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第1章
第25話 蘇る記憶〜早乙女紗奈子の恋愛事情
しおりを挟む最初のタイムリープで石化したガーネット嬢の女神像が見守る中、私とアルサルはついに『乙女剣士』の仮契約となるキスを交わした。
「愛してるよ、紗奈子。お前の魂を……前世も今世も。すべて、全部オレだけのものだ」
「アルサル……いえ、アーサー。私もあなただけ……もう迷わない。一生、永遠に……あなたのことだけが好き……。あなただけをずっと、愛します」
最初は、乙女剣士の仮契約は永遠の相手を選べないから行うもので、ヒストリア王子とアルサルの2人のうちのどちらかを選ぶという話だったが……。そんなフワついた気持ちでは清らかなな『乙女のチカラ』が得られるはずはないのだ。
私の魂の『乙女』は、早乙女紗奈子の純潔は……何度生まれ変わっても、何度繰り返しても彼だけのもの。
女神像として今は封印されているガーネット嬢が、ずっと、ずっと、深い孤独の中でもヒストリア王子を想い続けているように。恋の因果が何処にあるかなんて、最初っから分かっていたんだ。
――初めから、私達は三角関係ではなく、色違いの半身同士の4人が別々のカップルとして存在していただけだったのだろう。
アルサルと永遠の口付けを交わしていくうちに、私の魂の記憶が泉のように湧き出でてきた。それは、僅かに失われた私の前世……早乙女紗奈子という少女のごく日常の記憶だった。
* * *
「おや……最近は、また乙女ゲームとやらに夢中なのか? そろそろ進路を真剣に考えてもらわないと、ご両親に何と申し上げたら……」
「むぅ……だって! この乙女ゲームって、すっごく流行っているのよ。私の周りの子達はみんなプレイしているし、私だけやらなかったら、話題に乗り遅れちゃう」
中学時代は、特にこれといった趣味を持たない平凡な学生だった紗奈子。だが、女子校に進学して友人関係が変化したのか、イケメンと疑似恋愛する『乙女ゲーム』を頻繁にプレイするようになっていた。
割合高い部類の携帯ゲーム機を購入して、それなりの値段のするソフトを次々と購入。紗奈子のお小遣いは、化粧品やアクセサリーよりも『乙女ゲーム』に費やされる比重がちょっとだけ大きい。
これではいけない、年頃なんだからせっかく可愛らしいのだから。もう少し、自分磨きに気持ちを傾けてほしいと思い溜息をつく男は……家庭教師の朝田先生である。
朝田先生は紗奈子の家に下宿している都合上、家賃代わりに紗奈子の勉強を教えるのが義務付けられていた。
「年頃なんだから、なんかもっとこう……オシャレに気がいくとか。いや、その割にほどほどメイクやファッションには気を使っているか?」
よくよく見れば、紗奈子はノーメイクというわけではなく、俗に言うスクールメイクやすっぴん風メイクをしている。色味を殆ど使わず、なんとなくお化粧をしているような……まだスレていない少女特有の可愛いらしいメイクだ。
「うちの学校って、派手なメイク禁止だから日焼け止め塗って、プレストパウダーはたいて、色付きリップにベージュのシャドウ、透明マスカラで充分だし。あんまり表立ってオシャレできないから、自然と二次元に気持ちが傾くんですっ」
「そんな意味不な理論、あるはずないだろう? そもそもわざわざ二次元に気を持っていかなくても、イケメンなら身近にいるじゃないか。それとも、それほどまでにかっこいいのか、その王子やら騎士団長とやらは……」
「うん。あと5分でゲームのノルマがおわるから、そしたら勉強するからちょっとだけ待って」
朝田先生は、いわゆる塾講師をしている大学生で、本来は個人レッスンを行わない人だ。栗色の髪はふんわりとしたパーマで、目鼻立ちはそれなりにハッキリしている。俗に言うイケメンの部類だが、今現在恋人はいない。好きな女性は身近にいるが、その女性は朝田先生が立場上、口説いて良い年齢ではなかった。
そう……朝田先生の想い人とは、目の前で最新の乙女ゲームに夢中な女子高生、早乙女紗奈子である。下宿先の娘と恋愛関係になる展開は、古くから伝えられる恋愛の基本中の基本だ。場合によっては、下宿先の娘に他の男性の影が現れて三角関係になることも。
だが、女子校通いで塾にすら行かない紗奈子に男の影はなく、親しい男は朝田先生だけ。もう百パーセント、オレと恋愛するしかないだろうと朝田先生が考えていると、『乙女ゲーム』のキャラクター達が彼の恋路を阻む。
「ヒストリア様はね……魔法国家ゼルドガイアの第三王子で、金髪碧眼の超美形なんだけど、実は闇の賢者という顔もあって……。それで、騎士団長のエルファムさんは、神話に出てくる剣士のようなイケメンで、だけど中身は天然なの!」
「おっおうっ……つまり君は、今現在この二次元の超イケメン達に夢中なわけね。リアルに存在する目の前のイケメンよりも。ふむ、どうせ攻略するならオレに似た男にしなさい! この『家庭教師アルサル』なんてのはどうだ? 頭に巻いているバンダナを取れば、殆どオレみたいなもんだろう?」
「なっ! 何言っているの? それに、アルサルは家庭教師じゃなくて『庭師』よ。もうっ……先生ったら、ふざけてばっかりで……あっ……んっ」
痺れを切らしたのか、年齢制限のタブーは何処へやら……先生からの不意打ちのキスに戸惑う紗奈子。本当は、2人は体裁上堂々と言えないだけで、とっくの昔に好き同士だ。お互いの気持ちを表立って言えない分、たまにこうして隙を見てキスを交わす。
「だって、お前……オレの事、好きだろう?」
「……いじわるっ。あっ……それ以上は……ダメ」
「内緒にすれば、大丈夫だよ。今日は、紗奈子が大人になるための授業な」
* * *
2人の……じれったいが、実は両親公認で暗黙の恋愛関係。それは、紗奈子の進路を『結婚』という形で終止符を打つことで、自然と『夫婦』に切り替わるはずだった。
――紗奈子があの日、交通事故に遭わなければ……それを朝田先生が追わなければ……。
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