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第十部 異世界学園恋愛奇譚〜各ヒロイン攻略ルート〜

妖精のクリスマスプレゼント:3

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 足湯ではひと騒動あったものの、その後はのんびりと湯に浸かり心も身体もリフレッシュすることが出来た。自宅での風呂も良いが、やはり温泉郷の源泉は違う。足を十分ほど浸かっていただけなのに、全身までポカポカとして冬の寒さを吹き飛ばしてくれるようだ。

「はぁ。何だか生き返るような心地よさだったな。ありがとうアズサ、素敵な足湯を案内してくれて」
「ううん、こちらこそ配慮が足りなくて悪かったよ。お詫びにとびきり美味しいクリスマス料理を用意するからさ。さてと、じゃあそろそろ買い出しに行って……クリスマス歓迎パーティーの準備をしないと。まぁ家庭料理の豪華版だけど期待しててくれよ
「えっ? クリスマス歓迎パーティー? そんな風に計画しててくれたのか……」

 アズサの家族を中心に、エルフの人達がオレをもてなしてくれるという事だったが、どうやらクリスマス歓迎パーティーを行うようだ。

「おーい、アズサ……待たせたね。車で送っていくよ」
「父さん!」

 しばらくすると、アズサのお父さんが車で迎えに来てくれてそのままスーパーで買い物をして、アズサの実家へ。カントリー調の素敵な家にお邪魔して、ほんわかした時を過ごす。
 もちろん、来客だからと言って何も手伝わないのも悪いので、食器の準備や飾り付けを多少手伝うことに。

「ははは、イクト君はしっかり者だな。案外、手際よく家事が出来るじゃないか。感心、感心!」
「本当に……このままうちで暮らしてもいいのよ。イクト君のお父さんとは私もお父さんも旧知の仲だしね。アズサも喜ぶわ! 無理に地球へと戻らなくてもこのまま……」
「ちょっと、お母さん! イクトさんが困ってるでしょ」

 アズサの家族はみんなオレに対しても好意的だったが、お母さんに至っては地球へは戻らずに異世界にとどまるように勧めてきてちょっとだけ違和感を感じた。特に『無理に地球へと戻らなくても』という言い回しに。

(おかしいな、まるで本当は異世界から離脱して地球へと戻るのが困難みたいな言い方じゃないか)

 だが、タイミングよくスミレさんが訪問してきてこの話は有耶無耶になってしまう。リビングのモミの木には多数の星が飾られ、パチパチと暖炉の火が鳴り響く。テーブルには手作りのクリスマスケーキや鶏のハーブ焼き、冬ならではの牡蠣のお鍋や牡蠣のフライ、ピッツァにパスタなどの主食、ポテトサラダやシーザーサラダなどの野菜系など家庭料理ならではのクリスマスメニューが。

「では、イクト君の歓迎とクリスマスの祝いを込めて……かんぱーい!」

 エルフの里名物の葡萄ジュースで乾杯して、美味しい食事でクリスマスムードを味わう。このまま無難にアズサとのデートクエストは終わるだろうと安心しているところで、突然アズサが胸を抑えて苦しみ始めた。

「うぅ……痛い。突然、胸が……」
「えっ……アズサ、どうしたんだ? 大丈夫か、酷いならすぐに救急車を……」

 隣の席に座るアズサが倒れないように支えるが、時すでに遅し。ただの体調不良ではあり得ないようなライトグリーンの光が、アズサの胸元で輝く。

「うぅううっぁああっ!」
「アズサッ?」
「アズサちゃんっ?」

 パキィイインッ!

「キュイキュイキュイーン! はわわ!」

 何かが割れるような音とともに現れたのは、小さな妖精だった。しかも『はわわ』『キュイキュイ』などの謎の言語を発している。アズサソックリのスマホくらいの身長の彼女には羽根が生えており、極めて人間体に近しいアズサとは別の種族のようにも見える。

「おぉ……なんて事だ。まさか、アズサの中に眠る小妖精が分離してしまうとは……」
「えっ……アズサの中に小妖精が眠っていたんですか? エルフってみんなそうなのかな」
「いや、小妖精はいわばエルフのもうひとつの人格だ。大体の場合は徐々に本体と融合するんだが……アズサの場合は前世から暗殺者疑惑をかけられているからね。自身の中でも分離現象が起こっているのだろう」

 テーブルの上の食事が気になるのか、小妖精はふわふわと飛びながらケーキやパスタをつまみ食いしていたが、ふとオレの顔を見て一言。

「イクトきゅん! イクトきゅんだよね。あぁ良かったぁ……アズサね、イクトきゅんが温泉で倒れてからずっと心配してたんだよ。さっ! お腹いっぱい食べたら、一緒にお風呂に入って早く赤ちゃん作ろう!」
「えっ……温泉で倒れてからずっと……? まさか、この小妖精が初代アバターのオレに色仕掛けをして女アレルギーで暗殺した本体?」
 そもそも相手はかなり小さめだし、常識的に考えれば子供を作る行為は不可能だろう。だが、この小妖精がアズサの体内にいることでアズサが奇行を起こし、色仕掛けに及んだ可能性も考えられる。

「暗殺って何? アズサ、普通のことをしようとしているだけなのに……そっか! イクトきゅんはきっと恥ずかしがり屋なんだね。大丈夫だよ……さあ温泉へ行こう」
「えっ……引っ張るなって……うわぁああ!」


 * * *


 次に目覚めると、和風の部屋に布団が2つ並んで設置してあった。いわゆるスタンバイが終わっている状態の謎の空間で、すでに湯浴みが済んだ後の小妖精アズサがちょこんと三つ指ついて挨拶に入る。

「はわわ! 不束者ですが、お手柔らかに……」
「いやいや、ちょっと待てよ。いいか、小妖精。このサイズ差で子作りなんか出来るはずないだろう? 早くアズサ本体の中に戻って……」
「やだ……やだやだ。アズサ、イクトきゅんの赤ちゃんが欲しいの。だって、イクトきゅん遠くに帰ろうとするから。そしたら、一緒に冒険出来ない、クエストが出来なくなっちゃう。だから、せめて子供を残したくて。アズサ悪くないもん、暗殺者じゃないもん!」
「小妖精アズサ……お前……」

 アズサのお父さんは、この小妖精はアズサ本体の中に宿るもう一つの人格だと説明していた。つまり、オレの赤ちゃんが欲しいというのは彼女の本音なのだろう。『一緒に冒険が出来なくなる』という恐怖は、サ終がもたらす不安感から来るのだろうか。

 オレはずっと……アズサのことを心の何処かで誤解していた。前世アバターが暗殺されたのも故意の殺人なんじゃないかって、どこかで思っていた。けれど、アズサはただ単に純粋なだけだった。ビッチとか淫乱とか里の人達からも疑われていたが、純粋に冒険出来なくなる恐怖を子供を作ることで補おうとしているだけだったのだ。

「うぅ……イクトきゅん。行かないで、もっと冒険したかったよ。モンスターがいなくても良い……採取でもいいし、お使いクエストでもいい。ただ、ずっとイクトきゅんとクエストしていたかったの。アズサ、1人になりたくないよっ」
「……アズサは1人じゃないよ! また一緒に冒険しよう、クエストしよう……。だから、無理に年齢制限に引っかかるような展開で子作りしなくてもいいんだ。さっアズサ本体のところへ帰ろう」
 泣きじゃくる小妖精の頭を撫でて、優しく宥める。これがアズサの本音……ごめんなアズサ、こんなにもオレとのクエストを楽しみにしてくれていたんだ。

「本当に? 本当にまた一緒にクエストしてくれるの? 約束だよ……何度生まれ変わっても、アズサはイクトきゅんを守るエルフ剣士なんだからね!」
「ああ……約束だ。頼りにしてるよ! エルフ剣士アズサ!」
「約束……だよ!」

 もう一度、眩い光が室内を包み……気がつくとアズサの実家リビングへと帰還していた。


 * * *


 翌日のお昼頃……一晩眠って体調が回復したアズサが、宿を訪れて恥ずかしそうに謝ってきた。用心のためオレはエルフの里温泉協会が管理する宿泊施設で泊まらせられたため、色仕掛けの餌食になって死ぬことはなかった。今日という日をもって、アズサの潔白が証明されるといいのだが。

「なんか……いろいろと迷惑かけて悪かったなイクト。いつもお姉さんぶっているのに、情けないところ見せて」
「ううん。オレの方こそ、アズサがクエスト大好きだって気持ちに気づかなくて悪かったよ。サ終してからも、なんらかの形でクエストしようぜ」
「……もう! イクトったら、鈍いなぁ……アタシが大好きなのはクエストだけじゃないよ。アタシが大好きなのは……」

 アズサは周囲の人達が思うほど、ビッチでもなければ暗殺者でもなかった。だけど、いつもはお姉さんキャラのアズサが【本来の姿である小妖精に戻り】とびきり可愛い表情で、オレのほっぺたに柔らかなキッスを届けてくれたことだけは確かである。

(あれっ……アズサって、やっぱりスマホくらいのサイズしかない小さな妖精だったのか。そうか……どうりでイタズラだと思っていたら)

 頬のキスは親愛のしるし……きっとこれは、妖精からのクリスマスプレゼントだろう。どうやらオレは、想像以上に妖精に愛されていたようだ。

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