彼岸花の咲く場所へ

マナ

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一、お墓参り

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左手首にカッターの刃を当てている時のことだった。

「お前、ヒマなら墓参り行ってこい」

五つ年上の兄が、ちょっとコンビニいってこい、といったノリで命じた。

はぁ? と眉を跳ね上げるも、どうせ何もやることないだろ、と暑いコーヒーを注ぎながら言う。もちろん、そのコーヒーは兄自身のためのものであり、また、自分にもこの暑い夏日、熱い飲み物を飲む気などない。そんな変態じみた真似はしない。

縁側で伸ばしていた足をぶらつかせ、右手に持ったカッターをポイと放り出し、斜め後ろを見上げながら苦言を呈す。

「墓参りって、誰のよ」

誰か死んだっけ、と聞けば、兄はため息をついた。
失礼な。記憶を探っても心当たりはない。数年前より引きこもり生活を送る自分の周りには、せいぜい家族くらいしかおらず、つまりは自分と同様、墓などというものには無縁の者ばかりなわけだ。

そう、自分たち不死の者に、墓などというものは無用の長物であった。

「寿命もちの人と関わりなんてないわよ」
「ああ、そうだな。いくら俺や母さんたちが学校に行けと言ってもお前は聞きゃしない。馬鹿になる一方だ。ついでに社会性にも欠ける。一般常識も普遍的な知識もコミュニケーション能力すらないなんて絶望的だな。何より絶望的なのは、そんな己の状態を嘆かないどころか省みないところだ。ーーお前、なんのために生きてんの?」
「あーあー、お兄ちゃんってホンットうざい。ヒトの人生に口出さないでくれますぅ? 関係ないでしょ?」
「あるから出してるに決まってんだろーが。家族は一蓮托生なんだよ残念なことに。お前がダラけて後ろ指差されるときは何故か家族全員差されるんだ。傍迷惑な。ちゃんとしろよ」

男の癖にグチグチうるさいなぁ、と一人心地る。
それでも、縁切るぞ、とか言われなかったことにホッとしてる自分もいて、軽い自己嫌悪。
それを表に出さないよう、はいはい、と適当に頷き、サンダルを突っかけて、庭へ出た。

「えーっと、なんだっけ? 墓参り? 行けばいいんでしよ、行けば」

で、結局誰のよ、と聞けば、一瞬、間があったようなずれたテンポで低く言った。

ーー叔父の墓だ、と。


※  ※  ※


家から電車で20分。さらに駅から歩いて10分。
草が自然のまま生い茂る獣道のような丘を進んだ先に、墓はあるという。

「っていうか、フツー女の子に一人でこんな山道歩かせる? 人っ子ひとりいないんだけど!」

ぷんすか兄への悪態をつきながら音を立てて進む。
夜なら真っ暗だろう。
いくら不死とはいえ、変質者に遭遇する心配くらいしないか、家族として。

ヒグラシがカナカナと鳴き、踏みしめる草は独特の匂いを放つ。
風が葉をざわめかせ、さざ波の音のように頭上を通過しては、孤独を誘った。

ああ、そろそろ拓けるかも。

登り坂が緩やかになり始めたことに気づき、やっと目的地かと足に力をこめれば、果たして、目的地には着いた。

はぁ、と吐き出した息切れの主張は、一度で終わった。
それは自分に体力があったとか関係なく、むしろバテていたのだが、そんなものがゆっくりと消えていく感じがした。

丘の上には確かにお墓があった。
静かに佇む葉桜と、咲き乱れる彼岸花が夕闇の風に揺れ、カナカナと響き渡るヒグラシの鳴き声が一瞬遠くなった。

小さく黒ずんだ墓石の前には、一人の青年がいた。
透き通るような色白の肌に、柔らかそうな漆黒の髪。
ジーパンに白いシャツというラフな出で立ち。
後ろを向いていて、顔は見えない。

「......だれ?」

低く、響いた。
それは紛れもない、自分の心の声だったが、音を発したのは、青年の方だった。

声を発してから、ゆっくりとその人は振り返った。

自分は不死者だ。
死を恐れることはない。
けれど、どうしてだろう。

目があった瞬間、ぞっとした。

心臓が冷たくなる感覚を、初めて覚えた。
生まれて一番強く、死という存在を感じた。
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