深海のトキソプラズマ(千年放浪記-本編5上)

しらき

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価値観

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価値観
 「杉谷瑞希くん、君の研究は素晴らしい!是非我々と一緒に働いて欲しいものだ。」
そう言ったのは御門治。生態研究科の実質的なトップであり、幼馴染の父親であり、父さんの上司だ。
「え、それって本部で働くということですよね…?さすがに学生が本部入りなんて無理でしょう。まさかコネ…はありえないし。」
「別に本部入りに年齢制限はないぞ。君は確か科付属の中等部に通っていたね?研究選抜クラスじゃなかったかい?」
「ええ…まあ…。」
「ならば高等部に上がる前にレポート課題があるはずだ。それを本部の審査会に提出しなさい。そこでの審査が通れば君も我々と共に働けるはずだ。なに、審査会には私が話を通しておこう。」
「治さんが話をしたら何か力が働きそうですが…。」
「そんなことはないぞ。私は常日頃から審査会に研究者を紹介しているからな。もちろん審査落ちした者もたくさんいる。あくまで判断は彼ら任せだ。」
「そうなんだ…。じゃあ僕頑張ります!」
「はは、楽しみにしているよ。あ、そうそう。ひとつアドバイスをすると、研究目的は少し工夫が必要だ。」
「工夫…?」
「まあ、うちの資料室かインターネットで過去の論文を読みなさい。何か法則が見られるはずだよ。」
「法則…ですか。僕にわかるかなぁ。」
「わかれば君も立派な科学者だ。」

 「私は魚類、特に川魚の生態について新たな発見を発表します。私は2160年から3年間生態研究科内のB地区南及びE地区南西の河川にてそこに生息する魚類の生態観察を行ってきました。結果は以下の通りで…」

 「…というわけです。世の中には食糧生産機やレトルト食品など時間をかけずに栄養が取れるものが多く存在しています。しかしながら我々は古来からの食事を愛らしく思い、休日にはレストランに行列を作ります。農業や畜産は既に多くの科学者が手を出しており新鮮な野菜や上質な肉を使った料理は安価で誰でも口にすることができます。しかし魚類の養殖に関してはほぼ手付かずの状態です。そのため漁で採れた魚を市場で仕入れる必要がありその分他の食品より割増になってしまいがちです。私は様々な魚類の生態を明らかにすることでそれらの養殖を可能としたいと思います。誰もが安く美味しい海鮮料理を食べられるように。生態研究科の頭脳をもってすればあの最高級品のうな重を庶民が食べられる日もすぐに来ることでしょう!私は人々にもっと魚介を身近に感じて欲しい。そのためにこの養殖分野の先駆者となりましょう。」

 「必需品のための研究ではないかもしれません。しかし理研特区が掲げるのは“ 便利な”生活をもたらすこと。便利になるとは簡素になることではありません。贅沢を切り捨ててしまえば人は腐ってしまうでしょう。より多くの人により豊かなオプションを。私の目標を述べたところで発表を終わりとします。」

 懐かしいことを思い出した。今思うと我ながら醜いプレゼンだった。俺は自分がやりたいことのために自分のプライドを捨てたのだ。俺は生態研究科の人間第一主義的な研究姿勢が大嫌いだ。“ 海洋生物の保護”などと言ったら背を向けられてしまうから養殖のための生態研究などと嘘をついた。将来的には自分が生態研究科の頂点に立ち改革してやろうかと思っていたが今回の件で完全におじゃんだ。あんな簡単に失言をするなんて俺もまだまだということか。だがこんなこともあろうかと現生態研究科長御門治の娘であり、俺の幼馴染みである智華を教育してきたのだ。彼女は俺の言うことならなんでも聞くし理知的で優秀だ。だが従順なのと俺の思想を理解し賛同しているのとは違うようにも思える。彼女は“ 俺が言うこと”を信じるのであってアンチ人間第一主義的思想を信じるわけではないと、俺は思う。
 俺のとっておきの散歩ルートであるこの砂浜もいつかはヒトに侵略されてしまうのだろうか。今理研特区の周りに豊かな自然が広がっているのはそこまで生活圏を拡大するつもりがないかららしい。それで100年くらい経つのは不思議なことである。ここの住民は外側への拡大より内側の向上に尽力するタイプのようだ。ある意味自分にしか興味が無いのかもしれない。かく言う俺も自分と海洋生物にしか興味が無い。
「おっと!ごめんねぇ、お邪魔だったね。」
どうやらカニさんを踏み潰そうとしていたようだ。俺はヒトでありこの砂浜と海はヒトのテリトリーではない。彼らの聖域を踏み荒らしそのうえ命まで奪いそうだった。俺の目と髪は海面と同じ、透き通るようなエメラルドグリーンだ。だが俺は海に受け入れてもらえないだろう。それは俺が陸生哺乳類であるからだ。
「ねー、カニさん。君は人間が嫌いかい?」
カニの返事はない。
「俺は人間が嫌いだよ。人間なんて信用できない。」
カニの返事はない。
「俺も君たちの仲間になりたいな。」
カニの返事はない。
「ダメだね、やはり君たちともお話できない。言葉はもちろん、他の個体や異種族に対して“ 嫌い”という感情を持つのはもしかしたらヒトだけなのかもしれないね。」
カニは去ってしまった。このあたりは人通りが皆無なので生物たちとの会話は捗る。といっても会話が上手くいったことはないが。きっと人はこんな意味の無いことをしている俺を見て頭のおかしなやつだと思うだろう。
「はあ…帰るか。」

 それにしても驚いた。もう会いたくないと思っていたホルニッセがすぐにまたこちらを訪ねてくるなんて。しかも理研特区の歴史について聞いてくるとは思わなかった。生態研究科と電子工学研究科の戦争は今でも鮮明に覚えている。快勝だった序盤と歯車が狂いだしたかのような突然の連敗、次々に沈みゆく艦、そして知り合った者たちとの別れ…。あの悲惨な最後は全て仕組まれていたものであった。生態研究科が行っていた極秘の実験、MM企画…。電子工学研究科の未来ある若者たちはその実験台となり散っていったのだ。ホルニッセの様子からしてMM企画は黒歴史として封印されているようだ。
 例えば今すれ違った学生たち。彼らに正しい歴史を教えてみたら俺は二度と旅はできないだろうか。理研特区が滅ぶまで輪廻の枠を越えた不老不死という希少種として研究され尽くされるのだろうか。…いや、罪人にならずとも不老不死に人権はなさそうだしそれこそ捕まってこの性質が研究者たちにバレるのは避けたいものだ。
 それはさておき、何故ホルニッセは歴史について知りたがっていたのか。俺の推測だとあいつは不老不死になる術を求めてこの地に来たはずだ。そして俺はそれが俺にとって都合が良いか悪いか見定めるために彼を追ってここに来たのだ。…まあ確かにあいつは目的一本なやつではないな。好奇心は人一倍あるような感じの人間だ。
「それにしても…」
街を飛び交う虫の数が増えたような気がする。羽音が鬱陶しいくらいだ。このハエのような小さな虫が人間に寄生し理性を奪う…いっそのこと理性を奪って貰いたいものだ。こう、色々と思考をめぐらせる癖のある頭はあるだけ面倒である。もし理性を失ったら…年齢、出自を筆頭に様々なもの…自分の感情さえ偽ってきた俺には理性というリミッターが外れた自分の様子を想像し難い。ただありとあらゆる火力の炎を操る力を持つ者として理性を失ったら大変なことになることだけはわかる。理研特区のひとつやふたつ簡単に消し炭となるだろう。
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