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この学校は「人間性を作る」なんてことを謳っている。だからかはわからないが、自主性を育てるために発表の機会がやたら多かった。それは僕にとって本当に辛いことで、こんなに発表があるって知っていたら、僕はこの学校を選ばなかったと思う。
今日は国語の授業の発表で、自分で選んだ小説の読書感想文を教卓で読まなければならなかった。僕の順番はすぐにきて、汗で滲む紙を手に教卓に向かった。
中学生のときから自分に言い聞かせていることがある。
紙はいくら見づらくても教卓に置く。決して手で持たない。手は足の横で握りしめて震えないようにする。顔はなるべく上げない。上げたら最後、言葉が続かなくなる。そのせいで発表点が下がっても、僕はテストができる、成績はそこで補える、そう自分に言い聞かせて安心感を与える。
努めてもうまくいかない時もあった。今日がその日だった。国語の先生が「宮本くん、宮本くん、大丈夫?」と僕の名前を呼ぶので顔を上げざるを得なかった。だからクラスメイトたちの顔がよく見えてしまった。みんな不安げな表情で僕のことを見ている。
「……だ、大丈夫です」
宮瀬くんとも目が合って締め付けられていた胸が一層ギュッとした。
「わ、私が読んだ、っさ、作ひ、ひ品は……」
やっと発表が終わって、どうやって席に戻ったかはわからない。発表の後に質問時間があるのだが、僕のことを哀れんでか先生含め誰も質問してこなかった。
泣きそうになるのを必死にこらえて、僕は自分の情けなさに太ももをつねった。将吾が心配そうに僕のことを見ていたのはわかったけど、席が遠すぎて、顔を上げるのには勇気が必要だった。将吾を見ようと思ったらそれまでの間にいる他の生徒の顔も見えてしまう。僕のことを不審そうに見つめているかもしれないと思うと、顔は上げられなかった。
そうして授業が終わると、宮瀬くんがこっちに振り向く気配がした。授業中ずっと下を向いていた僕は顔をあげることができない。
「……宮本」
程よく低い落ち着いた声が気遣わし気に僕の名を呼ぶが、僕はやっぱり顔を上げられなかった。神に愛された宮瀬くんに情けない僕の、今の情けない顔は見せたくなかった。
「コンコンコン」
と机をノックする音と同時に、将吾の声が聞こえた。
「奏、ちょっと購買行きたいからついてきてよ」
いつもの将吾のそっけない話し方がとてもありがたかった。
「……うん」
小さく頷いて立ち上がれば、将吾が僕の肩に腕を回してくる。そのまま脇腹をくすぐられて思わず笑ってしまった。
「ハハ、将吾、や、やめて」
そういうと将吾は素直にやめてくれた。チラッと顔を見れば、嬉しそうに笑っているのが見えた。将吾はこういう人だ。僕は思わず将吾に抱きついた。
「ちょっ奏、恥ずかしいぞー」
将吾に引っ付くみたいに僕は彼について購買へと向かった。
目当ての焼きそばパンを手に機嫌のいい将吾と並んで僕は、いちごミルクを飲んでいた。将吾が買ってくれたのだ。というのも昨日のバイトで少し多めに稼げたらしく、人に奢りたい気分なんだとか。それが本当か嘘かはわからないけれど、僕に気を遣ってくれていることくらいはわかっていた。
教室のドアを引こうとした直前、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。廊下側の窓が開いていてそこから漏れ出て聞こえてきたのだ。
「宮本ってほんとさ、いつも吃ってて時間返せって感じだよな」
「まじで。声も小さくてなんて言ってっか聞こえないし」
時間……。
本当にその通りだと思う。僕の吃りがなければ授業はもっとスムーズに進んだはずだ。本当にみんなの大切な時間を奪ってきたんだなと改めて実感した。申し訳なかった。
せめてここで僕が教室に入って場の空気を悪くしてしまうのは避けよう。屋上か、それか外のベンチで、いや、今日は雨だからどっちも……。旧校舎の踊り場だったら誰の邪魔にもならないかな……。
「あいつらっ!」
将吾が声に怒りを滲ませていて今にも教室に乗り込みそうだった。僕には慌てて将吾の手を掴むことしかできない。首を横に振れば、将吾は僕の名前を小さく呼んで、体から力を抜いた。
教室で話しているのは、宮瀬くんとよく一緒にいる一軍の男子たちだろう。声に特徴があるからよくわかる。教室の真ん中で机に座って話している姿が目に浮かぶようだった。
このまま踊り場に行こう。そう思って、手に持っていたいちごミルクを持ち直して、踵を返そうとした。
「宮本はさ、すごい綺麗な声で話すよな」
その時、周りに比べて落ち着いていて抑揚のない声が、けれどはっきり教室の外まで響いてきた。
「知ってる? 国語の音読させられるときとか、宮本、澄んだ綺麗な声で読んでるの? プロの声優かって思うくらいで、もうありがとうございますって感じでさ。音楽みたいで、俺宮本の声好きなんだよ。俺いつも宮本が音読の順番になるの今か今かと待ってるんだ」
その時だ。僕が宮瀬くんに恋をしたのはこの時だと思う。
いつも吃ってしまって、上擦ってしまって、情けない自分の声を誉めてくれた。聞くのが好きだと言ってくれた。それはまるで魔法のようで……。宮瀬くんは毎朝僕に挨拶をしてくれて、答えるまで辛抱強く待ってくれて、グループワークの時も、僕が言葉をまとめ切るまで聞いていてくれて、ずっと宮瀬くんの時間奪ってる気がして、申し訳なかったけど、でも、宮瀬くんは僕の声を聞きたいって……。
頬を涙が伝うのがわかった。嬉し涙だ。
今、宮瀬くんがどんな表情をしているのかはわからない。今の言葉が嘘だって可能性も拭えない。クラスのリーダーで、人格者だ。誰かを除け者にしないように、こうやって言ってくれたのかもしれない。
「ふふっ、宮本の紡ぐ言葉ってすっごく綺麗なんだ」
……僕は吃音で、赤面症で、スポーツもできない。だけど勉強と、家族と、それから言葉だけは自信を持ってもいいのかなって思えた。
今日は国語の授業の発表で、自分で選んだ小説の読書感想文を教卓で読まなければならなかった。僕の順番はすぐにきて、汗で滲む紙を手に教卓に向かった。
中学生のときから自分に言い聞かせていることがある。
紙はいくら見づらくても教卓に置く。決して手で持たない。手は足の横で握りしめて震えないようにする。顔はなるべく上げない。上げたら最後、言葉が続かなくなる。そのせいで発表点が下がっても、僕はテストができる、成績はそこで補える、そう自分に言い聞かせて安心感を与える。
努めてもうまくいかない時もあった。今日がその日だった。国語の先生が「宮本くん、宮本くん、大丈夫?」と僕の名前を呼ぶので顔を上げざるを得なかった。だからクラスメイトたちの顔がよく見えてしまった。みんな不安げな表情で僕のことを見ている。
「……だ、大丈夫です」
宮瀬くんとも目が合って締め付けられていた胸が一層ギュッとした。
「わ、私が読んだ、っさ、作ひ、ひ品は……」
やっと発表が終わって、どうやって席に戻ったかはわからない。発表の後に質問時間があるのだが、僕のことを哀れんでか先生含め誰も質問してこなかった。
泣きそうになるのを必死にこらえて、僕は自分の情けなさに太ももをつねった。将吾が心配そうに僕のことを見ていたのはわかったけど、席が遠すぎて、顔を上げるのには勇気が必要だった。将吾を見ようと思ったらそれまでの間にいる他の生徒の顔も見えてしまう。僕のことを不審そうに見つめているかもしれないと思うと、顔は上げられなかった。
そうして授業が終わると、宮瀬くんがこっちに振り向く気配がした。授業中ずっと下を向いていた僕は顔をあげることができない。
「……宮本」
程よく低い落ち着いた声が気遣わし気に僕の名を呼ぶが、僕はやっぱり顔を上げられなかった。神に愛された宮瀬くんに情けない僕の、今の情けない顔は見せたくなかった。
「コンコンコン」
と机をノックする音と同時に、将吾の声が聞こえた。
「奏、ちょっと購買行きたいからついてきてよ」
いつもの将吾のそっけない話し方がとてもありがたかった。
「……うん」
小さく頷いて立ち上がれば、将吾が僕の肩に腕を回してくる。そのまま脇腹をくすぐられて思わず笑ってしまった。
「ハハ、将吾、や、やめて」
そういうと将吾は素直にやめてくれた。チラッと顔を見れば、嬉しそうに笑っているのが見えた。将吾はこういう人だ。僕は思わず将吾に抱きついた。
「ちょっ奏、恥ずかしいぞー」
将吾に引っ付くみたいに僕は彼について購買へと向かった。
目当ての焼きそばパンを手に機嫌のいい将吾と並んで僕は、いちごミルクを飲んでいた。将吾が買ってくれたのだ。というのも昨日のバイトで少し多めに稼げたらしく、人に奢りたい気分なんだとか。それが本当か嘘かはわからないけれど、僕に気を遣ってくれていることくらいはわかっていた。
教室のドアを引こうとした直前、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。廊下側の窓が開いていてそこから漏れ出て聞こえてきたのだ。
「宮本ってほんとさ、いつも吃ってて時間返せって感じだよな」
「まじで。声も小さくてなんて言ってっか聞こえないし」
時間……。
本当にその通りだと思う。僕の吃りがなければ授業はもっとスムーズに進んだはずだ。本当にみんなの大切な時間を奪ってきたんだなと改めて実感した。申し訳なかった。
せめてここで僕が教室に入って場の空気を悪くしてしまうのは避けよう。屋上か、それか外のベンチで、いや、今日は雨だからどっちも……。旧校舎の踊り場だったら誰の邪魔にもならないかな……。
「あいつらっ!」
将吾が声に怒りを滲ませていて今にも教室に乗り込みそうだった。僕には慌てて将吾の手を掴むことしかできない。首を横に振れば、将吾は僕の名前を小さく呼んで、体から力を抜いた。
教室で話しているのは、宮瀬くんとよく一緒にいる一軍の男子たちだろう。声に特徴があるからよくわかる。教室の真ん中で机に座って話している姿が目に浮かぶようだった。
このまま踊り場に行こう。そう思って、手に持っていたいちごミルクを持ち直して、踵を返そうとした。
「宮本はさ、すごい綺麗な声で話すよな」
その時、周りに比べて落ち着いていて抑揚のない声が、けれどはっきり教室の外まで響いてきた。
「知ってる? 国語の音読させられるときとか、宮本、澄んだ綺麗な声で読んでるの? プロの声優かって思うくらいで、もうありがとうございますって感じでさ。音楽みたいで、俺宮本の声好きなんだよ。俺いつも宮本が音読の順番になるの今か今かと待ってるんだ」
その時だ。僕が宮瀬くんに恋をしたのはこの時だと思う。
いつも吃ってしまって、上擦ってしまって、情けない自分の声を誉めてくれた。聞くのが好きだと言ってくれた。それはまるで魔法のようで……。宮瀬くんは毎朝僕に挨拶をしてくれて、答えるまで辛抱強く待ってくれて、グループワークの時も、僕が言葉をまとめ切るまで聞いていてくれて、ずっと宮瀬くんの時間奪ってる気がして、申し訳なかったけど、でも、宮瀬くんは僕の声を聞きたいって……。
頬を涙が伝うのがわかった。嬉し涙だ。
今、宮瀬くんがどんな表情をしているのかはわからない。今の言葉が嘘だって可能性も拭えない。クラスのリーダーで、人格者だ。誰かを除け者にしないように、こうやって言ってくれたのかもしれない。
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