彼岸花の咲く場所へ

マナ

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閑話休題、こいびと(彼の事情)

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お墓参りに行く、一月ほど前の事だ。



  ※  ※  ※

「いらっしゃい」

そう言って微笑んだ元同業者に、無言でお辞儀をした。さ、入って入って、と招き入れるに任せ、靴を脱ぎながら背後で戸の閉まる音を聞いた。

日本の玄関は排他的である。
内側から外側へ押しのけるように扉を開くのが大半だ。
対して、欧米では、外側から内側へまるで招き入れるような作りになっている。
と、言ったような話を以前聞いた。

今回の招待も、特に相手から負の感情を感じたわけではなかったが、何となく、思い出した。
部屋から溢れるような、二人の人間によって創り上げられた雰囲気がそうさせているのかもしれない。
相変わらず、テリトリーを形成するのが上手なペアだ。

「シュウくん、忙しい中来てくれてありがとう」

ゆったりとしたソファーに案内され、熱いコーヒーを振舞われる。
テーブルを挟んで反対側の座布団に足を崩して座られ、年上の人を見下ろす形になり大層居心地が悪くなった。
けれど、ソファーを譲ったところで笑って流されてしまうのが目に見えていたので、恐縮して会釈するに留める。

足を崩して座る様は同性とは思いないほど、嫋やかで、清楚で、慈愛に満ちていた。

「今日、あの人はいないんですか?」
「うん、仕事」
「仕事って...」

ここにはいないもう一人の家主は、目の前の男性と同じく、元同業者だ。文字通り、足を洗った状態なわけだが、一体どんな仕事をしているというのだろう。
というか、あの人に普通の仕事ができるのか甚だ疑問だ。

そんな失礼な考えが顔に出たのだろうか。
目の前の麗人は、くすりと笑う。
人からはよく無表情と言われ、今も常と同じ顔を保っていたはずなのに、どうしてか、この人はよくよく人の心を見透かした。

「コウさんね、今学校の先生やってるの」
「...................................................は?」
「ふふ、面白いでしょう?」

結構人気みたい、と嬉しげに笑う彼に、同意なんてできるわけがない。
背中を薄ら寒いものが降りていく。......あの人が、先生?

「......悪夢ですか、それ」
「いいえ、現実です。......ふ、あははは、シュウくんの顔も面白いね。今日は百面相だ」

常識を持ち合わせているくせに、笑う彼は、ただ一人の人に対してだけは、馬鹿みたいに非常識な人になる、とかつて評された。それを身に染みて理解する。

「......あの人、教員免許なんか持ってたんですか」
「うん、持ってる。偽造したやつじゃないよ。ホンモノ」
「............」
「ホントホント」

鈴を転がすように、笑う笑う。
てっきり、前職の伝手によるパチモンかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

「大学出てたんですね」
「そうだよ」

うなづく顔は穏やかで、結局言いたいことは、そこまでで留まってしまった。

笑いの波が引いていく。
静寂な海原のような沈黙が束の間、広がった。

「えっと、キョウさんは?」
「俺は中退」
「どうして...」
「コウさんが卒業しちゃったから」

口を噤んだ。
キョウさんは、肩の力を抜いたままコーヒーを口にしている。
続く言葉が、幻聴のように聴こえてしまった。

コウさんが卒業しちゃったから。
ーーあの仕事を始めちゃったから。

は、と浅い息を吐いたら、マグカップを置いたキョウさんが、トントンと人差し指で促すように優しくテーブルを鳴らした。

「ーーそれで、俺に相談って何?」

ぐ、と詰まった。
逡巡は一度、そうして、頭を下げた。

「後生です。俺を......匿ってください......」

ポットが鳴る。
顔が少し近くなったマグカップから、コーヒーが香る。

そう、と小さな反応が頭上から降る。

「いいよ。おいで」

ーー守ってあげる。

優しく頭を撫でられた。
コウさんに心の中で謝罪する。
あの人の相方を取るつもりなんてさらさらないけれど、キョウさんが割烹着きたら似合うだろうな、なんて、くだらないことを考えた。

母親なんてどういうものかよく知らないけれど、きっと割烹着が似合う人なんだろうな、と滲みそうになる視界を閉じて、緩く息を吐いた。

そうして逆に、割烹着なんぞ似合わないだろう人物を思い浮かべた。
ここにいない相方のコウさんではない。
もう、世界のどこにもいない人物だ。

ーー会いたいな。

墓石磨くための歯ブラシでも持って、お墓参りにでも行こうか、とぼんやりと決意した。


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