深海のトキソプラズマ(千年放浪記-本編5上)

しらき

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うみのこえ

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うみのこえ
 「やっほー、また会ったね。」
「俺は生態研究科の面積には詳しくないがそう頻繁に同じ人に会うもんかね…。」
「もしかしてよその人?案外狭いよ、この街は。…目的の人物を探すことなど容易なくらい。」
つい先日互いに名も名乗らず会話しただけなのにこやつは俺に一体何の用があるんだろう。全く読めないやつだ。
「ああ、待って!そんな怪しい人を見るような目で見ないで!そもそもここの人たちは自分たちの生活区域からあまり出ないから辺境地にいたらかえって目立つんだよ。」
「…確かに中心街から外れると本当に人を見かけなくなるな。」
「でしょー?こんなところをウロウロしているのなんて物珍しさで散歩しているよそ者か、俺か、トモちゃんくらいだよ。」
「トモちゃん?」
「あ、いや知り合い。気にせんといて~。」
「…はぁ。」
「でもこんなところにいるってことはもう帰っちゃうのかな?それとも電子工学研究科の方にも観光?というかそもそも電子工学研究科の人?いずれにせよ物好きだと思うけど~。」
今俺がいるところは理研特区の入り口。来た道を戻れば生態研究科、反対側へ下れば電子工学研究科。全てを見渡せる高台で両都市に加え奥には海まで見える。100年前にあった戦争、もとい理不尽な人体実験の被害者の名が刻まれた慰霊碑もある。まあこれは俺が作ったのだが。
「で、ぺらぺらと喋っていないでいい加減要件を言ったらどうだ。こんなところまでわざわざ来たのだから何かあるのだろう。」
「おお、怖い怖い。キミとお話しに来ただけだよ~。」
「…じゃあ帰っていいか。」
「だめだめ、なんでそうなるの!暇そうだしいいでしょ!おしゃべりしようよ~!」
「素性もわからんやつと呑気にお喋りするほど暇ではない。」
「俺は杉谷瑞希だよ~。高校生兼本部の研究者…だったけど今は追い出されて放浪してま~す。あ、本部ってわかる?」
「一応ここの常識は多少調べた。最大級の研究機関であり域内の学校経営や行政も担っている、要は理研特区各科の頭みたいなものだろう。ただ生態研究科は知らんが電子工学研究科では未成年の職員はいなかったと記憶しているが…。」
「生態研究科も“今までは”いなかったよ~。」
「“今までは”?」
「そう、俺が史上初ってことになりますなぁ~。どやっ!」
は?理研特区各科の本部って国の政府と最高レベルの研究機関をドッキングした機関みたいなもんだろ…?史上初めて高校生ながらそこの研究者になった天才がこんなへにゃへにゃとしたやつなのか…?かつて電子工学研究科にもこれとはまた違った感じで気の抜けた感じの天才はいたが。
「で、キミは何者なのかなぁ?こちらにだけ情報を開示させるのはフェアじゃないよねぇ。」
「確かにそれもそうだ。俺は白城。若市という辺境の地から来た旅人だ。」
「やっぱり旅人さんだ!でも遥々若市から理研特区まで…ただの観光とは思えないけどねぇ。」
「若市を知っているのか!?」
「一度行ったことあるよ。100年ちょっと前まで電車も走っていないような場所だったらしいけど今は割と発展していたね。でも未だに人ならざるものが紛れ込んでいたのはなかなか興味深いことだったよ。」
2000年代になってようやく鉄道という文明が登場したことは理研特区の人間にとっては面白いネタになるのだろうか。確か地球の裏側でも電気で走行する鉄道は1900年代後半に普及したと記憶しているが…。
「別にただの観光だ。」
「えー?理研特区って観光地ではないけど?」
疑うのも無理はない。実際理研特区には歴史的建造物も無ければ美味い飯も写真映えのする風景も無い。ガイドブックに載っているかどうかも怪しいところだ。ここに訪れるのは他国の技術者や留学生であり観光目的の旅人ではない。
「ここの歴史について興味があって来たんだよ。なんでも100年くらい前に理研特区内でドンパチやり合ったそうじゃないか。」
「えっ、なんで外の人がそれを…?」
「おっと、その事実すらも隠蔽しているのか。だとしたらこの慰霊碑が残っているのは奇跡だな。」
「白城くん、君は一体どこまで知っている…?」
「2040年代の電子工学研究科の様子、当時の艦艇、MM企画で使用されたマイクロチップの効能、被験者たちの分裂、後は…須藤艦長の部屋が汚かったということ、等々。」
理研特区の頭脳に話すにはリスクがデカいということに気付かずに思わず色々と口にしてしまった。
「まるで当時生きていたかのように話すね。まさか事細かに記録していた者が外にいたとは…。その記録をもっと早く直也に見せてやりたかったな。」
なるほど、俺が当時生きていたとは捉えずに詳細な記録が存在することにしたのか。まあそれも正しいのだが。MM企画の一部始終(Side電子工学研究科)や須藤らとの生活については『剣崎雄の世界論』の中にばっちり記録されており、若市にある奴の実家を訪ねればいつでも読み返すことが可能だからだ。
「なんならそいつを連れてきてくれれば語って聞かせるぞ?内容はばっちり頭に入っているからな。」
「いや、もう手遅れだね。彼とは互いのために距離を置こうってことになったし、何より既に我々に害をもたらす寄生虫を彼は世間に解き放ってしまった。」
「寄生虫騒ぎの犯人を知っているのか!?」
「あくまで予測だけどね。かつてのMM企画首謀者、悪魔の一族一文路に生まれた直也くんはある日自分の家のルーツを知りたくなった。それが例え非人道的犯罪でもやはり自分の先祖がやったことは知っておきたい、そんな好奇心は人間としてはまあ普通だ。でも一文路家の人はもちろん、理研特区全体もあの黒歴史は無かったことにしたいのが本心だ。それに関する資料はことごとく消され、歴史を知る関係者たちもみんなだんまり。いくら直也くんが大財閥のおぼっちゃまでも彼はまだ学生の身。一文路家の総力をもって彼の好奇心は潰されるわけだね。」
「あの一文路の末裔か…。しかし何故それが寄生虫に繋がる?」
「まだお話は終わってないよ。彼は人工生物とマインドコントロールの分野に手を出した。何故かって?そりゃあ誰も教えてくれないなら力ずくでも情報を引き出せばよい。きっと無理やり情報を吐かせる自白剤のようなものを作りたかったんだろうね。薬品や機械にしなかったのは彼が元々寄生生物が好きだったからかな。まあ趣味だね。でも直也くんには何かが足りなかったのかな、失敗しちゃうんだ。失敗して別のものができちゃう。そしてその失敗作が外に逃げ出しちゃう。全くドジだね。」
「待て、じゃああの騒ぎは単なるミスによって起きたものなのか…?」
「俺の推測ではそういうことになるね。」
「だがそんな事情誰も納得しないだろう。散々な目に遭ってそれが事故でした、なんて。」
「だろうね。だからこそ直也は未だに罪悪感はありながらものうのうと暮らせている。この間発破をかけてみて彼がこの件に関与していることは確信したよ。俺なら今すぐにでも彼を社会的死に追い込むことができる。」
「そうするつもりなのか?」
「いいや、一応直也は元とはいえ親友だからね。そんな酷いことはしないさ。それに彼のせいで本部を追放された俺が今度は彼を告発する…、マスコミが好きそうな仲間割れ、報復…そんなので俗世間の下世話な人々を喜ばせたくないね。まあ最終兵器として使うかもしれないけど。」
「随分と“綺麗好き”なんだな。」
「そうだねー、俺は“人魚姫”だからねぇ。汚い地上は息苦しいのだよ。だから安心して、君のことは世間に公表しないし研究対象にもしない。不老不死の白城千くん♪」
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