転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

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第1章

ヒストリア王子目線01:タイムリープの犠牲者

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 僕達が住む世界に『異世界転生者』と名乗る者が現れたのは、いつ頃だったっけ。
 そして僕は一体何周くらい、『十九歳のヒストリア王子』を演じているのだろう?

 自分が住んでいる国に不思議な呪いがかけられていることに気づいたのは、ある転生者が僕に放ったひとことだった。

「所詮、乙女ゲームの攻略キャラクターのクセに」

 何を言っているんだろう、この女子学生は。告白を断ったから、妙な怨みを抱いているのだろうか。大体、僕にはガーネットという婚約者がいるのだ。取り立てて問題のない公爵令嬢との婚約を破棄してまで、異世界転生者を名乗る女性と関わろうとは思わなかった。

 また、女学校の生徒達の噂としては、僕の婚約者であるガーネットが『断罪による追放』をされてから、本格的にルートが開けるキャラがヒストリア王子だという話だ。

 まったく、人のことを攻略対象だのなんだの。僕は側室の子供だし、第三王子という王位継承から少し離れている立場だから、いろいろと悪い噂を立てる人がいるのも分かっている。

 けど、この『魔法国家ゼルドガイア』を担う王族の1人としては、民に優しく皆平等に接するように、極力努力した。

 努力していれば、いつかそのうち報われる。優しくしていれば、きっといつかは理解してくれる。

「今はまだ若いから、とやかく言う人もいるでしょうけど。年齢を重ねると、やっかみも気にならなくなるし。それに、嫉妬のようなものも受けにくくなるわ」
「お母様……」
「さあ、今日はあなたの婚約者ガーネットさんの十七歳の誕生日パーティーよ。我が国自慢のイケメン王子様が、そんな暗い顔していちゃダメ。お伽話の王子様のようにスマートにカッコよくね!」

 側室である母も、若い頃は苦労したらしい。だけど、今ではそれなりに幸せだという。僕も幸せにならなくては……ガーネットという伴侶と一緒に。

 結論から言うと僕は、永遠に『十九歳のヒストリア王子』のままだし、婚約者のガーネットは必ず断罪の末に追放される。

 最も酷かったのは、ガーネットが十七歳の誕生日パーティーで刺殺されるというシナリオだ。誰も救えない、何も変えられない、無力な僕を僕は憎んだ。

 いつしか、タイムリープから抜け出すために闇魔法に手を染めると、異世界転生者達からの評価が僅かだが変化した。

「オレ様腹黒王子のヒストリアは、闇の魔法に手を染めているらしい」

 いつしか、僕のありったけの努力の結晶である作り笑顔は『腹黒』と揶揄されて、裏表のある二重人格者というイメージが定着していた。

(まったく、また異世界転生者達か! まともな転生者は、大抵この呪われた国から出て行ってしまう)


 初期の頃は、争いを好まない聡明な転生者もいたのだけれど。乙女ゲームのシナリオの一定ラインを過ぎると、タイムリープすると言う奇妙な仕組みのこの国からは、次第に人が減っていった。

「ヒストリア王子もタイムリープのない国へ行って幸せになろうよ!」
「いや、第三王子とはいえ流石に国外逃亡は出来ないよ。それに、隣国もタイムリープの呪いが効いているらしいし。君達は、遠い国で幸せを掴んで!」


 次第に味方が居なくなって、今ではタイムリープに気づいている人間はごくわずか。中には本気で僕を好いてくれる純粋な転生者もいたが、ガーネットを見捨てられなくて交際を断るのだった。

 孤独と失意を繰り返しているうちに、僕はだんだんと本当に気が病んでいった。


 だって、そうだろう?
 何度も、何度も目の前で婚約者を殺されて。攻略対象である僕自身は、トロフィーの1つのような扱いなんだから。

 この世界で僕だけが『乙女ゲームのキャラクター』なのだろうか? 何となくだけど、ある日突然前世の記憶に目覚める者もいる気がする。

 意外と思い出せないだけで、僕自身も転生者かも知れないし。婚約者のガーネットだって、転生者であることをいつしか思い出すかも知れない。

 婚約者のガーネットが転生者の記憶に目覚めたら、彼女は自分の運命を変える方法を探すだろうか。もし、2人で幸せになれるルートが残っているのなら、僕も協力したい。そう考えている時期もあった。

「ガーネットが断罪から逃れるためには、ヒストリア王子と早い段階で別れちゃえばいいんじゃない?」
「ヒストリア王子に話を持ちかけてみたら?」

 転生者達も、いい加減このシナリオに飽きてきているのか、改変ルートを提案する者まで現れた。だけど、他の人にとってこの世界がゲームでも、僕にとってはゲームじゃない。

 だから、遊び半分でガーネットと自分から婚約破棄なんて、出来るはずなかった。


 * * *


 もう、タイムリープから抜け出す方法を構築するのさえ諦めていた何百周目かの或る日。ガーネットが悪魔憑きにあって、何か訳の分からぬことを叫んでいたとの情報が流れてきた。

『わたくしって、乙女ゲームの悪役令嬢だったんですのっ』

 身分を隠してガーネットの一族が所有する庭園で庭師として働く腹違いの弟アルサルが、心配そうに電話で教えてくれた。

 嗚呼、ついにこの日が来てしまったのか。きっと彼女は、自分が断罪される運命から逃れるために、あらゆる手段を試みるだろう。

 果たして、ガーネットは断罪の運命から逃れた後も、僕のことを好きでいてくれるだろうか?

 突然、不安な気持ちが僕に襲いかかる。騎士団長のエルファムは、ガーネットに片想いをしている。僕の腹違いの弟アルサルだって、密かに想いを寄せているのは気付いていた。

 きっと他にも、魅力的な男性はたくさんいるはずだ。何故なら、この世界は『乙女ゲーム』の舞台として選ばれている特殊な国なのだから。

 僕を選んでほしい。僕を忘れないでほしい。執着と紙一重の愛情が、僕の中で溢れ出す。

 腹黒と呼ばれて、優しい感情を失ったハズの僕だけど。

 ――気がつけば、自然と涙が零れ落ちていた。
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