14 / 355
第一部 異世界は人気スマホRPG編
第一部 第14話 妹は魔法少女アイドル
しおりを挟む秋葉原……そこは世のオタク達の憧れの街。
賑やかな電気街には手作りラジオの部品やちょっとマニアックなレトロアイテムも……。
最近では、電気部品や電化製品に加えて、いわゆる萌え産業にチカラを入れている。メイドさんがお店の宣伝のために闊歩する姿なども見られ、歩いているだけでも観光気分を味わえる。
即売会に参加出来なくとも様々な同人誌を購入出来る専門店も数多くあり、オタ文化に関心のあるオタ初心者の初々しい若者が、初めての同人誌をゲットする事も可能である。
つまり、アキバはオタクの聖地なのだ……。それは現実世界地球の映し鏡であるアースプラネットにおいても、例外ではなかった。
その名も、ネオアキハバラシティ。
電気街でありながら、メイド喫茶や劇場、同人誌販売専門店、超豪華インターネットカフェなどオタク心をくすぐる。
多種族が並んで歩く姿が見られるのも特徴で、人間族の他にはエルフ族やドワーフ族などの妖精系種族はもちろんのこと、猫耳メイドが至る所で喫茶店の宣伝活動を行う。
魔族が猫耳メイドに誘われ喫茶店に笑顔で入店するという平和なワンシーンも度々見られる。
そんな、聖なる街ネオアキハバラに新たな伝説が幕を開けようとしていた。
* * *
高層ビルが立ち並ぶネオアキハバラのとあるビルの一室では、魔法少女の卵が緊張した面持ちで契約書にサインを終えたところだった。震える小さな手で押した魔法の印は、彼女達の決意がくっきりと刻まれている。
「なむらちゃん……見て、契約の印がこんなにはっきりと……。もう、私達戻れないんだね。今日からは、ここで世界を担うために生きていく……」
「うん。でも……アイラちゃんは、本当に……」
コンコン! ドアをノックして部屋に入ってきたのは小さなカボチャのモンスターだ。どうやら、契約書が書けたか確認に来たらしい。
「契約書にサインが出来たら、あとはお前達のマネージャー様からありがたいお言葉をいただけるから、ちょっと待ってるズラよ!」
少女達が契約を交わしたビルは丸ごと一棟、魔族系グループの店や事務所ばかり……。
その中の一つである新進気鋭の魔法少女系事務所のオフィス内に、まだ世に知られていないデビュー前の二人の美少女が契約とミーティングのため待機中だ。
デビュー間近の二人は元々親しい間柄のようで、黒髪三つ編みヘアの美少女がツインテピンクの美少女に問いかける。
「アイラちゃん、よかったの? 記憶が戻ったこと、イクトさんに言わなくて」
「うん、私……魔王軍で頑張って働いて、イクトお兄ちゃんと現実世界に戻れる方法を調べるの! 私の方が先にこの異世界に来ていたし……お兄ちゃんのこと助けないと……。たとえ、一時的にお兄ちゃんと離れることになっても……」
それは、ポーカー大会で勇者イクトの前から姿を消した、イクトのパーティーメンバーであるアイラとその友人である魔法使いの少女なむらだった。
アイラは、ある決意を固めて実の兄である勇者イクト達の仲間を抜けたのだ。
イクトお兄ちゃんは、私の本当のお兄ちゃんだ。
気がついたらRPGの世界の住人になっていて、最初はいろんなことが思い出せなかったけど、いつもみたいに「お兄ちゃん起きて朝だよ」って言ってるうちに、私たちは実の兄妹だって気づいた。
「異世界にやってきてからすでに1年経っている私と、まだ1ヶ月ほどしか旅をしていないお兄ちゃん……からくりはよく分からないけれど、この異世界と地球には時差があるみたい。私もお兄ちゃんもスマホゲームのサービス開始直後に異世界転移しているみたいなの……なのにワープの時差は1年ある……」
「うん、もしかしたら異世界をワープするゲートには時間軸を操る仕掛けがあるのかも……でも、伝説の魔法少女は時間差を解く呪文が使える。つまり、その生まれ変わりである私達にしか出来ないこと……」
たまたま、この世界に来ていた同級生の名村
なむら
ちゃんに会って、魔王が私たちを異世界に集めていることを知った……異世界転送装置は、魔王軍にあるらしい。
そして、私達は異世界転移者を正しい時間軸に導く伝説の魔法少女の生まれ変わりなんだとか……。
「転送装置の場所を見つけ出して、お兄ちゃんや名村ちゃんと一緒に現実世界に戻るんだ!」
アイラが決意を固めていると、魔王の手下Aがやってきた。
お馴染みの水まんじゅうによく似た雑魚モンスタープルプルや、たぬきモンスター、コウモリ型モンスター達だ。
彼らはモンスターではあるが、可愛らしいマスコットキャラ的な容姿であるため、このプロジェクトを盛り上げるサポートメンバーとして雇用されているのである。
手下Aが何やら大事そうに持ってきた包みを開け、テーブルの上に置く。
「プルプル……新人さんにはこの衣装で頑張ってもらうよ」
ファサッ! 運ばれてきた衣装は、ピンクのフリフリの激ミニ魔法少女ルックだった。どうやら、魔法少女アニメの主人公のようなこの衣装が、アイラ専用のコスチュームらしい。
手下Bはつぶらな瞳を大きくして、感心した様子だ。
「ふわふわーすごいじゃないか新人! その衣装は主役級の魔法使いにしか与えられない、特別な衣装なんだぞ!」
さらに、魔法少女全開の星型の飾りのついたステッキが与えられた。これらの衣装は、実際に魔力を秘めていて、攻撃武器や防具としても優秀な装備なのだ。
手下Cが得意げに、ある情報を語り始める。
「キキキーなんだお前たち……この子がなんのために魔王軍にスカウトされたのか、知らないのか?」
魔王の手下達が、ついうっかり機密情報を話していると、大物のオーラを放つ一匹の白キツネが姿を現した。白キツネは、このプロジェクトの責任者であり、マネージャーだ。
「おっと、その話はそこまでだよ……どこにライバル会社のスパイがいるか、分からないからね……」
マネージャーである白いキツネ型のモンスターは、毛並みの美しさだけでなく、所作のひとつひとつが上品で、まるでキツネの精霊か何かと見まごうばかりだ。
ルビーのような赤い瞳は鋭さも秘めていて、只者ではないことを見る者に実感させる。アイラとなむらは、白キツネマネージャーのオーラに圧倒されて、思わず息を呑んだ。
(どうやらこのモンスターが、私たちのマネージャーらしい)
思わぬ大物感漂う、白キツネマネージャーの登場に動揺したアイラ達。白キツネは、手下3匹を部屋から撤退させると真剣な表情で語り始めた。
「分かっているね君たち……これから君たちには、魔法少女としてアイドルデビューを果たしてもらう……歌手、女優、バラエティ……契約を決めた時に、どんな辛くても頑張るって言ったの……忘れないようにね」
くくく……と笑い、白キツネのマネージャーは上機嫌だ。
応接用のソファに座り、尻尾をユラユラさせて、アツアツの緑茶を飲み始めた。お茶請けの羊羹を一緒に食べる。すでにマネージャーには、このプロジェクトの成功が見えているようだ。
魔王軍の資金が突然潤ったのは、風水の効果ではない。この敏腕アイドルマネージャーが、魔王軍からご当地魔法少女アイドルをガンガンに売り込んで稼いでいるのだ。
アースプラネット内のCMや歌番組雑誌などで活躍する魔法少女達は、すべてこのマネージャーが先頭に立って売り込んだものだ。
おかげでネオアキハバラには連日、地下アイドルライブや握手会、サイン会に通う人間のドルオタに加え、オタドワーフやオタ魔族、オタエルフなど今までいなかった種族でごった返していた。
ネオアキハバラがさらなる種族のるつぼになった一因は、この敏腕マネージャーが多種族に向けて宣伝活動を行った結果なのである。
オタは経済を救う……これは現実世界でも、RPG異世界でも共通なのだ。
* * *
可愛い実の妹アイラのことを心配して寝込んでしまったイクトが、妹の魔法少女アイドルデビューを宿屋のテレビで目撃するのは、この3日後のことである。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
153
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる