彼岸花の咲く場所へ

マナ

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五、兄と医者と

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「こんにちは。ノゾミちゃん。今日はよろしくね」
「......はじめまして」
「覚えてないかもしんないけど、一応”はじめまして”じゃないんだよねー。...ご機嫌斜め?」

翌朝、兄に連れられてきたのは、車で一時間弱のところにある医大の研究室のようなところだった。
やや暗がりな、ちょうど夜寝る時の豆電球ほどの照明度で、どことなく不安な気持ちに掻き立てる。
目の前の胡散臭い中年男性はそれに輪を掛けて人の心を乱している。

「五才くらいまではよく来てたと思うんだけどなぁー。違ったかな?? いやー、時間ってあっという間に流れるねー」

にこにこと笑いながらコーヒーを用意する男に顔を向けたまま、兄と共に大人しく座って待つ。

「まぁ、俺たちは死にませんから、あんまり時間を気にすることはないですかね」

兄が気軽に言えば、そだねー、と男が一つ頷いてコーヒーをお盆に乗せ、運んでくる。

「僕が大学生だった頃から、お兄さん変わんないよねー。今幾つになるんだっけ?」
「さぁ? 幾つでしたっけ? もう数えてないんですよねー」

嘘だ、と思った。
兄は自分の生きた年数くらい覚えてる。
目の前の男に、警戒心を強めた。兄はこの男に気を許してはないようだ。

「前の時は、ユヅキさんも一緒だったんだっけ? 彼に会えなくなっちゃったのは残念だなぁ」
「......まぁ、死んじゃいましたからねぇ」

男の目が愉快気に光を帯び、笑いかけてくる。
瞬間、わけもなくゾッとした。本能的に何かヤバイと感じた。

「不思議だねぇ。実に不思議だ。人の神秘だよね。不死者なのに、死んでしまうなんて」
「そうですね」
「だって、彼はまごう事なき不死者だったんだよ? 家系的にも、身体的にも! いつだったかな? 彼が大怪我を負ってここの病院に運ばれてきた時! 僕はこっそり執刀医であった父の後について、彼を見たんだよ! 普通の人間なら死ぬような大怪我だ! それがどうだ!? 手術後といえ、翌日には彼はもう何事もなかったかのように病院を出て行ってしまったんだよ!」

未だ名がわからない男が興奮気味に捲し立てた。

「あんなモノが存在するなんて! 僕はあの時に人生が薔薇色に染まったね!」
「...天宮先生だって、珍しい種族じゃないですか」

男の名前は、天宮というらしい。
彼は無精髭の生えた口元をつまらなそうに歪めた。

「確かに僕も、その他1割の種族に部類されるわけだけどさ。違うんだよ! こう、インパクトというか、興味がそそられないんだよ」

はぁ、と彼は熱いため息を吐く。

「もし僕が不死者だったのなら! 自分の好きな時に好きなだけ実験ができるのに!」

実験という響きに、厭な感覚を覚えた。
すると、ふいに天宮はこちらを向き、にこり、と子供がおもちゃを見つけた時のような笑みを浮かべた。

「だから、今日はよろしくね、ノゾミちゃん」
「......何のことですか?」
「あれ、お兄さんからバイト内容聞いてない?」

きょとん、とした顔で兄を見、そして私を見た。

「人体実験だよ」

兄を呪殺するにはどうすればよいのだろうか。教えてくれる人がいるのなら、数年かけて貯めたお年玉貯金をあげてもいい、と思った。


  ※  ※  ※


人体実験なんて物騒な言葉を使われたけれど、蓋を開ければ採血とか粘膜の採取だとかエコーとか普通の常識の範囲内な検査だった。
ダークファンタジー系の漫画の人体実験のように身体を傷つけることなく、朝から夕方までかけての検査を行った。
まぁ、本当に色々な検査だったわけだけど...

「疲れた...」
「お疲れ! いやいやいや、今日はとても有意義な一日になるぞ!」

すでに日は沈みかけ、東の空で一番星が輝き始める時刻だというのに、さも天宮はこれから一日が始まるかのように言う。

しかし、散々精密検査をしてきたこの男の言葉がわかった。採取したデータをあらゆる角度から掘り下げるという時間を、この上なく楽しみにしているのだ。
睡眠時間などなんのその。深夜から明け方どころか、翌日の昼近くまで実験だか研究だか考察だかに没頭する様がまざまざと浮かび上がった。

「マジ何この人。へんたい...」

恨みがましく睨もうとも、ものともしない。それどころか、機嫌良さそうに手をひらひら降る始末だ。
如何わしさはまるでないが、その分、人体への並々ならぬ好奇心が溢れかえっており、上手く表現できないが、ひたすら気持ち悪く感じた。

兄がパチン、と音を立てて、手を鳴らす。

「さて、と。無事終わったことだし、帰るか。バイト代貰って」

無事だと? いけしゃあしゃあと、嫁入り前のバイト内容にしてはあんまりだ。病気でもないのに体を隅々まで調べられるこちらの身にもなってほしい。
というか、被験体は兄でよかったじゃないか。
兄を憎々しげに思いながらもバイト代を出す側である天宮を見れば、ポンと軽く手を打っていた。

「あーそうだったそうだった。忘れてた。バイト代ね。ちょっと待っててー。今財布取ってくるから」
「......忘れてた? ...財布?」

財布から剥き出しか。なんの体裁もなく、バイト代と証明するものも何もない萎れた札か。なんだろう、これは。電車で痴漢にあった後のような物凄く複雑な気分だ。

多方向から放射されるかのような無神経さが蔓延る状況に、頬の神経が無意識にピクピクと動いた。そんな妹に同情でもしたのか、兄は憐れみを込めた温かな眼差しでポンポンと肩を二度ほど叩き部屋き、研究室の奥へ去っていった。
給湯室に向かったと思われる。
というか、兄も加害者側だろうふざけんな。

西日が窓から差し込み、床や机や雑多な医療器具を照らす。カラスの鳴き声も聞こえた。

一気に脱力して、くたりと背もたれのない簡素な椅子に沈み込んだ。ーー疲れた。

げっそりと老け込むように頭を垂れていると、ガチャリ、とドアが開いた。天宮が出て行ったドアだったから財布を持って戻ったのか、と思い、ああこれでやっと帰れるとノロノロと顔を上げ、固まった。

「ーー何でお前がここにいる?」

低く、若い男の声が空気を震わす。けど。

ーーそれはこっちのセリフだ。

黒いコートを羽織って現れたのは、冷たい美貌の青年。切れ長の瞳は、いっそ殺気を孕んでいるかのように鋭く、纏う雰囲気は不思議な静寂をもっている。

呑まれそうになるより先に、自然と腹の底から怒りがムクムクと生まれてきた。
疲労など霧消し、傲然と顔を上げた時、片目を眇めるように、ぼそりと呟いた。

「ーーーーストーカー」
「..............なんですってぇえこのクソ野郎!! それは私のセリフだってぇのよ!! マジ死ねよ!!!」


......溜まった鬱憤全てを腹の底から出すように叫んだ声は、給湯室の兄と扉の前に戻ってきていた医者を仰天させたらしい。



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