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終幕
不死の血
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不死の血
㈠
燃える空母、ただ1人俺は座ったまま…。何故逃げない、いや、体が動かない。俺は逃げられないのだ。ああ、人生とは案外あっけないものだなぁ―
「…さん!」
「須藤さん!起きてよ!」
「んあ?なんで俺生きて…」
「永遠におやすみみたいな顔で眠っていたから焦ったよ!まだ死んでないでしょ!」
「そうだっけか。」
「実は須藤さん幽霊…!?」
「だったらどうする。」
このようなやり取りができるのもおそらく今日で最後だ。どうやら剣崎が上手くやってくれたらしく岩村は無事ここから逃げることが出来たようだ。だからこそ岩村がいない今俺の予知夢は信憑性を増した。
「さて、冗談を言っている場合じゃない。最後の実験に行くぞ。」
「最後って…まさか…!」
「ああ、これで戦うのは最後だよ。」
㈡
残った戦力をかき集めることをせずにこちらから向こうに攻める…あの須藤がこんな無謀な作戦を立てるなど有り得ない。いや、これは戦略でも何でもないのかもしれない。ついに見届ける時が来た、とでも言うのだろうか。
「お前が止めないなんて意外だ。」
「それが須藤さんの意志なら仕方ないさ。…本当にこれで全て終わるのかな。」
「それが須藤の出した答えだろ。」
「となるとこいつに乗るのも今日で最後かー…。いい船だったけどもうボロボロだ。」
須藤は残った数少ない隊員たちに声をかけているようだ。何を話しているかはわからないがいつも通りの業務的な話か、激励か、もしくは…。
だが出撃してから俺はとんでもないことに気付く。
「待て、まさか須藤のやつ単艦で出やがった…!?」
「なんだ白城、騒がしいぞ。海に余計な鉄を棄てるのは良くないだろ。」
「あれだけ沈めたり沈んだりしてそんなもん今更だろ。」
「それに護衛艦はさておき、主力艦はもうこいつしか残ってないぞ。」
「そんなやばい状態だったのか…。」
「ということは俺たちよくわからないまま集団心中に付き合わされるってわけか。いや、冗談じゃない!」
「白城はいいじゃない。死にたがってただろ。問題は俺だ。須藤さん、まだ若い俺の命がこんなところで失われていいんですか!いい訳ないでしょう!」
「ほら、理研特区最強の空母と心中出来るぞ。」
「嬉しくないです!」
どうやら須藤は本気で終わらせるようだ。この戦いも、自身の命も。
「須藤艦長、敵艦隊が見えてきました!」
「そうか、よし。皆に告ぐ、すぐさま計画を実行せよ!失敗は許さん!」
「は?計画…?」
外では人々が忙しなく動いているようだ。須藤は一体これから何をするつもりなのだろうか。
「大丈夫だ、集団心中なんかするつもりはない。」
「まさか乗員全員を逃がすつもりか?ならそもそも何故これだけ人を連れてくる必要が…」
「すっからかんの船じゃ敵に怪しまれるだろ。そもそも俺一人じゃここまでこいつを動かせない。」
「確かに…。」
「すまないが、死なないお前は最後だ。剣崎、お前はここにいる必要はない。さっさと他の乗組員たちと合流しろ。」
「嫌だ。」
「何故だ。死にたくないと言っていただろう。」
「俺だって最後まで残る。助けて貰えると聞いてほいほいそっちに行くような弱い人間じゃあないんだ。」
「…そうか、勝手にしろ。」
「いいのか、須藤。」
「このガキはそんな簡単に言う事を聞かないからな。」
単艦で向かってくる空母に動揺していた敵艦隊であったが落ち着きを取り戻したのか攻撃の準備を始めたらしい。
「まずい、急がねば。おい、俺だ。須藤だ。状況はどうだ!?」
「あらかじめ準備をしていた甲斐あって順調です。」
「あとどれくらいかかる。」
「そろそろ操縦班もオーケーですよ。」
「随分早いな。そろそろ全員出しても大丈夫か?」
「はい。それにしても須藤艦長…本当にいいんですか?」
「何が?」
「俺たちを逃がしてくれるのは有難いですが、艦長1人で船に残るなんて…。」
「言っただろう、俺が死ねば全て終わるんだ。」
「…。」
須藤は各員に避難指示を出し続ける。しかし俺にはひとつ疑問点があった。
「そもそも須藤、何故お前が死ねば全て終わると言えるんだ。艦長だからか?いや、艦長の代わりなどいくらでもいるだろう。」
「そんな適当な理由ではない。生態研究科のマイクロチップ、あれは電子工学研究科付属大学の男子生徒全員の体内に入ったわけではなかった。陽性反応が出た者だけが日に日に死んでいく…。つまり向こうはマイクロチップの影響を受けている“被験者”を処分しているんだ。」
「ということはまさか…!」
「俺が最後の“被験者”だ。」
㈢
白城は納得したようだった。艦長を最後に処分するなど敵も粋なことをする、などと皮肉を言っていた。そんなおしゃべりももう終わりと考えると少し寂しいものだ。
突然船体が激しく揺れた。敵の攻撃が始まったようだ。
「白城、剣崎を連れて逃げろ。敵の狙いはここだ。」
「…わかった。いよいよ別れの時が来たようだな。行くぞ、剣崎。」
白城は案外あっさりと俺の指示を聞いてくれるようで安心した。だが次の瞬間予想外の出来事が起きた。
「須藤さん、危ない!!!」
㈣
なんとか直撃は免れたが、剣崎の姿が見当たらない。
「須藤!大丈夫か!?」
「俺は大丈夫だ。だが剣崎の姿が見当たらん。」
「あの馬鹿っ!なにやってんだか…。」
須藤はこれから死ぬというのに何故こいつは須藤のことを庇う必要があったのだろうか。
「いた!おい、大丈夫か剣崎!」
「だ、大丈夫だ…。良かった、須藤さんに…当たらなくて…。」
「何言ってんだ、俺はもうすぐ死ぬんだぞ!なんでお前が庇う必要があるんだ!」
「全員…逃げるまで…須藤さんが死なないように…って…」
「だとしてお前が死んだら意味がないだろう!白城、早く剣崎を連れていけ!」
「…わかった。剣崎、立てるか?」
…須藤があんなに真剣な目をすることがあるとは。最後になかなか珍しいものが見られた。
さて、そんなことを考えている暇などない。いつ次の弾が命中するかわからない。ボロボロの、それでもまだここに残ると言って聞かない剣崎を無理矢理抱えて艦長室を去った。
㈤
「…行ったか…。おそらくあいつらで最後だろう。」
この船は理研特区最強の空母、レオナルド・ダ・ヴィンチ。素人の中でも電子工学研究科が誇る優秀な人材ばかりが採用された最強の。迅速な対応で確実に、安全に1人も欠けることなく避難することくらい可能なはずだ。それに敵の狙いはこの俺、ただ1人。弾はここを狙うはずだ。
本部に繋がるかはわからない。だが俺は通信機を手に呟いた。
「俺だ、須藤康成だ。政府に報告せよ。最後の駒も直に死ぬ…、実験は失敗だと。」
さて、俺は燃える空母と共にどこまで行けるだろうか。所詮俺もこいつも人の欲望に利用された哀れな存在。だが科学者の帝国で生まれた俺もこいつもそれを責めることも嘆くことも出来ないのだ。
㈥
須藤艦長の計らいにより生き残った乗員のほとんどは無事燃え盛る空母から脱出できた。溺れ死ぬことも決してない俺は他の乗員たちに大型艇は譲り、1人分くらいの小型艇に負傷した剣崎を乗せて海岸を目指した。剣崎は身を呈して須藤を守ったため割れたガラスを全身で受けた。この出血ペースでは陸の病院までもたないだろう。
「なあ、白城…、俺死ぬのかな…?」
「阿呆、喋るな。死にたくなければ喋るな。」
「いーや、どうせ陸までもたないなら喋り尽くしてやる。」
「何故だ、何故貴様はそこまで語りたがる…!」
「まだまだ俺の持論は俺の口から語られぬまま残っているからだよ。まあそれらは俺の家の本棚にある『剣崎雄の世界論』1巻から18巻までに書いてあるのだが。」
「うわ、絶対読みたくない。」
「俺はこの世界の全てを見るまで死なない!と思っていたが向こうの世界も気になるな。須藤さん、理研特区の人々、そして俺のじいちゃんにも会える…!」
「どうした剣崎、らしくないぞ。」
「なんてな。こんな若くして死んでたまるかよ。というか俺は絶対死なない。何故なら俺は神に愛された天下の剣崎様だからだ。」
そう言いながらも剣崎の声は震えていた。体力の限界か…いや、これは死への恐怖だろう。
「…お前の血液にはそれを飲んだ者をお前と同じ不老不死の体質にする力がある。だがそれは数少ない適合者にのみ許された特権。普通の者にとっては猛毒となりこの世で最も悲痛な死を迎えることとなるだろう。いいか、安易に人を不老不死にしようとするなよ、お前の父さん、そしてお前の師匠である新井さんとの約束だ。」
「どうした、白城。人に喋るなと言っておきながらよく喋るじゃないか。」
「お前もよく知っている妖怪の爺さんのセリフだよ。今の、ちゃんと聞いていただろ。…どうする、やってみるか…?」
「…。」
「言っておくが適合か不適合か見分ける手段は無いぞ…死ぬまではな。俺だって試したことは無いからな。」
珍しく真剣に話を聞いていた剣崎だったがニヤリと笑った。
「このままじゃどうせ俺は死ぬんだ。当たりを引けばめでたく俺も憧れていた不老不死、ハズレを引いても誰も経験したことがない死を味わえるんだろ?興味深いぜ。」
相変わらずこういう時威勢は良い。だが後半はかなり声が震えていたようにも思えた。
「わかった。だが困ったことに切り傷を作れる鋭利な刃物などを持ち合わせてはいない。何かの破片を拾うか…。」
「これじゃ駄目か?」
剣崎は自分を、というよりは自分の口を指さした。まさか…こいつ…!
「いや、流石に無理だろう。確かにかつての人類は動物の肉を引きちぎっていたが。」
「俺だってその人類だ。任せろ。」
剣崎があまりにも自信満々だったうえこれ以上モタモタしていたら手遅れになるかもしれない。とりあえず俺は半死人の口元に右手を近付けた。
「痛っ!いや待って痛いとかそういうレベルじゃない程痛い!いくら不老不死でも痛みは感じるんだよ手加減しろ!」
そう叫びながら手を引っ込めたら俺の右手には指が4本半しかなかった。
「あっ、美味い。人肉って案外いける…いや、こいつの肉が特殊なのか…?」
先程まで死にかけていたとは思えない。こいつ、渾身の力を振り絞って俺の右人差し指を噛みちぎり食してやがる。そして心なしかものすごく元気に見えるのだが…。
「もっと。」
剣崎はお菓子をねだる子どものように無邪気な瞳を向けてきた。
「…は?」
「この程度じゃきっとすぐに効果が切れちゃうよ。俺死んじゃう。」
「いや、これ以上俺の貴重な指肉はやらん。何故なら1滴で30年はもつからだ。」
「1滴ってどのくらいかわからないぜ。まあ今日のところはその剥き出しの骨についている分をくれたら許してやろう。」
…こいつこの世で最も苦しんで死なないかなという俺の考えとは裏腹にハズレくじの効果は一向に現れないどころかむしろ当たりのように見える。
こうして俺はまた新たな呪いのようなものにかかったのだった。骨が露出した指だけでなく心も痛かった。ところで陸に着いてから一応医者に診てもらったが既に修復が始まっているらしくひどく驚かれた。とりあえずサメに噛まれたことにしておいたがそもそも理研特区近海にはサメはいないし、サメよりも恐ろしいものはすぐ隣に、そして周りにもうじゃうじゃいるのだった。
好奇心は時に人を殺す…いや人だけでなく生きとし生けるものは皆好奇心で他者そして自身を殺すことだろう。そして俺のような生きても死んでもいないものでさえ…。
㈠
燃える空母、ただ1人俺は座ったまま…。何故逃げない、いや、体が動かない。俺は逃げられないのだ。ああ、人生とは案外あっけないものだなぁ―
「…さん!」
「須藤さん!起きてよ!」
「んあ?なんで俺生きて…」
「永遠におやすみみたいな顔で眠っていたから焦ったよ!まだ死んでないでしょ!」
「そうだっけか。」
「実は須藤さん幽霊…!?」
「だったらどうする。」
このようなやり取りができるのもおそらく今日で最後だ。どうやら剣崎が上手くやってくれたらしく岩村は無事ここから逃げることが出来たようだ。だからこそ岩村がいない今俺の予知夢は信憑性を増した。
「さて、冗談を言っている場合じゃない。最後の実験に行くぞ。」
「最後って…まさか…!」
「ああ、これで戦うのは最後だよ。」
㈡
残った戦力をかき集めることをせずにこちらから向こうに攻める…あの須藤がこんな無謀な作戦を立てるなど有り得ない。いや、これは戦略でも何でもないのかもしれない。ついに見届ける時が来た、とでも言うのだろうか。
「お前が止めないなんて意外だ。」
「それが須藤さんの意志なら仕方ないさ。…本当にこれで全て終わるのかな。」
「それが須藤の出した答えだろ。」
「となるとこいつに乗るのも今日で最後かー…。いい船だったけどもうボロボロだ。」
須藤は残った数少ない隊員たちに声をかけているようだ。何を話しているかはわからないがいつも通りの業務的な話か、激励か、もしくは…。
だが出撃してから俺はとんでもないことに気付く。
「待て、まさか須藤のやつ単艦で出やがった…!?」
「なんだ白城、騒がしいぞ。海に余計な鉄を棄てるのは良くないだろ。」
「あれだけ沈めたり沈んだりしてそんなもん今更だろ。」
「それに護衛艦はさておき、主力艦はもうこいつしか残ってないぞ。」
「そんなやばい状態だったのか…。」
「ということは俺たちよくわからないまま集団心中に付き合わされるってわけか。いや、冗談じゃない!」
「白城はいいじゃない。死にたがってただろ。問題は俺だ。須藤さん、まだ若い俺の命がこんなところで失われていいんですか!いい訳ないでしょう!」
「ほら、理研特区最強の空母と心中出来るぞ。」
「嬉しくないです!」
どうやら須藤は本気で終わらせるようだ。この戦いも、自身の命も。
「須藤艦長、敵艦隊が見えてきました!」
「そうか、よし。皆に告ぐ、すぐさま計画を実行せよ!失敗は許さん!」
「は?計画…?」
外では人々が忙しなく動いているようだ。須藤は一体これから何をするつもりなのだろうか。
「大丈夫だ、集団心中なんかするつもりはない。」
「まさか乗員全員を逃がすつもりか?ならそもそも何故これだけ人を連れてくる必要が…」
「すっからかんの船じゃ敵に怪しまれるだろ。そもそも俺一人じゃここまでこいつを動かせない。」
「確かに…。」
「すまないが、死なないお前は最後だ。剣崎、お前はここにいる必要はない。さっさと他の乗組員たちと合流しろ。」
「嫌だ。」
「何故だ。死にたくないと言っていただろう。」
「俺だって最後まで残る。助けて貰えると聞いてほいほいそっちに行くような弱い人間じゃあないんだ。」
「…そうか、勝手にしろ。」
「いいのか、須藤。」
「このガキはそんな簡単に言う事を聞かないからな。」
単艦で向かってくる空母に動揺していた敵艦隊であったが落ち着きを取り戻したのか攻撃の準備を始めたらしい。
「まずい、急がねば。おい、俺だ。須藤だ。状況はどうだ!?」
「あらかじめ準備をしていた甲斐あって順調です。」
「あとどれくらいかかる。」
「そろそろ操縦班もオーケーですよ。」
「随分早いな。そろそろ全員出しても大丈夫か?」
「はい。それにしても須藤艦長…本当にいいんですか?」
「何が?」
「俺たちを逃がしてくれるのは有難いですが、艦長1人で船に残るなんて…。」
「言っただろう、俺が死ねば全て終わるんだ。」
「…。」
須藤は各員に避難指示を出し続ける。しかし俺にはひとつ疑問点があった。
「そもそも須藤、何故お前が死ねば全て終わると言えるんだ。艦長だからか?いや、艦長の代わりなどいくらでもいるだろう。」
「そんな適当な理由ではない。生態研究科のマイクロチップ、あれは電子工学研究科付属大学の男子生徒全員の体内に入ったわけではなかった。陽性反応が出た者だけが日に日に死んでいく…。つまり向こうはマイクロチップの影響を受けている“被験者”を処分しているんだ。」
「ということはまさか…!」
「俺が最後の“被験者”だ。」
㈢
白城は納得したようだった。艦長を最後に処分するなど敵も粋なことをする、などと皮肉を言っていた。そんなおしゃべりももう終わりと考えると少し寂しいものだ。
突然船体が激しく揺れた。敵の攻撃が始まったようだ。
「白城、剣崎を連れて逃げろ。敵の狙いはここだ。」
「…わかった。いよいよ別れの時が来たようだな。行くぞ、剣崎。」
白城は案外あっさりと俺の指示を聞いてくれるようで安心した。だが次の瞬間予想外の出来事が起きた。
「須藤さん、危ない!!!」
㈣
なんとか直撃は免れたが、剣崎の姿が見当たらない。
「須藤!大丈夫か!?」
「俺は大丈夫だ。だが剣崎の姿が見当たらん。」
「あの馬鹿っ!なにやってんだか…。」
須藤はこれから死ぬというのに何故こいつは須藤のことを庇う必要があったのだろうか。
「いた!おい、大丈夫か剣崎!」
「だ、大丈夫だ…。良かった、須藤さんに…当たらなくて…。」
「何言ってんだ、俺はもうすぐ死ぬんだぞ!なんでお前が庇う必要があるんだ!」
「全員…逃げるまで…須藤さんが死なないように…って…」
「だとしてお前が死んだら意味がないだろう!白城、早く剣崎を連れていけ!」
「…わかった。剣崎、立てるか?」
…須藤があんなに真剣な目をすることがあるとは。最後になかなか珍しいものが見られた。
さて、そんなことを考えている暇などない。いつ次の弾が命中するかわからない。ボロボロの、それでもまだここに残ると言って聞かない剣崎を無理矢理抱えて艦長室を去った。
㈤
「…行ったか…。おそらくあいつらで最後だろう。」
この船は理研特区最強の空母、レオナルド・ダ・ヴィンチ。素人の中でも電子工学研究科が誇る優秀な人材ばかりが採用された最強の。迅速な対応で確実に、安全に1人も欠けることなく避難することくらい可能なはずだ。それに敵の狙いはこの俺、ただ1人。弾はここを狙うはずだ。
本部に繋がるかはわからない。だが俺は通信機を手に呟いた。
「俺だ、須藤康成だ。政府に報告せよ。最後の駒も直に死ぬ…、実験は失敗だと。」
さて、俺は燃える空母と共にどこまで行けるだろうか。所詮俺もこいつも人の欲望に利用された哀れな存在。だが科学者の帝国で生まれた俺もこいつもそれを責めることも嘆くことも出来ないのだ。
㈥
須藤艦長の計らいにより生き残った乗員のほとんどは無事燃え盛る空母から脱出できた。溺れ死ぬことも決してない俺は他の乗員たちに大型艇は譲り、1人分くらいの小型艇に負傷した剣崎を乗せて海岸を目指した。剣崎は身を呈して須藤を守ったため割れたガラスを全身で受けた。この出血ペースでは陸の病院までもたないだろう。
「なあ、白城…、俺死ぬのかな…?」
「阿呆、喋るな。死にたくなければ喋るな。」
「いーや、どうせ陸までもたないなら喋り尽くしてやる。」
「何故だ、何故貴様はそこまで語りたがる…!」
「まだまだ俺の持論は俺の口から語られぬまま残っているからだよ。まあそれらは俺の家の本棚にある『剣崎雄の世界論』1巻から18巻までに書いてあるのだが。」
「うわ、絶対読みたくない。」
「俺はこの世界の全てを見るまで死なない!と思っていたが向こうの世界も気になるな。須藤さん、理研特区の人々、そして俺のじいちゃんにも会える…!」
「どうした剣崎、らしくないぞ。」
「なんてな。こんな若くして死んでたまるかよ。というか俺は絶対死なない。何故なら俺は神に愛された天下の剣崎様だからだ。」
そう言いながらも剣崎の声は震えていた。体力の限界か…いや、これは死への恐怖だろう。
「…お前の血液にはそれを飲んだ者をお前と同じ不老不死の体質にする力がある。だがそれは数少ない適合者にのみ許された特権。普通の者にとっては猛毒となりこの世で最も悲痛な死を迎えることとなるだろう。いいか、安易に人を不老不死にしようとするなよ、お前の父さん、そしてお前の師匠である新井さんとの約束だ。」
「どうした、白城。人に喋るなと言っておきながらよく喋るじゃないか。」
「お前もよく知っている妖怪の爺さんのセリフだよ。今の、ちゃんと聞いていただろ。…どうする、やってみるか…?」
「…。」
「言っておくが適合か不適合か見分ける手段は無いぞ…死ぬまではな。俺だって試したことは無いからな。」
珍しく真剣に話を聞いていた剣崎だったがニヤリと笑った。
「このままじゃどうせ俺は死ぬんだ。当たりを引けばめでたく俺も憧れていた不老不死、ハズレを引いても誰も経験したことがない死を味わえるんだろ?興味深いぜ。」
相変わらずこういう時威勢は良い。だが後半はかなり声が震えていたようにも思えた。
「わかった。だが困ったことに切り傷を作れる鋭利な刃物などを持ち合わせてはいない。何かの破片を拾うか…。」
「これじゃ駄目か?」
剣崎は自分を、というよりは自分の口を指さした。まさか…こいつ…!
「いや、流石に無理だろう。確かにかつての人類は動物の肉を引きちぎっていたが。」
「俺だってその人類だ。任せろ。」
剣崎があまりにも自信満々だったうえこれ以上モタモタしていたら手遅れになるかもしれない。とりあえず俺は半死人の口元に右手を近付けた。
「痛っ!いや待って痛いとかそういうレベルじゃない程痛い!いくら不老不死でも痛みは感じるんだよ手加減しろ!」
そう叫びながら手を引っ込めたら俺の右手には指が4本半しかなかった。
「あっ、美味い。人肉って案外いける…いや、こいつの肉が特殊なのか…?」
先程まで死にかけていたとは思えない。こいつ、渾身の力を振り絞って俺の右人差し指を噛みちぎり食してやがる。そして心なしかものすごく元気に見えるのだが…。
「もっと。」
剣崎はお菓子をねだる子どものように無邪気な瞳を向けてきた。
「…は?」
「この程度じゃきっとすぐに効果が切れちゃうよ。俺死んじゃう。」
「いや、これ以上俺の貴重な指肉はやらん。何故なら1滴で30年はもつからだ。」
「1滴ってどのくらいかわからないぜ。まあ今日のところはその剥き出しの骨についている分をくれたら許してやろう。」
…こいつこの世で最も苦しんで死なないかなという俺の考えとは裏腹にハズレくじの効果は一向に現れないどころかむしろ当たりのように見える。
こうして俺はまた新たな呪いのようなものにかかったのだった。骨が露出した指だけでなく心も痛かった。ところで陸に着いてから一応医者に診てもらったが既に修復が始まっているらしくひどく驚かれた。とりあえずサメに噛まれたことにしておいたがそもそも理研特区近海にはサメはいないし、サメよりも恐ろしいものはすぐ隣に、そして周りにもうじゃうじゃいるのだった。
好奇心は時に人を殺す…いや人だけでなく生きとし生けるものは皆好奇心で他者そして自身を殺すことだろう。そして俺のような生きても死んでもいないものでさえ…。
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