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最終章 〝妖怪皇帝〟SON OF A BITCH
最終話 生
しおりを挟む「水、持って来い!」
「逃げろ! 走れ!」
「ありゃりゃんりゅうと!」
火消しに奔走する江戸っ子たち。
上空から見下ろすマギは戯れに【魅了━ファスツィナツィオン━】を発動する。
しばしの放心状態。
彼らが自制を取り戻した時にはもう手遅れ。
目の前で子供は焼けただれ、家は炭と化し、自分達にさえ逃げ場はない。
「ふん。他愛ない」
「まだ殺し足りないっすか?」
マギに問いかけるのは神葉。
リケイカインがマギに追い付いたのだ。
「どうしたというのだ?」
「あんたのこと、しばくんすよ」
「遠慮することはない。黙って斬りかかって余を殺せばよいではないか。もはやそちは余の侍従ではない。雇い主である父上は死んだのだぞ」
「……わしにあんたを殺させないでくださいっす」
歯を食いしばる神葉。
前に座る瀬良寺が、
「何が苦しい? 何が悲しい? 言ってみろ。私達が力になってやれるかもしれない」
「言ったところで理解はされない。……されなかったぞ」
「……私のせいか?」
瀬良寺は頭を下げながら、
「私がお前の母親を殺してしまったからか? あの時は意識を乗っ取られていたとは言え、ひどいことをした。だが、あの後で母上は蘇生されたんだろう? 会えなかったのか?」
マギは微笑む。
瀬良寺の顔を見つめて。
「幸せそうで羨ましい。どうぞ好きなだけ生きればいい。余は疲れた」
唇を噛む瀬良寺。
翼をはためかせるリケイカインが、
「マギ……死ぬの?」
同じく妖怪であり超鳥であるリケイカインは見抜くことができた。
やつれ顔。
緩慢な動作。
最盛期のマギとは程遠い。
だが心は穏やかなようで、
「もはや余に思い残すことなどない。一人でも多くの者を巻き添えにしたかっただけぞ。大火は余の亡き後も燃え広がり江戸の民を地獄へと誘うであろう」
「お目見って覚えてる? もうそろそろ雲が集まってくると思うんだけど」
「……何?」
「ほら」
リケイカインの言う通り、雨雲が大挙して押し寄せて来つつあった。
同じく空模様の変化を察知した人々は歓喜の声を上げる。
マギはふらつく。
――ここで死ぬわけにはいかない! ……が、苦しいぞ。
意識さえ頼りない状態。
マギが賭けたのは妖怪なら誰もが持つ特性だった。
「リケさん、危ないっす!」
神葉は呼び掛けながら、折れた刀でマギを威嚇する。
「お前、正気か!? リケイカインは仲間だろう!」
瀬良寺が激昂。
マギの企みとは即ちリケイカインを食べること。
――妖怪でよかった。妖怪は妖怪を食べたら瞬間的に体力を回復できる。
「いい加減にしないとマジ殺しちまうっすよ!」
「師匠、殺すのは残酷です! 目を潰しましょう!」
騒々しい師弟と対照的に当のリケイカインは落ち着いていた。
「マギ、いいよ」
むしろマギに接近しながら、
「ぼくをお食べよ」
「……」
狂ったようにリケイカインを狙っていたマギが矛を納める。
段々と翼がもたつく。
高度が下がる。
死への秒読み。
「マギ様、もう消えてくださいっす」
神葉がマギに追放を頼む。
涙を流す瀬良寺も、
「お前はここにいてはいけない。私達にお前を殺す勇気はない。だからどうかここから立ち去ってくれ」
リケイカインが猛反発。
「ダメ、絶対! ぼくは2人よりもマギに似てるから、わかるんだもん。マギに冷たくしちゃダメ! ぼくたちはもらった優しさの分だけ生きていける。使いきったらもう生きることをやめてしまうしかないんだよ」
マギは語らない。
ゆらゆらと飛ぶ。
あてもなく。
振り返らず。
「マギ! 生きて!!!!」
* *
「……何だったか、こやつの名前……」
深山幽谷の地。
雨に打たれるマギにゆっくりと1体の妖怪が近づく。
土地を緑化するだけのミミズのような取るに足らない妖怪っすよ。
神葉の講義が脳内に甦る。
「よせ。余を食うでない。余は妖怪皇帝ぞ。余は……死にたくない……」
* *
誰も知らない花が咲いている、誰も知らない場所。
山には空気が満ちて、河には水が流れている。
人間も妖怪もいない。
━白鳥サノバビッチ 完━
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