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第四部 運命の聖女編

第四部 第6話 ネオ関西の魔法学校へ

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 伝統的なRPG風勇者を目指すために、寄宿舎制の有名魔法学校『ダーツ魔法学園』に転校することになったオレ。

「お母さん、オレ……ダーツ魔法学園に入学して一人前の伝統的勇者を目指すよ。幼稚園生の頃からずっと、勇者の生まれ変わり疑惑をかけられて大変だったけど。そういう運を持って生まれたのかなって……」
「そうね、結局のところ……お父さんが勇者に転職してしまったから跡を継ぐイメージからは逃れられないのよね。せっかく、学費無料で転校できるらしいし……きっと神様の思し召しだわ」
「すごーい! お兄ちゃん本当に勇者様になるんだね。アイラ、応援しているね」
 ようやく、勇者を目指す決意をしたものの、よく考えてみれば他の子に比べてスキルや得意武器があるわけでもない。敢えて言うなら、お父さんがたまに帰宅した時に教えてくれる護身術くらいだろうか。

「これは、個人的な意見だけど……イクト君が本当に勇者として転校試験を受けるなら、魔法教育がスタートする小学校四年生からが良いと思うの。スキルや本格的な魔法の教育が始まるのは、ちょうどその頃だし」
 オレの教育係でもある守護天使エステルが、転校に適した学年を提案する。

 話し合いの結果、エステルの提案を採用して魔法教育上の区切りのいい年齢から転校することになった。転校時期は小学校四年生の4月からである。
 小学校四年生からは、全国どの学校でも自分の将来なりたい職業スキルを学ぶ専門教育が始まるので、よその学校に移動するのに適していると判断されたためだ。

 転校先の魔法学校の名称は、ダーツ魔法学園。ネオ関西の中心地にある比較的都会寄りの学校で、広大な敷地はまるで1つの街であるかのようだと評判だ。

「改めてパンフレットで、学校について調べてみよう」

【ダーツ魔法学園へようこそ!】
 モブモブ戦士というRPGにおける1番弱い職業だった若き日のダーツ校長先生は、相棒の犬耳族の若者とともに難関と謳われる地下迷宮で修行を積んだ苦労人です。やがて、奇跡のレベル99に達した時に、一流冒険者をも越える剣技と魔力を得ました。
 その奇跡的ノウハウを、一般人にも広めるために開校されたのが、ダーツ魔法学園です。

「へぇ……校長先生って、最初から強い職業についていたわけじゃないんだね。それなのに、ものすごく強くなれちゃうんだ。もしかして、アイラもここに入学すれば強くなれちゃうのかなぁ?」
「可能性が、なくはないよな。っていうか、アイラもダーツ魔法学園に入学を目指すのか? 最近まで魔法少女になりたいって言っていただろう」
「まだよく分からないけど、お兄ちゃんがいなくなっちゃったら寂しいし。同じ学校に入りたいかも。でも、魔法少女も捨てがたいんだよね」
 一緒にパンフレットを眺めていた妹のアイラも、すでに心がダーツ魔法学園に揺れ動いているようで意外なことに冒険職を目指すつもりらしい。常日頃、魔法少女が活躍するアニメやドラマを熱心に鑑賞しているので、てっきり魔法少女志望なのかと思い込んでいたが。

「まぁ、もし仮にオレが転校したとしても15歳まではネオ関西で寄宿舎暮らしだから……アイラと同じ学校に通えるのは数年だぞ」
「でも、アイラもこの学校に行ってみたいの」
「まぁ、アイラがこの学校に入学するにしても小学校四年生から転校という形になるだろうし。そのうち考えましょう」

 ちなみに、勇者という職業は伝統的に16歳の誕生日に冒険の旅に出なければいけないので、勇者コースは15歳の中学卒業時で一旦終了だ。高校以降は研究者や大学進学を目指す魔導師や賢者のコースがメインである。
 なお、同時期に学園から転校の誘いを受けていたオレのお父さんの冒険の仲間達の娘であるマリア、アズサ、エリスは年上なこともあり1年早くダーツ魔法学園に転校する事になった。おそらく向こうで合流することになるが、クラスや学年は別だ。

 ダーツ魔法学園の所在地はオレ達の住むネオ関東地区ではなく、はるか西にあるネオ関西地区。ネオ東京駅から新幹線『のぞむ』に乗ってネオ大阪駅に2時間半くらいで到着。そこからスクールバスで移動。
 結構自宅からは距離があるが、そのための寄宿舎生活だ。

「ただ……アオイとは本当に離れちゃうな……せっかく幼馴染みなのに……」

 あっという間に時は流れ、いよいよ転校の小学四年生の春になった。


 * * *


 ついに、ダーツ魔法学園へ転校する旅立ちの朝がやってきた。昼どきのネオ東京駅は、旅行者や帰省者で賑わっていた。春特有の温かい風が頬を撫でる。

「ネオ関西の寄宿舎制魔法学校に転校することになって、イクトも大変だけど……これも一流の勇者になるためね! 頑張って。エステルちゃん……イクトのことお願い」
「任せて下さい! 守護天使として、イクト君を守ってみせます……だから、安心して下さいね」
 守護天使エステルはダーツ魔法学園の守護天使規定に則り、ともに寄宿舎で生活出来ることとなった。

「お兄ちゃん! 私もお兄ちゃんと冒険するために一流武闘家を目指すことにしたから、それまで待ってて。お兄ちゃんも頑張って一流勇者になって」
 いつも通り優しく、オレを応援してくれるお母さん。可愛らしくも、ずいぶんしっかりしてきた妹のアイラ。この異世界に改めて転生してから、ずっと一緒だったのに……。勇者の掟で、卒業までじゃ実家に里帰りが出来ないため会える機会はグッと減るだろう。

「お母さん、アイラ……。オレ、世間の固定観念にとらわれずに自分なりの勇者を目指して勉強に励もうと思っているから。なんたって、得意武器種が棍だしさ」
「いいじゃない! 棍使いの勇者が活躍することで、棍需要が高くなるかもしれないわ。勇者の掟があるし長期の休みには、お母さんの方から会いに行くことになるけど……イクトはしっかりしているから大丈夫ね」

 ほとんどの場合は、家族の方からネオ関西に遊びに行くことでコミュニケーションを取るらしいが……休みの度に会えるような距離ではない。

「イクト君、毎月1回お手紙書くから……気をつけて。あのね……実は私も今年度から魔王候補生として本格的な訓練をするコースに移動することになったんだ。魔王と勇者……対極な職業を目指すことになるけど、幼馴染みだってことは変わらないよ」
「アオイ……魔王候補って……。そうか、やっぱりアオイは魔族にとって特別な存在なんだな。でも、もしかしたらアオイが魔王として活動出来るようになれば、魔獣側についている魔物達の数が減るかもしれない」
「うん。それぞれ、活動する場所は変わっちゃうけど……心は繋がっているって信じているから!」

 アオイから指切りの形でそっと手が差し出される……ずっと、心が繋がり続けるように願いを込めてお互いの小指を絡めた。
 涙が零れ落ちそうになるのを我慢しているのか、アオイに潤んだ瞳で見つめられて思わずここに留まりたくなる衝動をこらえる。

「じゃあ……行ってきますっ」


 * * *


 荷物を片手に新幹線の指定席に座る……席はエステルと隣同士になるようにしておいたから、移動中は寂しくない。ちなみに窓際の席がオレで、通路側がエステルだ。窓の向こう側には、流れる春の景色……。
 新幹線の車内は春休みということもあって、サラリーマン以外に観光マップを読んでいる旅行者の姿も多く見られる。ちょうどお昼にする時間なので、お弁当を食べている人もチラホラ。

「ふう……なんだかお腹が空いちゃったな。なぁエステル、さっそくオレ達もお昼ごはんにするか」
「そうだね、景色を眺めながら食事を楽しもう」

 オレ達のお昼ごはんは、お母さんが作ってくれた手作り弁当だ。しかもお弁当の内容は、巷で人気の『勇者風キャラ弁』というもの。
 可愛いザコモンスタープルプルをイメージした水色のおにぎりと、勇者装備の剣や盾をモチーフにしたソーセージや卵焼き。
 他にもオカズとしてきんぴらゴボウや鶏の唐揚げ、焼き鮭、ブロッコリーやミニトマト、ツナコーンサラダが添えてある。デザートは、ぷるっとした食感が嬉しいライチだ。

「今日のキャラ弁って……オレの好きなものばかりで作られている」
「良かったね、イクト君。このキャラ弁は、一人前の勇者になれるようにお母さんが願いを込めてくれたんじゃないかな? ゆっくり、味わって食べようっ」

 オレの好きな食べ物ばかり作ってくれたのだろう、水色のプルプルおにぎりが少し切なく見えた。

 お弁当を食べ終えてペットボトルの緑茶を飲み、一息ついていると車内販売がやってきた。

『現在新幹線車内販売ではネオ関西へようこそ、春休みフェアと題して、ネオ関西地区の名物グッズを販売しております』

 販売メニューは書籍や雑貨の他に、ダーツ魔法学園名物たこ焼き味せんべいや、串カツ風スナックなど多種多様で早くもネオ関西のオーラが漂っている。
「ねえ、見てイクト君。たくさんネオ関西の名物お菓子があるよっ。何か買ってみたいものはある?」
「そうだなぁ……串カツ風スナックってネオ関西っぽくていいかも。エステルは?」
「私はダーツ魔法学園のコラボチョコかな……。あれっ書籍の販売もしているんだ! すごい、あの有名な守護天使が執筆した本まである!」

 検討した結果、旅のお供として食べやすそうな串カツ風スナックとダーツ魔法学園コラボチョコを購入。コラボチョコはマカダミアナッツがミックスされていて、移動中でも食べやすいひとくちずつ小分けになっているもの。
 串カツのソース味を堪能しながら、未だ足を踏み入れたことのないネオ関西への期待に胸を躍らせた。


 そして隣の席では、守護天使エステルが車内販売で購入した『よくわかるネオ関西弁』という本を読み始めた。有名守護天使が著者なんだそうで、ネオ関西に住む守護天使達の間では必須の教則本らしい。

「ずいぶん真剣に読んでいるけど、その本ってエステルの守護天使活動に必要なものなのか?」
「ええ、ネオ関西弁の守護天使達に混ざって活動しなくてはいけないの。だから今から勉強しないと……」
 ネオ関西弁か……ネオ関東とネオ関西では言葉の使い方が違うという。テレビの放送内容も異なるそうだ。

「ふぅん……具体的にはどんな内容なんだ。ネオ関西でのご当地言葉が詳しく説明してあるとか?」
「なんでも、ネオ関西の守護天使の挨拶は『儲かりまっか』『ボチボチでんな』で構成されているとかで。私もその挨拶を覚えたほうがいいのかなあって……」
「その本って……もしかして守護天使用の教則本なんじゃなくて……いわゆる雑学を楽しむためのものなんじゃ」

 本当にネオ関西の守護天使達がその挨拶を使っているかは不明だが、オレも少しはネオ関西弁を覚えるようなのかもな。

 新幹線の窓から見える景色が、次第に移り変わる。
 フジヤマ、シャチホコ城、田園風景、古都……そしてついにネオ関西の中心部ネオ大阪駅に到着した。

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