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7 颯人視点
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宮本奏という存在を初めて認識したのは一年生の終わり頃だったと思う。読みたい本が図書館にあるということを聞いて珍しく訪れたのだ。
慣れない学校図書館の陳列に苦戦しながら本を見つけ出し、それをカウンターに持っていくと、受付の図書委員は俺の好きな作者の本を読んでいた。小説にはいくつか付箋が貼ってあって、なんでそんなことをしているのかと疑問に思った。でもその疑問はすぐに解消された。
傍においてあるノートには文字がびっしり書いてあって、そこには小説の中に登場する一文も書かれていた。
気に入った文章をノートに書くために付箋を貼っているのだと結論づけた。
俺は目がいいから、ノートに書かれていた言葉がことのほか綺麗な字で書かれているのも、本に目を通す彼の瞳が髪の隙間でキラキラと輝いているのも見えた。
ずいぶんと真剣に本を読むその姿に惹き込まれて声をかけるのを戸惑ってしまう。
「宮本くん、宮本くん!」
彼の後ろから司書教諭が顔を出して声を上げた。そこでやっと彼は目の前に俺がいることに気づいて慌てて本を閉じた。
「ご、ごごめんなさい。えっ……えっとかし、貸出ですか?」
随分と言葉に詰まっていた。人に気づかなかったくらいでそんなに慌てることだろうか。そうだと返事をすれば彼は俺から本を受け取って、貸出の印を押した。
「へ、返却日はっ、にっ週間後です」
「はい、ありがとうございます」
慌てているのも原因だろうが、もともと吃音なんだろうことはこの時にわかった。でもその声が俺の知っている男子のそれとは違くて、綺麗だった。声変わりを迎えたのに、少年の軽やかさを残す声。彼のノートに書かれた文字みたいに無駄のない純朴な声、そんな印象を受けた。
それからは宮本の名前をよく耳にするようになった。
一年最後の期末の国語で学年一位を取ったらしい、だったり、夏に書いた読書感想文が入賞したらしい、だったり、そんなことを聞くたびに、俺の頭にはあの日の宮本の澄んだ瞳と声が思い出された。
自分も勉強はできると自負しているが、宮本はそれ以上なのだろう。学級委員で職員室に行くときにも度々、宮本を絶賛する先生たちの声が耳に届いた。
そんなこんなで俺は一人宮本を意識していた。
二年生になり、同じクラスになれたときはなぜだかすごく嬉しかった。しかも同じ「宮」だから席は前後だ。教室に入って彼がまっすぐ伸びた姿勢でそこにいるのが見えたときには思わず微笑んでしまった。
クラブ時代からの親友、江川駿が不思議そうにこっちを見ていたが、平静を装って黒板の席順を確認するとまっすぐ彼の前まで進んだ。
「宮本くんだよね。これからよろしくね」
怖がらせないようにできるだけ明るく言えば、彼は俺をまっすぐに見つめ返した。
「よ、よろしく」
吃音は相変わらずのようだが、そんなことはどうでもいい。またあの澄んだ声を聞くことができたのだと思うと嬉しかった。今年は同じクラスだから仲良くなる理由も建前もたくさんある。
そんなことを考えていたら友人たちに囲まれて、意識をそっちに向けざるを得なくなった。
自分に話しかけてくるたくさんの声にうまい具合に返しているあいだ、後ろであの声が何やら誰かと話しているのが聞こえた。チラッとそっちを見れば、サッカー部の岩田将吾に宮本が抱きついていた。
信じられなかった。
宮本はそんなふうに誰かとスキンシップを取るような人間には見えなかった。むしろ人に触られるのが苦手そうだ。なのにあんなに楽しそうに笑って岩田に抱きついているなんて。
頭に嫌なモヤモヤを感じて顔を顰めそうになるが、誰にもこの不快感を気づかれないように努めて笑顔を顔いっぱいに広げた。
宮本とは席が近いおかげで何度もグループワークをすることができた。話すことが得意ではなさそうなのに、こういった場ではしっかりと意見を述べて、活動に参加してくれる。おもしろいことにしか参加したがらない連中がいる一方で、宮本は辿々しく言葉を紡ぎながら、班活動を円滑にしてくれていた。
一番驚いたのは英語の授業での班活動だ。
発表をさせることが大好きで有名な先生が、突然プレゼンをしてもらうと言い出した。しかも二回に分けて準備と発表をするのかと勝手に思っていたら、同じ日に発表をするのだと授業後半で言われたのだ。
プレゼンをさせたいならタイムスケジュールくらい教えてくれないと困る。
クラス中がそう思っていただろう。みんな慌ててどうしようかと話したり責任の押し付け合いをし出した。
「ど、どうしよう」
教卓にいる先生を軽く睨んでいると後ろから小さく呟く声がした。宮本の瞳が髪の向こうで不安げに揺れていた。そういえば彼は話を聞きながらそれをその都度メモしていた。そのノートを貸してもらった。
ノートに書かれていることをざっと確認して驚いたのは、グループで出た案が全部書かれていることだけではなくて、日本語で話していた内容を書いたその下に同じことを英語で書き直していたことだった。まとまったアイデアにはマーカー線が引いてあった。
いつもの癖で司会進行みたいなことを担当したが、正直俺も話を全部覚えていたわけではなかった。だから宮本のノートはすごくありがたかった。
率先して最初の発表者をしたことで、周りから尊敬の眼差しを向けられた。子どもの頃アメリカに住んでいたことがあるから本当は宮本の書いてくれたメモがあれば、それなりに話せるのだが、一部はわからないふりをしておく。その方がこの後に続く発表者も楽だろうから。
発表を終えてノートを宮本に返すと、髪の向こうの瞳がキラキラと輝いていた。眼鏡の反射じゃない。尊敬の眼差しを向けられて、こそばゆくなった。
慣れない学校図書館の陳列に苦戦しながら本を見つけ出し、それをカウンターに持っていくと、受付の図書委員は俺の好きな作者の本を読んでいた。小説にはいくつか付箋が貼ってあって、なんでそんなことをしているのかと疑問に思った。でもその疑問はすぐに解消された。
傍においてあるノートには文字がびっしり書いてあって、そこには小説の中に登場する一文も書かれていた。
気に入った文章をノートに書くために付箋を貼っているのだと結論づけた。
俺は目がいいから、ノートに書かれていた言葉がことのほか綺麗な字で書かれているのも、本に目を通す彼の瞳が髪の隙間でキラキラと輝いているのも見えた。
ずいぶんと真剣に本を読むその姿に惹き込まれて声をかけるのを戸惑ってしまう。
「宮本くん、宮本くん!」
彼の後ろから司書教諭が顔を出して声を上げた。そこでやっと彼は目の前に俺がいることに気づいて慌てて本を閉じた。
「ご、ごごめんなさい。えっ……えっとかし、貸出ですか?」
随分と言葉に詰まっていた。人に気づかなかったくらいでそんなに慌てることだろうか。そうだと返事をすれば彼は俺から本を受け取って、貸出の印を押した。
「へ、返却日はっ、にっ週間後です」
「はい、ありがとうございます」
慌てているのも原因だろうが、もともと吃音なんだろうことはこの時にわかった。でもその声が俺の知っている男子のそれとは違くて、綺麗だった。声変わりを迎えたのに、少年の軽やかさを残す声。彼のノートに書かれた文字みたいに無駄のない純朴な声、そんな印象を受けた。
それからは宮本の名前をよく耳にするようになった。
一年最後の期末の国語で学年一位を取ったらしい、だったり、夏に書いた読書感想文が入賞したらしい、だったり、そんなことを聞くたびに、俺の頭にはあの日の宮本の澄んだ瞳と声が思い出された。
自分も勉強はできると自負しているが、宮本はそれ以上なのだろう。学級委員で職員室に行くときにも度々、宮本を絶賛する先生たちの声が耳に届いた。
そんなこんなで俺は一人宮本を意識していた。
二年生になり、同じクラスになれたときはなぜだかすごく嬉しかった。しかも同じ「宮」だから席は前後だ。教室に入って彼がまっすぐ伸びた姿勢でそこにいるのが見えたときには思わず微笑んでしまった。
クラブ時代からの親友、江川駿が不思議そうにこっちを見ていたが、平静を装って黒板の席順を確認するとまっすぐ彼の前まで進んだ。
「宮本くんだよね。これからよろしくね」
怖がらせないようにできるだけ明るく言えば、彼は俺をまっすぐに見つめ返した。
「よ、よろしく」
吃音は相変わらずのようだが、そんなことはどうでもいい。またあの澄んだ声を聞くことができたのだと思うと嬉しかった。今年は同じクラスだから仲良くなる理由も建前もたくさんある。
そんなことを考えていたら友人たちに囲まれて、意識をそっちに向けざるを得なくなった。
自分に話しかけてくるたくさんの声にうまい具合に返しているあいだ、後ろであの声が何やら誰かと話しているのが聞こえた。チラッとそっちを見れば、サッカー部の岩田将吾に宮本が抱きついていた。
信じられなかった。
宮本はそんなふうに誰かとスキンシップを取るような人間には見えなかった。むしろ人に触られるのが苦手そうだ。なのにあんなに楽しそうに笑って岩田に抱きついているなんて。
頭に嫌なモヤモヤを感じて顔を顰めそうになるが、誰にもこの不快感を気づかれないように努めて笑顔を顔いっぱいに広げた。
宮本とは席が近いおかげで何度もグループワークをすることができた。話すことが得意ではなさそうなのに、こういった場ではしっかりと意見を述べて、活動に参加してくれる。おもしろいことにしか参加したがらない連中がいる一方で、宮本は辿々しく言葉を紡ぎながら、班活動を円滑にしてくれていた。
一番驚いたのは英語の授業での班活動だ。
発表をさせることが大好きで有名な先生が、突然プレゼンをしてもらうと言い出した。しかも二回に分けて準備と発表をするのかと勝手に思っていたら、同じ日に発表をするのだと授業後半で言われたのだ。
プレゼンをさせたいならタイムスケジュールくらい教えてくれないと困る。
クラス中がそう思っていただろう。みんな慌ててどうしようかと話したり責任の押し付け合いをし出した。
「ど、どうしよう」
教卓にいる先生を軽く睨んでいると後ろから小さく呟く声がした。宮本の瞳が髪の向こうで不安げに揺れていた。そういえば彼は話を聞きながらそれをその都度メモしていた。そのノートを貸してもらった。
ノートに書かれていることをざっと確認して驚いたのは、グループで出た案が全部書かれていることだけではなくて、日本語で話していた内容を書いたその下に同じことを英語で書き直していたことだった。まとまったアイデアにはマーカー線が引いてあった。
いつもの癖で司会進行みたいなことを担当したが、正直俺も話を全部覚えていたわけではなかった。だから宮本のノートはすごくありがたかった。
率先して最初の発表者をしたことで、周りから尊敬の眼差しを向けられた。子どもの頃アメリカに住んでいたことがあるから本当は宮本の書いてくれたメモがあれば、それなりに話せるのだが、一部はわからないふりをしておく。その方がこの後に続く発表者も楽だろうから。
発表を終えてノートを宮本に返すと、髪の向こうの瞳がキラキラと輝いていた。眼鏡の反射じゃない。尊敬の眼差しを向けられて、こそばゆくなった。
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