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第三章
26 幸せな朝と、忍び寄る暗雲
ロディアは目を覚ました途端、不思議な感覚を覚えた。
心と身体を包み込む、柔らかな幸福感。
視界に広がる、見慣れた天蓋の模様。
布団の中がやけに暑い気がする。
小さく身じろぎした瞬間。
「――!?」
すぐ隣でラグナールが眠っていることに気づいて一気に目が覚めた。騒ぎ出した鼓動に息が詰まる。
まだ眠っているラグナールは、逞しい肩から胸の上辺りまでがあらわになっていた。呼吸に合わせて掛布団が微かに上下する。
無防備な寝顔は彫像のようで、いつまでも鑑賞していたくなるほどに美しかった。
完璧な線を描き出す横顔に見とれているうちに、自分もまた、一糸纏わぬ姿であることに気づく。
泳ぐ視線の先では、そこら中に脱ぎ散らかされた衣服と下着。
それらの意味することは、明らかだった。
聖域じゃない場所で。
聖なる力を授かるためだけじゃなく。
私、ラグナール様と、肌を重ねたんだ――。
「んん……ロディア……」
眠たげな声と共に、ぐっと抱き寄せられた。
硬い胸板に顔をうずめさせられれば、熱い体温がじかに伝わってくる。
頭の下に敷かれた腕の逞しさを感じているうちに、昨夜の光景が鮮やかによみがえった。
――ロディア。もう少しだけ、続けてもいいかい。
共に高みに昇り詰めて、その余韻に朦朧とする中、照れくさそうに尋ねてくる声。
その言葉を何度聞いたかは、よく憶えていない。
でも一度や二度ではなかったことだけは、おぼろげに思い出せる。
呼吸するので精一杯で声を出せず、『私もまだ繋がっていたい』と告げる代わりに頷いてみせればまた、どこまでも深い愛情を身体の奥底にまで丹念に教え込まれ、ときには激しく叩き込まれた。
切なげな、唸るような声で名を呼ばれながら。
明け方まで、たった一度だって離れずに、熱を交わし続けた。
(私、おかしなことを口走っちゃってなかったかしら……)
耳の中に響く鼓動がますます騒がしくなる。
身体が火照り始め、汗が滲んでくる。
ほんの少ししか寝ていないはずなのに、今は少しも眠くなかった。
不意に、天蓋から垂れ下がるカーテン越しに、ノックの音と、続けて扉の開く音がした。
テルマとラヴェルの足音が近付いてくる。
少し離れた所で立ち止まり、ラヴェルが声を掛けてきた。
「お目覚めでしょうか、ロディア様」
「は、はい……」
「ラグナール殿下、ヒューバート様がお迎えにお見えになっております」
「……ああ」
するりと抱擁が解かれる。
ラグナールはいつの間にか起きていたようだった。
ゆっくりと起き上がり、髪を掻き上げる。
白い頬に掛かる、淡い金色の乱れ髪。
凄まじいほどの色っぽさに、どきどきせずにはいられない。
朝日の輝きを纏った肉体を直視できず、掛布団をぎゅっと握って顔を覆う。
一方で、ほんの少しだけ見たい気持ちが湧いてきて、ちらっと布団の端から目を出すと、ラグナールと目が合った。
差し伸べられた手が、やんわりとロディアの頭を撫でる。
「すまないロディア。先に湯を使わせてもらうね」
「は、はい。どうぞ、ごゆっくり」
ベッドから降りていくラグナールを目で追い始めた矢先、全裸を凝視してしまっていることに気づいて慌てて顔を背けた。
もう一度、目だけで様子を窺う。するとカーテンの隙間から、ラヴェルにガウンを着させられている様子が見えた。
腰帯を結び終えたところでラグナールはカーテン越しにロディアを見て微笑むと、「またあとで」と言い残して部屋を出ていった。
ラグナールを見送ったロディアが、起き上がろうと――上体を半分ほど起こしただけで、ぱったりと仰向けに倒れ込んでしまった。
「あら……?」
祈りのあとの脱力感とは全く違う。
今までに味わったことのない、凄まじい倦怠感。
「っ……!」
理由に気づけば顔じゅうが燃え上がる。
恥ずかしさに泣きたい気持ちになっていると、ベッドのカーテンを開いたテルマが優しく微笑みながら、背を支えて起こしてくれた。
重ねた枕に寄り掛からせられて、水を手渡される。
満面の笑みのテルマに見守られる中、ロディアは顔の熱さにくらくらとしながら、ほんの少しずつ水を飲み進めていった。
コップ一杯の水をようやく飲み干した頃になって、ラヴェルがやってきて、湯殿が空いたことを伝えに来た。
腰から下が、ずんと重い。
テルマに支えてもらいながら慎重に歩を進め、どうにか湯殿に到着する。
身体を洗われている間も、湯船に浸かっている間も、気が付けばうとうとしているくらいに疲れ切っていた。
***
湯浴みのあと、身支度を終えたロディアが応接室に入った瞬間。
扉の脇で待ち構えていたヒューバートがロディアの目の前でひざまずいた。
「ロディア様! 昨日は私の命をお救いくださり、本当にありがとうございました……!」
つい、おろおろとしてしまう。
そこまで感謝してもらうことをしたわけではないのに――。
「ヒューバート様、お立ちください! ヒューバート様をお救いくださったのは女神ラブロラーヴルであり、私ではありません」
「何をおっしゃいますか。貴女様が女神に祈りを捧げてくださったからこそ、私は今こうして生きているのです。どれだけ言葉を尽くしても、感謝しきれません」
「こちらこそ、迂闊な行動をした私を助けに来てくださいまして、本当にありがとうございました……!」
私がリズベルガの中傷に堪え切れず、逃げ出したりしなければ、ヒューバート様が重傷を負うことはなかったのに――。
悔やんでも悔やみきれない。
ロディアは両手を身体の前で重ねると、ヒューバートに向かって深く頭を下げた。
ソファーに腰を下ろせば、昨晩の出来事についての説明が始まる。
ラグナールと並んで座ったヒューバートが悔しげに顔をしかめた。
「聖女を認めない者たちの集まりはいくつかあり、それぞれの動向を王家の方でも追跡できていた……はずでした。ただ、まさか実用レベルにまで禁術の研究を進めていたことまでは突き止められておらず……」
「禁術……ですか?」
「はい。ロディア様をお助けした際、不可解な現象が起こりましたよね。あれは恐らく禁術によるものと睨んでいます」
禁術――かつて聖女に頼らずとも毒花を浄化しようと考えた人々が編み出し、天罰がくだった恐ろしい魔術。
茶を口にしたヒューバートが溜め息をつき、ぽつりと呟いた。
「何かしら証拠が残っていれば良かったんですけど。綺麗さっぱり浄化されちゃったみたいでして」
「ヒューバート。余計なことを言うな」
「はっ! すみません、失言でした……!」
ラグナールが静かに釘を刺せば、ヒューバートが素早く口を押さえる。
とはいえ一度聞いてしまった言葉はロディアの頭を駆け巡り、すぐにひとつの結論に行き当ってしまった。
「浄化されてしまった、ということは……、私の祈りによって、禁術を用いた証拠がなくなってしまったのですか?」
「ロディア。君は何も悪くない。君の祈りでヒューバートが救われたのだから、感謝しかない。私の大切な人のために祈りを捧げてくれて、本当にありがとう」
「いえ……」
ラグナールのなだめる笑みから視線を落とし、昨日の出来事を思い出す。
あのときは無我夢中だった。
今にも死にそうなヒューバートの惨状が脳裏によみがえるだけで、心が極寒にさらされる。
助かって、本当に良かった――。
記憶の中ですら目を逸らしたくなるほどの光景を、もう一度頭に思い描いた途端。
ロディアはあることを思い出した。
「そういえばあのとき、不思議な香りがした気がするのですが」
「香り?」
「はい。妖しい術が使われた瞬間に、花の香りが漂った気がしたのです」
「花の香り……」
ソファーの向かい側で声を揃えたラグナールとヒューバートが目を見合わせる。ふたりとも心当たりがない様子だった。
さらに記憶を引き出しながら、また別の記憶と結び付けていく。
「……あのとき嗅いだ花の香りには、憶えがあります。かつて実家の庭には、母の故郷の花が植えてありました」
母の出身地、王国からずっと南にある、ノトスプラデラ公国。
父が母のために、ノトスプラデラ原産の花を全種類取り寄せたと話していた。
故郷が恋しかろう、と――イリーニヴェルト伯爵領に湧く温泉を利用して、温かい土地でしか咲かない花を見事咲かせたのだという。
ヴィトラクス王国では見られない、珍しい花々。
鮮やかな光景と、両親の笑顔を思い浮かべたロディアは、胸の上で重ねた手に力を込めた。
「それぞれの花について母が教えてくれたのですが、あの国でしか咲かない、ジギタリスという花の香りがした気がしたのです」
細長いベルがいくつもぶら下がっている風な、独特な見た目の花。少しだけ苦みのある甘い香り。
『毒にも薬にもなるのよ』と――そう母が説明してくれた。
「その国でしか咲かない花、か……」
呟いたラグナールがヒューバートを目だけで見る。
視線を合わせたふたりは無言で微かに頷き合った。
「貴重な情報をありがとう、ロディア」
おもむろに立ち上がったラグナールがロディアのそばへ来て、お辞儀するように顔を近付けてきた。
ロディアの手を取り上げて目を伏せ、手の甲にキスする。
「どちらかへお出かけになるのですか」
「いや、私はどこへも。私には優秀な部下が居るからね」
とウィンクすれば、ヒューバートが誇らしげに胸を張る。
「僕、こう見えてもそこそこ有能なんで。ロディア様は何も心配せず、のんびりお過ごしくださいね~」
ラヴェルの開けた扉の向こうにラグナールが姿を消す。
ヒューバートが続く。
かと思えば、ちらっと顔を出して笑顔で手を振る。
いつもより速いペースのふたりの足音が遠ざかっていった。
――ラグナール様もヒューバート様も、真相を探るために動いていらっしゃるのに。
私はここで、祈ることしかできない。
それでも祈り続けるしかない。
礼拝室で、女神像の前に膝を突き、両手を組み合わせる。
――女神様。
昨日は、私の願いを聞き届けてくださり本当にありがとうございました。
もう、皆様に迷惑を掛けるような、身勝手な真似は致しません。
どうか、ラグナール様を、ヒューバート様を、お守りください――。
心と身体を包み込む、柔らかな幸福感。
視界に広がる、見慣れた天蓋の模様。
布団の中がやけに暑い気がする。
小さく身じろぎした瞬間。
「――!?」
すぐ隣でラグナールが眠っていることに気づいて一気に目が覚めた。騒ぎ出した鼓動に息が詰まる。
まだ眠っているラグナールは、逞しい肩から胸の上辺りまでがあらわになっていた。呼吸に合わせて掛布団が微かに上下する。
無防備な寝顔は彫像のようで、いつまでも鑑賞していたくなるほどに美しかった。
完璧な線を描き出す横顔に見とれているうちに、自分もまた、一糸纏わぬ姿であることに気づく。
泳ぐ視線の先では、そこら中に脱ぎ散らかされた衣服と下着。
それらの意味することは、明らかだった。
聖域じゃない場所で。
聖なる力を授かるためだけじゃなく。
私、ラグナール様と、肌を重ねたんだ――。
「んん……ロディア……」
眠たげな声と共に、ぐっと抱き寄せられた。
硬い胸板に顔をうずめさせられれば、熱い体温がじかに伝わってくる。
頭の下に敷かれた腕の逞しさを感じているうちに、昨夜の光景が鮮やかによみがえった。
――ロディア。もう少しだけ、続けてもいいかい。
共に高みに昇り詰めて、その余韻に朦朧とする中、照れくさそうに尋ねてくる声。
その言葉を何度聞いたかは、よく憶えていない。
でも一度や二度ではなかったことだけは、おぼろげに思い出せる。
呼吸するので精一杯で声を出せず、『私もまだ繋がっていたい』と告げる代わりに頷いてみせればまた、どこまでも深い愛情を身体の奥底にまで丹念に教え込まれ、ときには激しく叩き込まれた。
切なげな、唸るような声で名を呼ばれながら。
明け方まで、たった一度だって離れずに、熱を交わし続けた。
(私、おかしなことを口走っちゃってなかったかしら……)
耳の中に響く鼓動がますます騒がしくなる。
身体が火照り始め、汗が滲んでくる。
ほんの少ししか寝ていないはずなのに、今は少しも眠くなかった。
不意に、天蓋から垂れ下がるカーテン越しに、ノックの音と、続けて扉の開く音がした。
テルマとラヴェルの足音が近付いてくる。
少し離れた所で立ち止まり、ラヴェルが声を掛けてきた。
「お目覚めでしょうか、ロディア様」
「は、はい……」
「ラグナール殿下、ヒューバート様がお迎えにお見えになっております」
「……ああ」
するりと抱擁が解かれる。
ラグナールはいつの間にか起きていたようだった。
ゆっくりと起き上がり、髪を掻き上げる。
白い頬に掛かる、淡い金色の乱れ髪。
凄まじいほどの色っぽさに、どきどきせずにはいられない。
朝日の輝きを纏った肉体を直視できず、掛布団をぎゅっと握って顔を覆う。
一方で、ほんの少しだけ見たい気持ちが湧いてきて、ちらっと布団の端から目を出すと、ラグナールと目が合った。
差し伸べられた手が、やんわりとロディアの頭を撫でる。
「すまないロディア。先に湯を使わせてもらうね」
「は、はい。どうぞ、ごゆっくり」
ベッドから降りていくラグナールを目で追い始めた矢先、全裸を凝視してしまっていることに気づいて慌てて顔を背けた。
もう一度、目だけで様子を窺う。するとカーテンの隙間から、ラヴェルにガウンを着させられている様子が見えた。
腰帯を結び終えたところでラグナールはカーテン越しにロディアを見て微笑むと、「またあとで」と言い残して部屋を出ていった。
ラグナールを見送ったロディアが、起き上がろうと――上体を半分ほど起こしただけで、ぱったりと仰向けに倒れ込んでしまった。
「あら……?」
祈りのあとの脱力感とは全く違う。
今までに味わったことのない、凄まじい倦怠感。
「っ……!」
理由に気づけば顔じゅうが燃え上がる。
恥ずかしさに泣きたい気持ちになっていると、ベッドのカーテンを開いたテルマが優しく微笑みながら、背を支えて起こしてくれた。
重ねた枕に寄り掛からせられて、水を手渡される。
満面の笑みのテルマに見守られる中、ロディアは顔の熱さにくらくらとしながら、ほんの少しずつ水を飲み進めていった。
コップ一杯の水をようやく飲み干した頃になって、ラヴェルがやってきて、湯殿が空いたことを伝えに来た。
腰から下が、ずんと重い。
テルマに支えてもらいながら慎重に歩を進め、どうにか湯殿に到着する。
身体を洗われている間も、湯船に浸かっている間も、気が付けばうとうとしているくらいに疲れ切っていた。
***
湯浴みのあと、身支度を終えたロディアが応接室に入った瞬間。
扉の脇で待ち構えていたヒューバートがロディアの目の前でひざまずいた。
「ロディア様! 昨日は私の命をお救いくださり、本当にありがとうございました……!」
つい、おろおろとしてしまう。
そこまで感謝してもらうことをしたわけではないのに――。
「ヒューバート様、お立ちください! ヒューバート様をお救いくださったのは女神ラブロラーヴルであり、私ではありません」
「何をおっしゃいますか。貴女様が女神に祈りを捧げてくださったからこそ、私は今こうして生きているのです。どれだけ言葉を尽くしても、感謝しきれません」
「こちらこそ、迂闊な行動をした私を助けに来てくださいまして、本当にありがとうございました……!」
私がリズベルガの中傷に堪え切れず、逃げ出したりしなければ、ヒューバート様が重傷を負うことはなかったのに――。
悔やんでも悔やみきれない。
ロディアは両手を身体の前で重ねると、ヒューバートに向かって深く頭を下げた。
ソファーに腰を下ろせば、昨晩の出来事についての説明が始まる。
ラグナールと並んで座ったヒューバートが悔しげに顔をしかめた。
「聖女を認めない者たちの集まりはいくつかあり、それぞれの動向を王家の方でも追跡できていた……はずでした。ただ、まさか実用レベルにまで禁術の研究を進めていたことまでは突き止められておらず……」
「禁術……ですか?」
「はい。ロディア様をお助けした際、不可解な現象が起こりましたよね。あれは恐らく禁術によるものと睨んでいます」
禁術――かつて聖女に頼らずとも毒花を浄化しようと考えた人々が編み出し、天罰がくだった恐ろしい魔術。
茶を口にしたヒューバートが溜め息をつき、ぽつりと呟いた。
「何かしら証拠が残っていれば良かったんですけど。綺麗さっぱり浄化されちゃったみたいでして」
「ヒューバート。余計なことを言うな」
「はっ! すみません、失言でした……!」
ラグナールが静かに釘を刺せば、ヒューバートが素早く口を押さえる。
とはいえ一度聞いてしまった言葉はロディアの頭を駆け巡り、すぐにひとつの結論に行き当ってしまった。
「浄化されてしまった、ということは……、私の祈りによって、禁術を用いた証拠がなくなってしまったのですか?」
「ロディア。君は何も悪くない。君の祈りでヒューバートが救われたのだから、感謝しかない。私の大切な人のために祈りを捧げてくれて、本当にありがとう」
「いえ……」
ラグナールのなだめる笑みから視線を落とし、昨日の出来事を思い出す。
あのときは無我夢中だった。
今にも死にそうなヒューバートの惨状が脳裏によみがえるだけで、心が極寒にさらされる。
助かって、本当に良かった――。
記憶の中ですら目を逸らしたくなるほどの光景を、もう一度頭に思い描いた途端。
ロディアはあることを思い出した。
「そういえばあのとき、不思議な香りがした気がするのですが」
「香り?」
「はい。妖しい術が使われた瞬間に、花の香りが漂った気がしたのです」
「花の香り……」
ソファーの向かい側で声を揃えたラグナールとヒューバートが目を見合わせる。ふたりとも心当たりがない様子だった。
さらに記憶を引き出しながら、また別の記憶と結び付けていく。
「……あのとき嗅いだ花の香りには、憶えがあります。かつて実家の庭には、母の故郷の花が植えてありました」
母の出身地、王国からずっと南にある、ノトスプラデラ公国。
父が母のために、ノトスプラデラ原産の花を全種類取り寄せたと話していた。
故郷が恋しかろう、と――イリーニヴェルト伯爵領に湧く温泉を利用して、温かい土地でしか咲かない花を見事咲かせたのだという。
ヴィトラクス王国では見られない、珍しい花々。
鮮やかな光景と、両親の笑顔を思い浮かべたロディアは、胸の上で重ねた手に力を込めた。
「それぞれの花について母が教えてくれたのですが、あの国でしか咲かない、ジギタリスという花の香りがした気がしたのです」
細長いベルがいくつもぶら下がっている風な、独特な見た目の花。少しだけ苦みのある甘い香り。
『毒にも薬にもなるのよ』と――そう母が説明してくれた。
「その国でしか咲かない花、か……」
呟いたラグナールがヒューバートを目だけで見る。
視線を合わせたふたりは無言で微かに頷き合った。
「貴重な情報をありがとう、ロディア」
おもむろに立ち上がったラグナールがロディアのそばへ来て、お辞儀するように顔を近付けてきた。
ロディアの手を取り上げて目を伏せ、手の甲にキスする。
「どちらかへお出かけになるのですか」
「いや、私はどこへも。私には優秀な部下が居るからね」
とウィンクすれば、ヒューバートが誇らしげに胸を張る。
「僕、こう見えてもそこそこ有能なんで。ロディア様は何も心配せず、のんびりお過ごしくださいね~」
ラヴェルの開けた扉の向こうにラグナールが姿を消す。
ヒューバートが続く。
かと思えば、ちらっと顔を出して笑顔で手を振る。
いつもより速いペースのふたりの足音が遠ざかっていった。
――ラグナール様もヒューバート様も、真相を探るために動いていらっしゃるのに。
私はここで、祈ることしかできない。
それでも祈り続けるしかない。
礼拝室で、女神像の前に膝を突き、両手を組み合わせる。
――女神様。
昨日は、私の願いを聞き届けてくださり本当にありがとうございました。
もう、皆様に迷惑を掛けるような、身勝手な真似は致しません。
どうか、ラグナール様を、ヒューバート様を、お守りください――。
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