心つく頃には殿下との婚約が決まっておりました。
シエザ、あなたもわたくしを、進むべき手筋の決まった駒のように見ていましたのね。悪手を打とうものなら、わたくしの意思などお構いなしに、そっちは違うのだと押し止めるのですわ」
「待ってキュロット、それは誤解よ!」
「だったら! だったらなぜはっきりとした説明をしてくださいませんの!?
わたくしにはシエザの考えが全くわかりませんわ!」
「それは、その……み、ミリシアが! ミリシアがヒーシスにアプローチしてるのを見ちゃったから!」
それは単なる誤魔化しだ。キュロットの意にそわないことをしている理由にはならない。
「それに、二人の仲を進展させようなんてお節介を焼いたつもりもなかったの! だってほら、キュロットはヒーシスから『虹の香水』を受け取ってるんだし、今更でしょう!?」
それは単なる詭弁。婚約者、しかも王太子殿下からの贈り物を突っぱねることができる人間なんているはずもない。
ミリシアがいた手前、二人の仲を証明するものとして示したが、今となっては香水のプレゼントはイレギュラーな代物でしかないのではとさえ思える。
キュロットのために行動しているつもりだったけれど。
彼女の心は全く別のところにあったのかもしれない。
そんな不安に苛まれていると、キュロットがおもむろに『虹の香水』を取り出した。
キュロットは手にした香水に視線を落としたまま、淡々という。
「シエザ。わたくしたちがお友達になったときのこと、覚えてらっしゃいますか?
シエザが突然わたくしのいるバルコニーにやってきて、こう仰ったんです」
“キュロットがキュロットらしく生きられるよう、全力でサポートする。だからさ――私たち、友達になろう”
キュロットの頬を一筋の涙が伝った。その口からは、哀切に満ちた言葉が絞りだされる。
「わたくしは嬉しかった! わたくしのことを侯爵令嬢としてではなく、一人の人間として見てくれているのだとわかったから! そう思ったから!
だけど……」
……違ったのですね。
わたくしの思い違いでしたのね。
絶望したようにそう告げたキュロットは、香水の小瓶をキュッと握りしめた。
そして、平坦な声で訥々と続ける。
「どうしてこうなってしまったのでしょう。
この香水ですか? これを受け取ったがために、わたくしの人生はまた駒のように、決められたマスを進むだけのものに戻ったのでしょうか。
でしたら……」
瞬間、キュロットの瞳にやるせない怒りが灯った。キュロットは腕を振りかぶり、吐き捨てるように言い放つ。
「でしたらこんなもの、いりませんわ!!」
虹の香水が空中で放物線を描いた。クリスタルでできた小瓶のきらめきは、その名称通り、虹のように美しかった。
(れ、レアアイテムがっ!)
ゲーマーの性だろうか。私の身体が反射的に動いた。とっさに魔法を操り、地面に氷の膜を張る。その上に身を投げ出し、スライディングの要領で高速移動すると、地面スレスレのところで香水をキャッチした。
「うおお、危なっ! ギリセーフ!!」
こんな行動、キュロットは望んではいないだろう。しかし、破滅フラグのあるキュロットにとって、香水が命綱になるかもしれないのだ。
「ええと、キュロット。お怒りはごもっともだけど、いったん落ち着いて話し合いましょう。
この香水もヒーシスからの大切な贈り物なんだし、こんなふうに粗末に扱うのは……」
私は慎重に言葉を紡ぎつつ、おっかなびっくりキュロットの方を振り返りる。しかし、そこには既に彼女の姿はなかった。
キュロットの熱をかすかに残した香水の小瓶から、甘い香りだけが漂っていた。
シエザ、あなたもわたくしを、進むべき手筋の決まった駒のように見ていましたのね。悪手を打とうものなら、わたくしの意思などお構いなしに、そっちは違うのだと押し止めるのですわ」
「待ってキュロット、それは誤解よ!」
「だったら! だったらなぜはっきりとした説明をしてくださいませんの!?
わたくしにはシエザの考えが全くわかりませんわ!」
「それは、その……み、ミリシアが! ミリシアがヒーシスにアプローチしてるのを見ちゃったから!」
それは単なる誤魔化しだ。キュロットの意にそわないことをしている理由にはならない。
「それに、二人の仲を進展させようなんてお節介を焼いたつもりもなかったの! だってほら、キュロットはヒーシスから『虹の香水』を受け取ってるんだし、今更でしょう!?」
それは単なる詭弁。婚約者、しかも王太子殿下からの贈り物を突っぱねることができる人間なんているはずもない。
ミリシアがいた手前、二人の仲を証明するものとして示したが、今となっては香水のプレゼントはイレギュラーな代物でしかないのではとさえ思える。
キュロットのために行動しているつもりだったけれど。
彼女の心は全く別のところにあったのかもしれない。
そんな不安に苛まれていると、キュロットがおもむろに『虹の香水』を取り出した。
キュロットは手にした香水に視線を落としたまま、淡々という。
「シエザ。わたくしたちがお友達になったときのこと、覚えてらっしゃいますか?
シエザが突然わたくしのいるバルコニーにやってきて、こう仰ったんです」
“キュロットがキュロットらしく生きられるよう、全力でサポートする。だからさ――私たち、友達になろう”
キュロットの頬を一筋の涙が伝った。その口からは、哀切に満ちた言葉が絞りだされる。
「わたくしは嬉しかった! わたくしのことを侯爵令嬢としてではなく、一人の人間として見てくれているのだとわかったから! そう思ったから!
だけど……」
……違ったのですね。
わたくしの思い違いでしたのね。
絶望したようにそう告げたキュロットは、香水の小瓶をキュッと握りしめた。
そして、平坦な声で訥々と続ける。
「どうしてこうなってしまったのでしょう。
この香水ですか? これを受け取ったがために、わたくしの人生はまた駒のように、決められたマスを進むだけのものに戻ったのでしょうか。
でしたら……」
瞬間、キュロットの瞳にやるせない怒りが灯った。キュロットは腕を振りかぶり、吐き捨てるように言い放つ。
「でしたらこんなもの、いりませんわ!!」
虹の香水が空中で放物線を描いた。クリスタルでできた小瓶のきらめきは、その名称通り、虹のように美しかった。
(れ、レアアイテムがっ!)
ゲーマーの性だろうか。私の身体が反射的に動いた。とっさに魔法を操り、地面に氷の膜を張る。その上に身を投げ出し、スライディングの要領で高速移動すると、地面スレスレのところで香水をキャッチした。
「うおお、危なっ! ギリセーフ!!」
こんな行動、キュロットは望んではいないだろう。しかし、破滅フラグのあるキュロットにとって、香水が命綱になるかもしれないのだ。
「ええと、キュロット。お怒りはごもっともだけど、いったん落ち着いて話し合いましょう。
この香水もヒーシスからの大切な贈り物なんだし、こんなふうに粗末に扱うのは……」
私は慎重に言葉を紡ぎつつ、おっかなびっくりキュロットの方を振り返りる。しかし、そこには既に彼女の姿はなかった。
キュロットの熱をかすかに残した香水の小瓶から、甘い香りだけが漂っていた。
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