追放された心の魔法薬師は傷心の勇者を癒したい

阿佐夜つ希

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最終話 勇者の願い

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 馬の鳴き声や蹄の音のする方にルエリアが振り向くと、白馬に乗ったヘレナロニカがやってくるところだった。

(わわ、ギルヴェクス様が膝を突いてたところ、見られてたかな……? ってあの人は誰!?)

 凛々しい王女の隣には、お付きの騎士ではなく――光り輝くような美男子が、真っ黒な馬に乗っていた。
 肌は浅黒く、紫色の目は涼やかな笑みを浮かべている。直毛の銀髪は顔に掛かる程度の長さで、そよ風になびいてきらきらと輝いている。
 この世のすべての美しいものを掻き集めて人間として形作ったかのような、美麗すぎる男性。現実離れした見た目にルエリアがびっくりしていると、ふたり揃って颯爽と馬を降りた。
 ヘレナロニカが手綱を持っていない方の手で、隣の男性を指す。

「紹介しよう。私の婚約者、シェスティアン・ミズガルヒだ」
「婚約!? ヘレナロニカ殿下って、ご婚約されてたのですか!?」
「ああ。魔王が降臨するよりも前に決まったことだから、知る機会がなかったのだろうな」

(しかも今【ミズガルヒ】って言った!? ミズガルヒ王国の王子様ってこと!?)

 ヘレナロニカが話す横顔をじっと見つめていた王子が、ルエリアに視線を移して微笑む。

「初めまして、魔法薬師ルエリア・ウィノーバルさん。あなたのことは、ヘレナロニカから聞いていますよ」
「はっ、初めまして……!」

 ルエリアは、王子という存在を間近で見るのは初めてだった。穏やかな笑顔と美声に委縮してしまい、つい目を逸らしてしまった。
 大国の王女と王子、そして希代の英雄と。
 自分だけが明らかに場違いだった。辺りに漂い出した高貴なオーラにあてられて、そわそわと落ち着かなくなる。
 ルエリアが緊張に固まる隣で、ギルヴェクスが一歩前に出て笑みを浮かべる。

「シェスティアン、久しぶり」
「ええ、本当に。君たち一行が神器を探しに我が国へと来て以来だから……もう四年も経つのですね」

 和やかな会話が始まる。ギルヴェクスは王城で過ごしていた時期があるせいなのか、他国の王族とも旧知の仲のようだった。
 思い出話に花を咲かせている。シェスティアンはギルヴェクスが勇者として覚醒する前からの知り合いなようで、幼い頃に城内で遊んだことについて話しはじめた。
 ルエリアは、興味深い話題に遠慮なく耳を傾けていたところで、はっと気が付いた。

「というか! ヘレナロニカ殿下ってギルヴェクス様と仲がいいからご婚約されているのかと勘違いしてました! なんかすみません!」
「ふ。ギルヴェクスとは長く共に過ごしたからな。同い年とはいえ、どちらかというと弟のような感覚だな」
「そういう顔をして彼の名を口にするなといつも言っているでしょう、ヘレナロニカ」

 シェスティアンが突然、向きになったように強引にヘレナロニカの腰を抱き寄せた。笑顔だった王女が、途端にきょとんとした顔に変わる。

「わわっ!?」

 男女が密着するところを見慣れていないルエリアは、見てはいけないようなものを見た気がしてあたふたと両手で顔を覆った。しかしふたりが気になって仕方なくて、指の隙間から様子を窺ってしまった。王子と王女は見つめ合い、微笑み合っていた。

(わあ……。とっても仲良さそう)

 絵になるふたりをまじまじと見ていると、ギルヴェクスが大きくため息を吐き出した。

「またそうやって人目もはばからずイチャついて。ルエリアが困っているでしょう」
「人目もはばからずなんて失礼ですね。君の前でしかしませんよ、こういうことは。ね、ヘレナロニカ」
「ああ、そうだな。シェスティアンは焼きもち焼きだからな。許してやってくれ」
「そうですよヘレナロニカ。私というものがありながら、ギルヴェクスを話し相手として王城に留め置くなんて」
「仕方なかろう。君にはなかなか会えなかったし、大人にずっと囲まれている中で、同い年の子と話すのがあまりに楽しくてな」

 ヘレナロニカは再び王子に振り返ると、その紫色の目を見上げて甘えるような可愛らしい笑みを浮かべた。

(素敵……。美男美女で絵になるなあ……)

 おとぎ話に出てくる恋人たちのような光景に、ルエリアは結局、両手を下ろして呆然と見入ってしまった。

 他国の王子との婚約など、誰がどう見ても政略結婚だ。ヴァジシーリ帝国から穀倉地帯を狙われているマヴァロンド王国、数百年前から帝国との間に水を巡る因縁があり、二国間戦争と休戦とを繰り返しているミズガルヒ王国。共通の敵を持つ二か国でつながりを強固にして、ヴァジシーリ帝国に立ち向かおうとしているのだろう。
 とはいえ今まさにルエリアの目の前で寄り添うふたりは、政略結婚だとは信じられないほどに、思い合っているのが伝わってくる。
 恋愛というものに憧れすら抱いたことすらなかったのに、そういう相手が自分にもいたら幸せなのかなと考え出してしまう。
 そう思わされるほどに、ふたりには深い絆があるように見えた。

 政略結婚と世界情勢についてあれこれ考えていると、ふと呼び声に遮られた。

「……ルエリア」
「は、はい」

 ギルヴェクスに呼びかけられたルエリアは、つい見入ってしまうロイヤルカップルから慌てて視線を引きはがした。改めて、少し高い位置にある顔を振り仰ぐ。
 その表情は笑みすら浮かべておらず、真剣そのものだった。

「君は優秀な魔法薬師だ。君の才能を伸ばすために、君の気の赴くままに、作りたい魔法薬を作ってみてはどうだろうか。僕の屋敷の庭を自由に使ってくれて構わないから、君の植えたい薬草を植えて、育てるといい。必要なものがあるならば、何だって取り寄せよう。君の師、ギジュット・ロヴァンゼンのように、役に立たない不思議な薬を作ったって構わない」
「ええ!? そんな、恐れ多いです!」

 それは、あまりにも魅力的な申し出だった。一介の平民が、希代の英雄の自宅の一部を占拠して好き勝手していいという――。

(師匠みたいにヘンな薬を作っても許されちゃうの!? それはちょっと、してみたいかも……!)

 身分不相応な待遇の提案に心が揺らぐ。ルエリアは即答できなかった。
 くすりと笑い声が聞こえてくる。声の方に振り向けば、ヘレナロニカが少し困った風な笑みを浮かべていた。

「ギルヴェクス。もっとはっきり言ったらどうだ」
「……」

 促されたギルヴェクスが、気まずげな声を洩らす。
 ルエリアは、ふたりが何について話しているのかさっぱりわからなかった。
 不思議がりながら視線を正面に戻す。すると、勇者の顔は心なしか赤らんでいるように見えた。
 ギルヴェクスが胸に手を置いて目を伏せ、ひとつ深呼吸する。
 再び息を吸ったところで表情を引き締めると、まぶしいものを見る風に目を細めた。

「ルエリア」
「はっはい!」
「回りくどい言い方をしてすまない。僕は、君にそばにいて欲しい、ただそれだけなんだ。万が一、僕の心がまた揺らぎ出したとき……君がそばにいてくれると心強い」
「……!」

 まっすぐな思いをぶつけられて、ルエリアは息を呑んだ。
 誰かに必要とされるうれしさに、胸が満たされ涙が浮かんでくる。
 何度もまばたきをして涙があふれないようにしていると、ギルヴェクスがはにかむような笑みを浮かべた。少年のようなまっすぐさを見せる表情に、胸がきゅっと締め付けられる。

「僕は、これから外出が増えるだろうから、その間は自由に過ごしてもらって構わない。どうだろうか」

 その言葉に、施術が成功した直後のギルヴェクスの発言を思い出す。ギルヴェクスは、仲間の家族を訪ねたり、魔王城を封印するために現地へと赴いたり、大勢の犠牲者の慰霊を執りおこなったり他国を訪問したりと――。様々なやるべきことがあると、そう話していた。

(そっか、ギルヴェクス様はこれからたくさんのお仕事をこなしていかなくちゃならないんだ。きっと、すごく疲れるだろうな。ギルヴェクス様がお帰りになったときに、召し使いのみんなで温かく迎えて差し上げたいな)

 心は決まった。
 快晴の空の色に輝く瞳を見つめて、心の底からの笑みを浮かべてみせる。

「わかりました! 私でお役に立てるなら、ギルヴェクス様のおそばにいさせていただきます!」
「ありがとう、ルエリア。これからよろしく頼む」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします! 頑張ります!」

 気合いを入れて叫べば、ギルヴェクスがふわりと微笑み、何度か小さくうなずく。
 心の底から喜んでいると伝わってくる、優しい笑顔。ルエリアがひそかに感動していると、ギルヴェクスが先に歩き出した。
 数歩進んで足を止め、燃えるような赤髪をそよ風になびかせながら振り返る。

「行こう、ルエリア。皆が家で待っている」
「はい、ギルヴェクス様!」


 これから始まる、新しい生活を思い描く。

 お出かけからお戻りになったギルヴェクス様を、お屋敷のみんなと一緒にお出迎えする。その中に自分も加えてもらえるなんて――。


 これから先、もしもまたギルヴェクス様が困難な目に遭ったとしても。


 心優しき勇者を、私が癒してあげたい――。


 ルエリアは、ギルヴェクスの背中を見つめてひとり微笑むと、任された大役に心を奮い立たせるのだった。


〈了〉


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