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最終章 〝妖怪皇帝〟SON OF A BITCH
第108話 ざまぁ!
しおりを挟む風のざわめきが掻き消される。
悲鳴も怒声も何もかも。
江戸一帯にその音は鳴り響いた。
城が崩れ始めた。
頭が、手が、やがて胴体が。
ひとつひとつ分解し地面に落下する。
2本足で立っていた大江戸城はもう人の形を保つどころか、存在することすらできない。
――せっかく会えたのに…….。
神葉とビタリアの目の前で、カミルが死体に戻る。
先代皇帝の目の前で、将軍――瀬良寺の顔にへばりついたAIが砕け散る。
――逃げなきゃ!
唯一リケイカインだけが冷静だった。
リケイカインは無理矢理全員を束ね、崩壊しつつある屋根から飛び立った。
安全圏まで飛行する最中、たくさんの破片が降り注いだ。
リケイカインはあることに気づく。
――痛い!
彼の固有能力である【硬質化━ザイフリート━】を発動できないためだ。
――ということは、やっぱり……。
* *
「……サン! サン!」
「……母上……?」
瀬良寺サンが目を開いた。
「よかった! あなたまで失ったら私は……」
号泣しながらビタリアは子を抱き締める。
リケイカインの尽力により、全員が安全圏に避難できたのだ。
地面に横たわったまま瀬良寺は動揺する。
隣には父の亡骸。
徐々にではあるが、体を乗っ取られていた間の記憶が蘇り始める。
「父と会った時のことも覚えていますか? ……そう、よかった。ですが、あなたがあなたである状態で会わせてあげたかったものです」
「上手く言えませんが、父上も私も心で繋がっていたような感じがします。体は自由ではありませんでしたが、自分の行動を客観的に見ていました。まるで夢を見ているような……」
「……どうしました?」
瀬良寺は両腕を掴んで震え始める。
記憶が鮮明になっていくにつれ、恐怖と嫌悪が湧いてきたのだ。
――私は汚れてしまった……!!
その姿を切なげに見つめるのは先代皇帝。
今や将軍ではなくなった瀬良寺。
翼に刺さった将軍の欠片。
完全に失われてしまった友の姿を心に描く。
――ずっと、永遠に、忘れぬ。
* *
「生きてる人、見っけ!」
リケイカインは救助に奔走していた。
小さな体で必死に瓦礫の下の人を引っ張り出す。
「動ける人は手伝って! 動けない人は……どうしよ」
治療しようにも医療道具も医師もない。
「……ヤバイかも……」
更に事態が悪化する。
妖怪の軍勢が押し寄せてきたのだ。
「リケさん、下がっててくださいっす。わしにお任せを。これでも元公儀祓除人なんで妖怪退治は得意っすよ」
神葉が抜刀する。
頬には涙の跡が幾筋もある。
悲しみを忘れるために戦いに没頭したかったのだが……。
「我々も手伝おう」
彼らはてきぱきと救助活動を始める。
余る猿が神葉に申し出る。
「その代わりに我々の負傷者への支援を願う」
「はーん。背に腹は変えられないってことっすね。わしゃびっくりしたっすよ。妖怪が人間を救うだなんて。そっすよね、結局みんな保身で生きてるっすよね」
「否」
「?」
「貴様らは妖怪と人間という種族の壁を越えて協力している。我々は殺し合いに興じる自分達が恥ずかしくなった」
ただ、と余る猿は付け加える。
「どうしても妖怪を斬らねば気が済まぬならば我を斬れ」
「あー。余る猿さんって斬られたら傷口から新しい余る猿さんがうじゃうじゃ出てくるんすよね」
「この状況では使える駒は多い方がよかろう」
「うっす。んじゃ遠慮なく」
神葉は余る猿を斬った。
余る猿は苦しみ悶えた。
増殖はしなかった。
死んだ。
「……え? これ、わしが悪いんすか?」
先代皇帝もまた救助に手を貸す。
リケイカインはおずおずとそばに行き、
「あの妖怪たちに【魅了━ファスツィナツィオン━】を使ったの?」
「使っておらぬ。使えぬゆえ」
「じゃあ、やっぱり……」
「うむ」
悲しみを振り払おうと、リケイカインは目の前の作業に励む。
だが手元が見えにくい。
満月の夜なのに。
「やけに暗い……」
リケイカインは空を見上げて、目を丸くする。
「……月が変……」
月蝕。
金環だけを残した月が夜空にぽつんと佇む。
ちょうど大江戸城の残骸の真上に。
そのわずかな明かりに照らされるように、マギが姿を現した。
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