転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!

星井ゆの花(星里有乃)

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第3章

泉の女神と守護天使の記録:02

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 乙女剣士という少女にまつわる因果の正体は、タイムリープを行う賢者の情報以外分からぬままだった。が、父であるスメラギ譲りの性質なのか、カズサはそれでも女神信仰の力で正しい心を育んでいった。

「女神様、今日のお供えは僕が薬師として作った呪い除けの最新作です。この薬で、様々な因果に苦しめられている人が助かりますように……!」

 雨宿りの里で心は強く、表向きは物腰の柔らかい大人へと成長したカズサに女神は感心していた。東の国の中でも大きな土地の領主の息子であり、ゼルドガイア王家の縁戚というコネクションもありながら、小さな里で懸命に生きる姿はとても謙虚に見えた。

『カズサ君、運命の赤い糸であるはずの乙女剣士に出会うことさえ叶わず。なのに、随分と立派に成長したわね。風の噂によると、乙女剣士の少女は何度目かのタイムリープの真っ只中だという話だけど。本当かしら?』

 ある日、カズサの人格形成が完成した頃……タイムリープの因果の輪に突然変化が訪れた。見慣れぬ二人の若い男女が、女神の泉にお供えをしに来たのだ。女性の方は赤く長い髪色の可愛い感じの娘で、驚いたことに噂の乙女剣士本人のようだ。男性の方は少年のような容姿をしているが、魂は随分と大人のように見える。

「そっか、女神様にお供えするのが、泉周辺を通過する礼儀なのよね。どうしよう? お供えって言われても、今朝の茶店で手に入れたおにぎりセットくらいしか思いつかないわ」

 乙女剣士がおにぎりセットを取り出して、お供えコーナーにそれを捧げるか思案している。

(この娘が乙女剣士……可愛いけどなんだか想像よりも幼い感じね。あっお供えは斧とか泉に投げ込まれると迷惑だから、食べ物とかお菓子をお供えしてくれると嬉しいわ)

 残念ながら乙女剣士の娘には、女神のことを見えていない様子。この土地と縁を結んでいないのだから、それも当然と言えば当然だ。そしてせっかくカズサが立派な男に成長したにも関わらず、既に乙女剣士は例のヒストリア王子と結婚済みだった。ただし、そのヒストリアでさえ、生死の境を彷徨う呪いをかけられるという状況下だが。

「えぇと……オレみたいな守護天使に対しては、クッキーやミルクをお供えしてくれる人が多いけど。泉の女神様っていうと、どんなものが好みなんだろうね。有名な御伽噺の金の斧と銀の斧は……木こりじゃないと意味ないだろうし」

(えっ……守護天使様? それじゃあ私と似て非なる存在ってことよね。ねぇ、貴方……お友達になりましょう! 私、ウサちゃんや狐さん達が居なくなってからずっとずっと寂しいの)

 残念ながら、人の目に見える姿で現存している守護天使には、泉のざわめき程度にしか声は聞こえないらしい。守護天使フィードは女神の声に一瞬反応したかのように見えたが、再び乙女剣士との会話に戻ってしまった。

 二人は話し合いの結果、たまたま持ち合わせていた高級和菓子店の飴玉と、白い羽ペンを捧げることにしたようだ。山奥の里では滅多に手に入らない高級和菓子店の飴玉にも女神は心が躍ったが、守護天使自らの羽で作られた白い羽ペンは初めてお目にかかるものだ。

 即ち、彼は自らの翼を女神に預ける『仮契約』を交わしてしまったのである。

(これも不思議な因縁の一つ……けれど、もしかしたらゼルドガイアや東の国、それにカズサを苦しめるタイムリープの因果に終止符を打つチャンスかも知れない!)

『本当によろしいのね、天使様。貴方の羽を頂戴しても……白い羽は終わりの始まり……ですわね』
『……えっ?』

 守護天使が振り返っても、女神の姿は見えない……その時までは。女神の加護が特別強い温泉に浸かり、契約が完了したのち、彼は女神に自らの翼を預けてしまったことに気づくのだ。


 * * *


 縁は異なものとはよく言ったもので、守護天使フィードは孤独な女神の話し相手となった。女神との謁見のために、里の奥にある小さな社の一室が与えられ、そこに通うのがフィードの日課となりつつある。
 最初は人に理解されぬ者同士ということで、同情の気持ちもあったフィードだが、同時に彼自身の悩みを打ち明けるチャンスも訪れていた。

 守護を担当していた庭師アルサルが堕天使についてしまっているらしい話、そしてその堕天使が自分の旧友であること。紗奈子がタイムリープの輪から抜け出せず、何度も真実の愛を巡る因果を繰り返していることも。

「どうかしましたの、フィード。顔色が優れないけど……やっぱり、私の相手をするのはイヤ?」
「ううん。そんなことはないよ」
「ふふっ。良かった! 例え、外の世界がタイムリープしていようと、紗奈子さんの因果が追いかけてこようと。この閉鎖された里なら平気……私の念力が通じるうちは。だから、タイムリープの因果から解放されるまで、ここで英気を養って」

 この里に住む殆どの者が、女神がこんな風に笑うなんて知らないだろう。フィードは自分の中に芽生え始めた守護天使らしからぬ感情に、見ていない振りをしながら話の続きを進める。

「つまり紗奈子を娶るために、何度も繰り返されたヒストリアのタイムリープの魔法は、もうすぐ……。彼が望んでいなくても」
「雪が溶けるように、いずれ魔法は解けてしまうでしょうね。タイムリープによって生まれた恋心までは、なくならないと思うけれど。記憶は初恋のような痛みを伴うはず……それでいいのですわ」
「初恋、ですか……。ヒストリアは禁呪でカズサを紗奈子との因果の輪から除き、二人が結ばれる可能性をゼロにした。それなのに、ヒストリアは延々と続くタイムリープに、悩まされるようになった。因縁の如く、呪いにより倒れたヒストリアを助けたのは、カズサの作る薬だった。ならば、その痛みも代償か」

 少女の姿でありながら、何年も何年もその姿で生きているであろう。女神の内面が、大人の女性だと分かる一面を垣間見せる。

「王太子にして闇の賢者ヒストリア、庭師であり錬金術師のアルサル、影ながら乙女を支える騎士団長エルファム、メイドの姿に変装した中世的な少年祓い師クルル、そして薬師にして剣士であるカズサ。初代乙女剣士の子孫達、即ちゼルドガイア王家の末裔たる全ての婿候補が揃い踏みとなって、ようやく本物の乙女ゲームが始まる。それも禁呪なしのフェアな状態で……そうでしょう?」

 フィードは、黙って頷いた。
 きっともうすぐ、タイムリープの輪から抜け出し、本当のストーリーが始まる。因果はアルサルが橋をかけるよりも速く、本来の時間軸を誘う。春の雪溶けが来る頃に、紗奈子を巡る運命の魔法もまた解けるのだと……確信するのであった。
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