合言葉、ここでまた。

染 夏芽

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合言葉、ここでまた。

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真っ青な空の中、一人ぼっちで僕らを照らす太陽の下、
学校の裏山に僕らは秘密基地を建てた。
子供なりに工夫して、草が生い茂っていた場所をある程度草を狩って、落ちている枝や石を集めて壁を作った。
屋根は骨組みにした枝の上にはっぱをたくさん乗せて作った。
その時流行っていたゲームのキャラが書かれていたり、いろんな人の名前が書かれていたり、子供ながらいい出来であった。
完成するころには僕らの真上にあった太陽も落ちてきて、雲ひとつない碧天だった空も夕日で赤く染まっていた。
「合言葉は『ここに集合』な!」
「なんでぇ?」
「大人になっても、またここで会えるように!」
「ふーん。よくわかんないや」
「じゃあ明日もここに集合!」
「わかった~!またね!」
「ばいばーい!」


愛おしいあの頃の会話。
アイツは小学校の時からみんなを引っ張る側だった。
対して僕は彼に引っ張られる弱い人間。
子供の頃の感性で見ても、彼の存在は輝いて見えた。
中学校に上がるくらいには、彼とは疎遠になっていった。
その頃は友達もいたし、その事についてはどうとも思ってなかった。
だけど、もうあの頃のアイツみたいな友達は一人もいなかった。
それがどこかもどかしくて、でもそのもどかしさを解決する方法が見つからなくて、ただ無駄な時間が経っていった。


僕は偏差値の低い工業高校を目指したが、彼は倍率の高い普通高校を志した。
LINEも電話番号も聞いてなかったので、連絡するすべも無く、お互い別の人生を歩んでいた。
大学に進学して若さを謳歌し、スーツが似合う程大人になった。


『ドアが開きます』
脳死で4階のボタンを押す。
ゴオオとエレベーターの動く音がする。
疲れで睡魔が襲ってきたものだから、
ふらつきながら家のドアまでたどり着いた。
「ただいま、って誰もいないか」
独り言を呟いたせいで、余計孤独を感じてしまった。
ピロン、とスマホがメッセージを知らせた。
『長坂小学校、同窓会のお知らせ』
メッセージの送り主はアイツの親友だった。
開催場所は安く貸切にできるであろう、小さな居酒屋だった。
ちょうど開催予定日にスケジュールは入ってなかったので、『行きます』と返信した。


久々に服に気を使って家を出た。
大して遠くない場所だったので、
適当にタクシーを拾って、会場の居酒屋に向かった。


そこには、アイツを除いて懐かしい顔ぶれが揃っていた、
といっても、女子は化粧をしているせいか、名前と顔が一致しなかった。
あがった話題は、結婚しただの、企業しただのどうでもいい自慢話で溢れていた。
同窓会あるあるの幸せアピールなのだろう。
リア充と程遠い存在の僕は彼らに対する嫉妬から、心底退屈だった。
夜も更け、終電もあるので解散することになったが、一部の人だけ集まって二次会をすることになった。
予定もないので行こうと思ったが、あることを思い出したので、誘いを断ってある場所に向かった。


真っ暗な空でこちらを照らす月はとても綺麗だった。
昔は、花火大会やお月見でよくこの裏山を登ったが、少し歩くだけでも息が切れてしまった。
あの頃と変わってしまった友人たちは何処へ行ったのだろう。
あの頃の純粋さは何がきっかけで失われたのだろう。
捻くれたことを一人ぼっちで考えていた。
まるで月と会話しているかのような、そんな感覚だった。
「また会えるかな」
思わず声に出してしまった。
ここに来た理由は、合言葉を思い出したからだ。
ここに来れば、アイツに会えると信じて。
「ここに集合」
アイツの声が僕の脳内を駆け巡った。
驚いて後ろを振り返ってみると、そこには微風に揺らぐ草木が立っているだけだった。
僕の瞳には自然と涙が流れていた。


ある日、不運にも居眠りをしていたトラックドライバーと衝突事故を起こした。
周りにいた人たちが応急処置をしたらしいが、どうやら即死だったようで、アイツは帰らぬ人となってしまった。
この話が同窓会でふと耳に入ってしまったのだ。
物凄く衝撃的で、物凄く空しくて、忘れられなくて、信じられなくて。
幹事をやっていたアイツの親友に聞きに行ったのだが、どうも本当らしくて。


彼はおもむろにバッグを取り出して、山のように入っている手紙を僕に差し出した。
「これ、アイツが高校のころ送ろうとしてた手紙。中学のころでさえ話してなくて気まずくなっちゃって、結局出せなかったんだって。受け取ってほしい」
その時はもう、何も考えられなかった。
ありがとうと伝えて、その場を去って、別のグループで飲んでいたが、うまく笑えないし喋れないで最悪だった。


受け取った何十通とある手紙を涙を拭きながら読んだ。
コンビニで買った缶ビールを飲んで気を紛らわせながら、何度も何度も読んだ。
何度も読んだ。何度も泣いた。何度も何度も繰り返した。
ここにアイツがいるのなら慰めてくれただろうか。
ここにアイツがいたらどんな馬鹿話ができたのだろうか。


大人になった僕には、壊れかけの秘密基地が狭く感じた。
壁に書いてあるアイツの名前を指でなぞる。
「また、ここに集合な」
アイツが考えた合言葉をつぶやく。
一人ぼっちの満月を抱えた夜空に、強く鳴り響いた。
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