初恋は一期一会 ~彼女が可愛すぎるので、私の心臓は多忙な日常を送っています~

第1話 初恋との邂逅

　柔らかな日差しが降り注ぎ、微かすかに吹く春風が桜を散らす、そんな四月のこと。
　高校の入学式に参加している私の心臓の鼓動こどうはかつてないほどに高まっていた。
　先程までどんな高校生活となるか期待と不安で頭がいっぱいであったと言うのに、今では何も考えられない。何を感じていたか、何をしようとしていたか、先程までの思考の回路が抜け落ちてしまったようだ。
　今はただ呆然として、壇上の彼女を見つめている。

　脳の思考が停止する中、心臓は反比例して狂ったように活発に働き出した。ブレーキが効かなくなった心臓は、まるで何かを頭に、脳に伝えたいかのように激しく動き続けている。血流が速まり、体温が上昇し、呼吸が乱れる。
　そんな心臓の叫びから、上手く回らない脳が導き出した答えはただ一つ。
そう、心臓の鼓動こどうは伝えたいのだろう。

どうやら私は一目惚れをしたらしい、と。
　

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　その人の事を、私は何も知らない。性格も、趣味も、感性も、全く分からない。
　それでも知ってる点を挙げるとすれば、まず名前が「竜胆 朱音りんどう あかね」であるということ。それから、入学式で入学生代表として挨拶を任されるくらい成績が優秀である、ということぐらいだ。
　ちなみに名前を知っているのは、彼女の登壇とうだん前に司会役の先生がそう紹介していたからである。
　つまり、そう。私が知っているのは入学式に出ている人ならほぼ全員が知っている情報だけ。自分だけが持っている情報などない。
　だが、こんな情報しかないにも関わらず、その姿を見ていると何故か心が騒ぎ出す。
　今までに経験したことの無い、不思議な感覚だ。暖かくて優しい気持ちになる反面、苦しくて少し怖くも感じる。
しかし、彼女を好いている事は間違いない筈だ。それは心臓の、この高まった鼓動こどうから伝わってくる。

　ならば理由など分からなくて良いだろう。理由など未来へと歩めば何時いつか解わかるのだから。
理由など無くとも恐らく、もう彼女の事が頭から離れないのだから…。


　初めて恋に落ちたのはこの日、彼女を一目見たとき。胸の鼓動が高まった、その時であった。
　そのたった一瞬で見える世界が色鮮いろあざやかに作り変えられた。画一的かくいつてきだった私の中に『個性』が産まれた。

 彼女との、初恋との邂逅かいこうは、高校一年の春、入学式で訪れたのだった。