3000万でお前を俺の好きにさせろとあいつは言った

こみか

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第2章 100万円の初夜

第2章 100万円の初夜

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「……シュウ?」
 顔を見た時、思わず声が漏れた。
 エンドに初めて会ったのは、繁華街の外れにあるとあるクラブだった。
 社会勉強だといって取引先のスズキに連れて来られたそこは、小さいけれど内装だけはやたら豪華な秘密めいた店だった。
 やたら顔の整った男たちがそろったそこは、一見するとホストクラブのようだった。
 だがその場所に流れる雰囲気は、それ以上の物を含んでいるようで――
 しかしそんな事はどうでも良かった。
 俺達を出迎えた、ナンバーワンを名乗る背の高い男。
 そいつに、いや、その顔に、俺は目を奪われていた。
 似ていた。
 そいつの顔は、秀一に。
 日本人離れした掘りの深い、だけど上品さも兼ね備えた涼しげな眼元、鼻筋。
 どこか大人じみた包容力を感じさせる厚い唇。
 数日前に別れたばかりの恋人の顔が、台詞が脳裏に浮かんだ。
(……肇は、もっと俺以外の人間とも付き合った方がいい)
(俺がいると、依存してしまうだろ? しばらく距離を置こう)
 ……何がいけなかったんだろう。
 何も、問題はなかった。
 問題がないなら、どうすればいい?
 俺は、どうしたら良かったんだ……
「どうしたんだい?」
 思考が心の澱みに沈みそうになる直前に、スズキの声が聞こえた。
「あ、いえ、何でもありません」
 はっと顔を上げ、即答する。
 しかし、その言葉が向けられたのは俺ではなかった。
「あ……すみません、何でもありません」
 ほぼ同時にしおらしく答えたのは、ホストの男。
 俺がシュウと呼んでしまったその男は、俺が思わず呟いたその単語に驚いたように立ち尽くしていた。
 でも、どうして……?
 その様子に僅かにひっかかりながら、男の胸の、薔薇飾りで縁取られたネームプレートを見る。
「エンド……」
「はい。お呼びですか?」
 そいつの名前……店での呼び名は、エンドだった。

 通されたのは、小さな店の更に奥、しかし一番豪華で目立つ席。
 ナンバーワンがお相手をするVIP席だが、個室を用意するほどでもない、ある意味見世物的な位置。
 店側の、俺達に対する半端な評価がよく分かる。
 まあ、間違っちゃいない。
 俺は、成り上がりだ。
 それも、とんでもなく若いまま。
 今でこそ俺は、スズキ――一見助平親父だが複数のプロジェクトを抱える会社の取締役――と、こんな都心の店で接待を受けている。
 だが、俺が会社を立ち上げてから、実質まだ一年も経っていなかった。
 飲食店のフランチャイズで大きな当たりを掴んだシュウの協力を得て、資格を取った直後に無理矢理コンサルティングの会社を立ち上げた。
 オフィスもなければ実績もない、どう見ても無謀な挑戦。
 それでも俺は、とにかく一刻も早く自分の、自分たちだけの城を作りたかったんだ。
 それが、ネットで知り合った人物に、シュウの伝手で知った会社に、そして運に恵まれた。
 たまたま提案したプロジェクトが時流に乗り、あっと言う間に大きくなった。
 無理矢理作った砂の城は、俺が考えた以上に巨大な物になってしまっていた。

「しかし瑠津くんはいい仕事をしたね。可愛い顔して、頭と腕は油断がならない。いやいやお金の話じゃない。どれだけの人を動かせるか、巻き込めるかという視点でね」
「まあ最終的に仕事の価値を決めるのは金額なんですけどね」
「いやいやいや」
「本当に。お若いのに大したものです」
 スズキの言葉に同調するエンド。
 しかしその顔は、薄く唇を歪ませ決して笑ってはいなくて。
 あ。
 こいつ、今、俺のこと馬鹿にした。
 一目見た時から、どうにも嫌な感じがしていた。
 こいつは、この歪んだ唇は、俺を馬鹿にしてる。
 成り上がりで、金も経験もあまり持ち合わせていない奴だと思ってる。
 そんな風に感じて、手を伸ばし、エンドの顎を指で持ち上げた。
「あんたこそ――ナンバーワンなんだろ? さぞ指名料は高いんだろうな」
「そうですね」
 うわあ、否定しやがらない。
 思わず、次の言葉が流れ出る。
「いくらだ」
「100万」
 事も無げに言ってのけた。
 ふ、と息を吐くと、エンドは俺の指を掴む。
「もしも一日、私を指名して独占したいのでしたらその位は必要です」
「ふうん。それって、同伴でも?」
「はい。――もちろん、店外でも」
 握った俺の指を唇に触れそうな距離まで近づけると、やや声を潜めてエンドは告げる。
 この店の裏メニューってとこか。
 澱みなく答えるエンドの口調には、やはり、どこか馬鹿にした感情が含まれているようで。
 お前には無理だろうと言われているようで。
 反発心、だったのだろうか。
 それとも、心のどこかでシュウに似たこいつを好きにしてみたいという気持ちがあったのだろうか。

 ――だん。

 エンドの手を振りほどくと、机の上に札束を置いた。
「買った」
 封で締まった、ちょうど100万円。
 隣でスズキが目を丸くしているのが見えた。
 成り上がりを舐めるなよ。
「この金で、お前を俺の好きにさせろ」
 目を見開いたエンドの表情に、ほんの僅か気持ちが晴れていくのを感じた。


 金曜、夕方6時に、待ち合わせ場所に向かった。
 ――夕方からじゃ、一日じゃねーじゃん。
 若干の不満を持ちながら。
 だけどそれは、エンドの姿が見えた瞬間に吹き飛んだ。
 もちろん、喜びとかそんな感情からじゃない。
 単純に、驚いたからだった。

「それでは、どのようにお付き合いさせていただきましょうか」
「……どうすりゃいい?」
 あの日、札束を前にして顔を突き合わせた。
 100万の契約を履行しようとしているようにはとても聞こえない、立ち話。
 奴の方が明らかに背が高いので、僅かに屈み込んで俺を見下ろす形になっているのが、若干気にくわない。
 買ったはいいが、どう好きにすればいいのかなんて考えていなかった。
 まあ、どうでもいい。どうせ一日限りの憂さ晴らしなんだから。
「――では、映画でも見に行きましょうか」
 エンドの提案に、特に異論はなかった。
 全部、相手に任せることにした。
 ……まさか待ち合わせ場所に、大輪の薔薇の花束を持ってくるとは思わなかったしな。

 なんだこの嫌がらせ!
 待ち合わせ場所で待機していたエンドを見て、俺は絶句した。
 ただでさえこいつは背が高くて顔立ちも整っているせいでやたら目立ってるっていうのに、こんな花束を抱えてちゃ注目を浴びて仕方ない。
 やむを得ず奴に近づいて花束を受け取った時俺の手が震えたのは、あまりにも花の量が多かったからだろう。
 それでも花束をロッカーに突っ込んでからは、全て無難に終わった。
 名前も知らないがどうやら有名らしい、封切られたばかりの映画は満席の筈だったが、あらかじめ指定が取られていた俺達の席横一列と前後の席には人がいなかった。
 そのせいでやたらと目立つ映画館の中心の座席に、俺達は腰を下ろす。
「落ち着いて見られるようにしておきました」
 エンドはすました顔で言ってのける。
「……悪かったな。背が低くて」
「とんでもない」
 嫌味たらしく呟いた俺の前に、ドリンクとやたら甘い香りをしたものが置かれる。
「これは?」
「キャラメルポップコーンですが……お嫌いでしたでしょうか?」
 不思議そうに聞いた俺に、やや意外そうなエンドの言葉がかえってきた。
 キャラメル……甘いポップコーンなんて初めて見た。
 気が付けば、周囲には同じ匂いが充満している。
 これは一般的な物なんだろうか。
 映画は、映画館は、行ったことがない。
 シュウと一緒の時でさえ……
「あ……ああ。好きじゃない」
 そんな俺の内心を見透かされそうで、ぷいと顔を横に向ける。
「では別のものを買ってまいりましょう」
「あ、待った」
 ポップコーンの入った大きな容器を持ち上げようとするエンドの袖を、慌てて引っ張った。
 未知のものではあるけれど、このやたらと甘い匂いをさせている物体には、実の所かなり心惹かれるものがある。
「勿体ないから、そのままにしとけ」
 ひとつ摘んで、口に入れた。
 未知の、だけどどこか懐かしい、ほんの少し苦くて香ばしい甘い味。
「……」
「……何だよ」
 思わず、我を忘れて2個、3個とそれを摘んでいた俺は、視線を感じて隣を見る。
「何のことでしょう?」
 エンドは視線を逸らしてとぼけて見せた。
 ……結局、ポップコーンは全て、映画が始まるまでに俺が食べてしまった。
 エンドはそれを黙って見ていた。――何も言わなかったのは、評価する。

 映画の後は、軽く食事が出来る店。
 ポップコーンで腹が十分膨れていた俺は、軽く摘むだけで良かった。
 エンドもそれに合わせてか、僅かな前菜で飲む程度。
 酒ではなく、炭酸水のミネラルウォーター。
 俺が酒を飲まないので、合わせたらしい。
 飲みながら映画の感想を語る。

「いかがでした? 今回の映画は」
「まあ――悪くなかったんじゃないか?」

 ぶすっとした調子でエンドに答えて見せるが、それだけじゃ足りずに言葉を続ける。
 正直、あまり見たことのなかった映画を見た俺は若干テンションが上がっていたのかもしれない。

「ええと……あそこ、良かった。ラスト近くに急にリーダーの策が嵌って仲間が集まってくる所」
「そうですね。あそこは面白い演出でした」
「ああ、仲間は皆最後まで偶然だと思ってるとことか……上手くやったなあって」
「この監督はそういった見せ場を作るのが上手いのです。以前の作品でも……」
「へえ……」

 事前に勉強してきたのか、映画の裏話や監督の過去作品を引き合いに出しながら語るエンドの説明は、パンフ顔負けの興味深いものだった。
 全く、終始そつがない。
 だけど楽しかったなんて思ったら、なんだか俺の負けだ!
 何故だかそんな意地が働いて、終始仏頂面を作ってやった。
 まあ、悪くないエスコートだったんじゃないか。
 あとはもっと笑顔でも作れば、及第点をやっても良かったんだがな。
 会計を済ませるエンドを、それ以上でも以下でもない冷めた感想を抱きつつ眺めていた。

 そして――
 俺は、それから当然にようにエンドに導かれ彼が予約したというホテルに入っていた。
 やたら豪華で大きなホテルの最上階。
「景色が綺麗な部屋ですよ」とエンドは言ったが、一歩踏み入れた部屋の豪華さに景色なんか見る余裕はなかった。
「手伝いましょうか?」
「い……いや、いい!」
 茫然としたまま浴室に入ろうとする俺にエンドが申し出るが、慌てて断った。
 何故シャワー室や浴室が複数あるんだという疑問は、俺が風呂から出てくると、既にエンドは身体を洗い終わっていたので氷解した。
 あ、この為か?
 妙な所に納得している俺の肩に、エンドが手を置いた。
 そこで、我に返った。
 なんで俺、先日会ったばかりの男とホテルに入ってるんだ?
 シュウ以外の男と……
「俺、帰るわ」
 ふらりとベッドから立ち上がり部屋の外へ逃げようとした俺の肩に、エンドの手が乗せられる。
「離、せよ」
 だけど、エンドは離さない。
「大丈夫ですよ」
 反抗しようとする子供を諭すように、エンドは俺の耳に唇を近づける。
「……一時でも、忘れてみたいと思いませんか? シュウさんの事を」
「……!」
 それは、決定的な言葉だった。
 抗う事を忘れた俺の唇に、身体に、エンドの身体が被さった。
「全て、お任せください」
 100万円分の夜が、始まった。

「ん……」
 あくまでも、事務的なキスだった。
 その筈、だった。
 なのにエンドの舌は容赦なく俺を蕩けさせる。
 唇が重なり、それを割り入ってエンドの熱い舌が俺の中へと侵入してきた。
「う……っ」
 それは今日のエンドの態度と全く同じように、感情が見えないほどの丁寧さで俺の咥内を舐る。
 俺の中の気持ちイイ部分を全て把握しそこを刺激するかのように、じっくりと時間をかけてキスを続けた。
 それだけで、エンドとひとつになるかのように。
「ん、は、あ……っ」
 やっと唇が離れた頃には俺の息は絶え絶えだった。
 だけどふと唇に感じる冷たい空気に、自分の半身が離れてしまったような心許なさを感じてしまう。
「大丈夫、まだ、これからですよ」
「べっ、別に、これくらい……あっ」
 エンドはそんな俺の気持ちを見抜いているかのように優しく声をかけると、俺の反論を待つことなく再び俺に唇を落とした。

「は……っ、ぁあっ……」
 つい先程まで咥内にあったエンドの舌が、今は俺の身体を這いまわっていた。
 最初は首筋に。
 舌の感覚に身体が慣れ、抵抗が薄くなったころを見計らって耳に。
 甘噛みを交えたその舌に、次第に身体が蕩けていくのを感じる。
「ふ、ぁ……っ」
 舌はいつの間にかはだけられた胸の上を這う。
 胸を、腰を、身体中を解き解していく。
 その舌に、身体が震える。
「は……はっ」
 むしろ積極的にその舌に溺れようとしている俺の心の一部には、しかしどうしても拭いきれない冷めた部分があった。
 シュウとは、違う。
 事務的な、快感を与える目的のためだけの愛撫。
 いや、でもそれでいい。
 だからこそ、一時だけでもすべて忘れて溺れることができる――
「ふぁ……っ」
 ふいに身体が起こされ、反転させられる。
 後ろからそっと抱き締められた。
 そのまま耳朶を優しく甘噛みされる。
「あ……ん……」
 耳を犯すように舌がなぞり、奥へと向かう。
 ゆるりゆるりと舌は何度もそれを繰り返す。

「や、あ……っ」
 なんとかそこから逃れようと身を捩れば、背中に、温かい物体……エンドの身体を感じた。
 スーツの上からでは分からなかった、程よく筋肉のついている精悍な身体。
「ん……んぅ……」
 耳への執拗な刺激に、その身体に、俺の下半身に当たる熱を持った物体に、俺の身体は次第に我慢できなくなり、甘えるように腰をくねらせる。
「や……えんど、俺、もう……」
「どうしました?」
 分かっているだろうに、あえてエンドは俺の口から言わせようと耳元で囁く。
「……っ」
 耳に与えられた新たな刺激に反応してしまう身体をなんとか堪え、これ以上奴の好きにさせまいと唇を開く。
「お前を……買ったのは、俺、だろ……っ」
「その通りです」
「なら……お前が……っ」
 察して、動け。
 つまらないプライドを言葉にしようとする。
 だけどそれだけの言葉さえ言葉にならず喘ぐ俺を見て、エンドは神妙に頷いた。
「承知しました。では……」
 悔しくなるほどの余裕を見せた声色のまま。
 唇を耳から離すとエンドは少し体勢を変える。
 俺の腰を後から支えるように持った。
 そして――

「ん、あ……っ!」
 突き刺さる。
 俺の中に、エンドの身体の一部分が。
 予想よりはるかに大きなそれは、俺の身体を貫き通すかのように侵略してきた。
「あ……ぁああっ」
 上を向いたまま口をぱくぱくとさせる俺の耳に、柔らかい物が触れる。
 エンドの唇。
 そんな刺激でも、俺の気を逸らすには十分だった。
 力が抜けた瞬間、エンドは動き出した。
「ひゃ、ぁ、あああああっ」
 激しい刺激が、衝動が何なのか最初はよく分からなかった。
 それは、痛みを感じる間もない程に与えられるひとつの感覚。
 そう頭が理解した時には、身体はもう十分に反応していた。
「あ、ぁああっ、あうっ」
 エンドの動きに合わせて、どうしようもない程に腰を振っている自分がいた。
「はぁっ、あんっ、あぁっ」
 突かれ喘ぎ、引かれ求める。
 そう、それは、快感だった。
 何も考えなくていい。
 考えようとしたことすら忘れてしまう、快感。
 それを、ただただ貪る。
「あ、ぁあっ、んぅっ、ん、あっ」
 次第にその感覚は短くなっていき、俺自身の、快感の先にあるものの昂りを感じる。
「あ、あぁあっ、あぁああああああ――っ!」
 エンドに貫かれたまま、びくびくと痙攣し精を出しながら、目の前が白くなっていくのを感じた。
 ああ、こんな感覚、前にもあった。
「……シュウ……」
 真っ白な世界で、思わず呟いた。
 目の端に熱い物が流れた。

 意識を取り戻した時には、世界は白み、夜明けを告げていた。
 いつの間にか、眠っていたんだろう。
「おはようございます」
「……」
 エンドは俺の側にかしこまって座っていた。
 俺は裸のままだったが、身体中が綺麗になっていた。
 眠っている間に身体を拭かれたりでもしたのだろうか。
 それでも、無言のままシャワーを浴び、服を着る。
 エンドのチェックアウトを待つことなく、背を向けた。
 これで、終りだ。
 くだらない茶番が、やっと終わる。
 エンド。
 もう二度と、あいつと会う事もないだろう。
 振り返ることもなく、そう思った。

 それが、まさかあんな形で再会することになるなんて……
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