転生兄妹の英雄譚―いずれ世界を救う兄妹は、それぞれのユニークスキルで無自覚に無双する―

椿紅颯

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第四章

第26話『帰路の道中に不穏な影』

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 ルイヴィスとの楽しい時間を過ごして別れた後、両手が塞がる荷物を抱えながアルクスは帰路に就く。

 ほぼ朝から出かけていたから、実に丸々一日をパイス村で過ごしていた事になる。
 夕陽に照らされた森を進むのは随分と久しぶりであった。
 楽しかった時間の後だったからこそ、懐かしい記憶も蘇ってくる。

 ――僕がまだ幼かった頃、これぐらい夕日に染まった道を歩いていたっけな。

 さすがに前回歩いた時はそこまで前ではないが、それは数年も前の話になる。

 アルクスがこの森にやってきて間もない頃、ミシッダによって連れ回されていた。
 悪意があって、荷物持ちのために、なんて事はなくただ純粋にアルクスの心を癒すために。
 残虐な事件があった後だから、アルクスは誰に対しても強い警戒心を抱いていた。幼いながらにずっと辺りをキョロキョロとし、向けられているかもしれない目線を敵視して。

 ミシッダはそれを知っていた。
 だから、だからこそ心優しい住人が集まるパイス村へ移住する事を決め、毎日のようにアルクスを連れ出していたのだ。

 ――その優しさに気が付く前に、僕は全身が毎日のように筋肉痛だったから全然その余裕がなかったんだけど。

 優しいのか鬼なのか。
 ミシッダは手を繋いで、絶対に離しはしなかったが背負ってくれたりおんぶをしてくれる事は一度もなかった。休憩をするために足を止めてくれてはいたけれど。
 たったの四歳しか離れていないのだから無理もないと言えばその通りでもあるが、圧倒的な力を有しているからできない事はなかったのもまた事実である。

「僕も随分と体力がついてきているけど、さすがに休憩かな」

 両腕には食べ物が沢山入っている袋を抱え、両脇にも五着ずつ入っている紐付きの袋を下げている。
 日々のトレーニングを欠かさないアルクスであっても、さすがに腕と足が重くなってきてしまう。

 という立派な名目はあるが、実は沢山の思い出が詰まっているなんの変哲もない小広場で腰を下ろしたいだけでもある。
 なんせ、休憩をするだけなら道中であればどこだっていいのだから。

「やっぱり、ここは落ち着くなぁ」

 本当になんて事のない場所。
 ただ倒木があり、その近くに切り株があるだけ。アルクス以外の人が目にすれば、そこで休憩できるのかすら判断できなさそうな場所だ。
 しかしここは、アルクスにとって大切な場所でもある。

 ミシッダとここで何度も休み、いろんな話をした。
 マーリエットとを助け、初めて顔を合わせて話をした。
 ルイヴィスという、夢の中で救えなかった少女いもうとと出会い想いを交わした。

 そんな沢山の思い出が詰まっている場所。

「あ、そういえばマーリエットにお風呂掃除とかも教えないとだ」

 アルクスは次なる指導内容を思い付いていると、何やら動物たちの騒がしい声が聞こえてくる。

「ん?」

 耳を澄ませていると、様々な動物が掛けている音が。
 普段通りであればただの移動でしかないその音は、まるで何かから逃げているような雰囲気が漂っている。

「え」

 次に上空から鳥達の声が。
 目線を上げてみると、様々な鳥達が群れで飛び立っている。それもまた、地上の動物達と同じように何かから逃げているかのように。

「こんなの初めてだ。何かあったのかな」

 このような出来事が起きる時は必ず悪い事が起きると相場が決まっている。

 アルクスが探索してみようと立ち上がったその時だった。

「そっちはどうだ?」
「なーんにもねえな」

 珍しくも人の声がしてきた。

 ただでさえ辺境の地というだけで訪れる人の数はそう多くなく、ここの存在を知っている人間であれば再び訪れる事があっても、新規で訪れる人間は珍しい。
 それは、他国の人間であっても同じく。

 純粋なアルクスは、『じゃああの人達はきっと道に迷ってしまったに違いない』と立ち上がろうとしたが、装備の音に身を屈めた。

「本当にこんなところで見つかるもんかよ」
「さあ? 俺達は痕跡を探せって言われただけで、それ以上の情報を渡されてはないからな」
「今日の仕事はさっさと終えて、隠れ家に戻って酒飲みてえ」
「そりゃあいいな。だが……今日の命令は、夜までって話だったからまだ帰る事ができねえな」
「ったくよぉ」

 アルクスは草木に隠れ、男達を視界に捉えた。

 武装はしているが、皮鎧といった動きやすい軽装。武器は剣というより、なた。人数は二人。
 どちらも小汚く、しかし筋肉隆々である。

 苛立ちをみせている男は、既に鉈を手に持ってた。

「おらっ! おらっ!」

 男は苛立ちをぶつけるように、鉈で草木を斬りつける。
 荒々しく武器を振り、枝木などが次々に地面へと落ちていく。

「ていうかさ、痕跡を探せって言われても何を探せって言うんだよな?」
「血痕とか足跡を探せって意味なんだろうけど、どんな靴化もわからねえし、そもそもやられたやつは相手に傷一つもつけてないんだろ? それでどうやって探せってんだよな」
「しかもやられたやつらは、相手の顔すら見ていないんだろ? 手がかりが男の短剣使いってだけじゃあ絶対に探せないだろ。短剣だって誰でも持ってる可能性があるわけだし」
「褒美も報酬もろくにねえから、やる気も出ねえよな」
「だよな」

 愚痴を零す二人の男。
 その話はアルクスの耳にも届いており、話の内容をつい考察してしまう。

 ――もしかしてあの人は、マーリエットと僕を探しているんじゃないか……?

 アルクスは危機感を覚える。
 当然、まだ断定はできない。なんせ、男達は情報を確定できる名前を出していないから。
 一部を聴いているだけでも、持っている情報はそこまで重要はなさそうだ。

 もしもこのまま姿を現して、軽く尋問みたいな事をしたとしてもそこまで意味はないだろう。

 ――本当にマーリエットを捉えていた人達の仲間だとしたら、これからは少しだけ警戒をした方がいいかもしれない。幸いにも顔は見られていない、という情報だけは手に入れる事ができたからよかった。

 警戒をする必要はあれど、警戒し過ぎる必要はない。
 それだけがわかっただけでも大分違う。

「どうせだったら村で時間を潰さねえか?」
「たしかに、それはありだな」
「このまま見つかりもしないんだろうから、報告する内容だって変わりゃしねえさ」
「だな」

 鉈を振り回していた男は、腰に携える鞘へ納める。

「ターガーを食べようぜターガーを」
「うっひょぉ、そりゃあいい。あの村のターガーはどこで食べるよりも格別だからな」
「よだれが垂れそう」
「行こうぜ行こうぜ」

 男達は村の名物となっているターガーを求め、ウキウキの足取りでその場から去って行った。

「……なんだったんだろう、あの人達。前の人達とは違う顔だったし、初めて見る人達だった」

 そして、目的が一緒の可能性がある。

「もしかしたらマーリエットは予想以上に大変な事に巻き込まれているか、予想以上に大きい組織に捕まっていたのかもしれない」

 嫌な方向へ考えが広がっていってしまう。
 しかし、こうも思う。

「だけど家にはミシッダさんが居る。もしもの事があったら、どんなに人数が居ようとも問題ないはず」

 アルクスはミシッダの強さを過信しているわけではない。
 自分の体が、その強さを覚えている。正確な強さは測りきれていないが、アルクスでも倒せるような人間が何人集まろうとも勝てるはずがないと確信しているだけだ。

「ミシッダさんに相談した方がいいんだろうけど、マーリエットが居るところでは話ができないしなぁ。でも話ができるようなまとまった時間が取れるわけでもないし……どうしよう」

 そうこう考えていると、既に夕日が沈みかかっていた。

「いけない、急いで帰らないと」

 アルクスは荷物を抱え上げ、急ぎ足で帰路に就いた。
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