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第七部 ハーレム勇者認定試験-後期編-

第七部 第19話 召喚士と魂のメール

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『勝者……女勇者萌子!』
 ワァアアアアアッ!
 歓声がコロシアムに響く、女勇者同士の剣技バトルの結果はイクトと魂を共有する、双子の妹萌子の勝利で幕を閉じた。

「レイン……やっぱりレインは強いね。戦っていて、ヒヤヒヤしたよ」
「萌子ちゃん、ありがとう……私……」

 お互いの手をのばし、握手を交わす。
 萌子(もえこ)が武道大会コロシアムでレインとの激しいバトルに勝利し、観戦客から喝采を浴びている頃、本来のアバターの持ち主である勇者イクトの魂は、コロシアムでの突然の愛の告白という攻撃にノックアウトされ、女アレルギーの発作によりアバター体の中にいられなくなった。

 俗に言う、幽体離脱状態だ。
 ふわふわと地上をさまよった後、寄宿舎自室に大切に保管されていた玉手箱の中にたどり着いた。


「勇者様! 勇者様……」
「ほれ、起きるのじゃ。イクト……」
 ぺたぺたとオレの頬を撫でて起こそうとする、しっとりとした誰かの手。そして、聞き覚えのある特徴的なしゃべりの少女の声……のじゃ……で話す人といえば……。

 徐々に意識が目覚めると、海の中……。なのに地上と同じように空気がある。

「目が覚めたかのう? イクト。ふう、お主に玉手箱を渡しておいて良かったぞ……まさか、こんなに早く使うことになるとはな……」
「勇者様がご無事で良かった……勇者様の魂は、元のアバター体から抜け出てしまったので、いったん玉手箱に避難して……それから、竜宮城に移動してきたのよ」

 オレを起こしてくれたのは、オト姫様とウミガメ族亀山さんの妹さんだ。気がつくとオレは、竜宮城にワープしていたようだ。徐々に頭が冴えてきてキョロキョロと様子を見ると、ウミガメが従業員としてあわただしく泳ぐ様子が窓の向こうで見えた。

 どうやら、夏休みに訪れた竜宮城の一室のようだ。
 籐をを基調にしたアジアンテイストの家具は、タンス、机、鏡、円形テーブルと座布団のセット、天蓋付きベッドと小さな部屋ながらもお洒落に揃っており滞在しやすそうだ。
 現在、オレが横になっているのはベッドではなく、マッサージ用の寝台だったが……もしかして、オレの魂ってけっこうヤバかったのか?


「いつの間にか、魂が完全にアバター体から抜けちゃったんだな……萌子は、どうしているんだろう」
 ぐらぐらする身体をオト姫様に支えられながら、取り敢えず座布団に座り、妹亀さんに淹れてもらったお茶で休む。ひとくち飲むと温かくほっとする心地よさの、ほうじ茶だ。

「うむ、お主の魂が離脱したのは体育祭の武道大会コロシアム会場でのバトル中のようじゃ……よっぽど大きなダメージか衝撃を受けたのじゃろう。もうあれから一週間近く経っておるぞ、無事で良かったな」
 オト姫様から時間経過について知らされる……意識を失っていたので、一週間はあっという間に感じられた。

「一週間、オレってそんなに長いこと寝てたのか? そういえば、頭がぐらぐらするな……疲れてるのか……」
 オレが疲れを訴えると妹亀さんが、お茶菓子のセットを持ってきてくれた。お饅頭の中にあんこと栗が入っているらしく、秋の味覚といった雰囲気で美味しそうである。

「どうぞ、疲れた身体にあんこと栗のお饅頭よ。今の勇者様は魂だけど……基本的に魂も人間の肉体と同じように消耗するらしいから、きっと魂の疲れに効くと思うわ」
「ありがとう、いただくよ」

 口の中でとろけていくあんこと栗。
 オレの魂もこの饅頭の中に収まっている栗のように、アバター体の中に収まっていたはずだが、ついに分離してしまったのか……。あんこが萌子の魂だとすると、栗はオレの魂だろうか? いや逆か。

「幸い、萌子の魂がお主のアバター体に宿っているおかげでアバターの肉体は抜け殻にならずに済んでおるがのう……。お主のアバター体を萌子にあげてしまって、お主は時期が来たら地球の肉体へ戻る……というルートも検討できるが……」
 オト姫様の提案は、本来ならオレが望んでいた地球へと還るルートだ。萌子に勇者活動を任せて、オレは地球の肉体へと還る……平和な解決策のはずだが、もうオレはこの異世界にすっかり馴染んでしまって還る決意がついていないのだ。

「えっちょっと待ってよ。萌子は自分の身体が独立できるように、これから頑張って図書館の番人と戦う予定なんだ。上手く行けば、オレと萌子が同時に存在することだって出来る……」 
 ほうじ茶をずずずと飲んで、帰還を進めるオト姫様に慌てて今の状況を説明する。萌子だってきっと今頃、頑張っているはず。

「そうすると、お主はもう地球での肉体は要らないということになるが、それでも良いのか? お主の地球での身体は、まだ生きておる。一時的な心の迷いで、地球の生活をすべて手放すのか、その若さで……」
「一時的っていわれても、もうここに来てずいぶん長いよ」
「地球ではまだ、転移してから24時間経っていないんじゃ。異世界でのハーレムライフは男の夢かもしれないが、だからといって地球年齢でまだ16歳の若者の肉体を失わせるのも、ちょっと気が引けるんじゃ」
「でも、もうミンティアやみんなと婚約しちゃっているし……アオイとだって……いまさら、みんなを捨てて地球へ戻ることなんて出来ないよ!」


 婚約といっても、誓いのキッスや約束のキッスを交わしたことがある程度で、プラトニックな間柄なので……大人たちから見れば、婚約話が持ち上がったが解消したという扱いならお互いさほどダメージはないのかもしれないが……。
 プラトニックだからといって、心のつながりや誓いを交わしたことは重要だ。

 ミンティアをはじめとするオレの婚約者たちは、全員まだ清らかな身体のはずだし……オレ自身も相変わらず清らかな身体のままだけど、気持ちは結ばれているはず。


 静まりかえる部屋……妹亀さんがオロオロしていて、なんだか申し訳ない。オト姫様に悪気がないのは、十分理解している。ここで、地球での身体を捨てる方向性を進めてきたら、それはそれで問題だろう。

「以前のようにゲートが正常に動いていればのう……地球での暮らしを捨てずに、こっちの世界とも往き来できるのじゃが……時差をどうにかせねばならんし……うむ、難しいなこれは」
「取り敢えず、また萌子の魂とリンクして外の世界の様子を見たいんだけど……」

 ピピピピピッ! ピピピピピッ!
「おや、何か鳴っているぞ」
「あれ……メールだ。霊体になっても、メールの類は受け取れるんだな」
 オレのスマホからメールの着信音。萌子は別のスマホを所持しているので、こちらのスマホはお休み状態だったが、幽体離脱したことで再び稼働したようだ。


【イクト君へ。最近、イクト君の魂の気配を感じられないので心配です。私は召還士だから、他の人より魂の気配には敏感なんだよ。現在、学校ではハロウィンに向けて準備中、来週から本格的に飾り付けです。イクト君の魂が自由に往き来できるように、飾り付けに召還魔法をかけておきます。イクト君に会いたいよ……ミンティアより】


「ミンティア……オレの魂が不在なのに気づいたのか。来週から始まるハロウィンフェアで、もう一度地上へ。あれ、なんか眠気が……」
「イクト……疲れておろう……。ゆっくり眠るのじゃ、ミンティア達を信じてな」

 再び地上へと戻る足がかりが出来て安心したせいか、オレは再び一週間の眠りについたのであった。

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