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第5章
第04話 アルサル視点〜薔薇の中で眠る彼女を想う
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紗奈子とクルルが、地下闘技場で倒れて数日が経過していた。二人の肉体は闘技場の真上にあたる古代博物館隣の医療センターに運ばれて、魂の乖離状態を治癒する魔法医療を受けている。三人一組でテストを受けたにも関わらず、一人だけ取り残されたオレに課せられた仕事は見舞いとその報告リポート制作のみ。
その間、張本人であるレディーナさんと会うことすら叶わなかったわけだが、ようやく一言文句を言う機会が来た。お見舞いのためか手に花束を持ったレディーナさんが、治療室のドアをノックしたのだ。
「……アルサル君、毎日お見舞いに来てるんですってね。私も毎日通っているけど、時間帯が合ったのは初めてかしら? お花、新しいものに取り替えるわね」
病室に併設されている洗面台で、水色と白のコントラストが清楚な花束を花瓶に納める作業を無言で行う。闘技場で剣を振るう勇姿からは想像出来ないくらい今のレディーナさんは淑やかだ。ウエーブの長い髪は後ろで一つに括られて、露出の少ない藍色のワンピースファッションは、一見すると剣士には見えないだろう。
「こうなることが分かっていて、敢えて秘術をかけたんですか? レディーナさん」
「私はあくまでも紗奈子さんにこの世界の真実を知ってから、最終的にどちらの世界で乙女剣士になりたいか決めて欲しいだけよ。残酷なのは、彼女にこの世界の本当の姿を教えずに、永遠に閉じ込めようとしている上層部の方だと思うわ。彼女が迷宮の出口を見つければ、他の人も救われるかも知れないでしょう」
幾度となく終わらないタイムリープを繰り返す今の世界の方に、紗奈子は永遠の中に閉じ込められるように感じていた。だが、閉じ込められているのは紗奈子だけではなくオレ達も同じだ。そして、鏡の向こう側には永遠の出口があるような言い回しだ。
乙女剣士認定試験の協議委員も、誰もレディーナさんの行動を責めなかった。若しくは、最初から今回の試験に、パラレルワールドに送り込む計画が仕組まれていたのだろう。
「この世界の真実って……もう一つパラレルワールドが存在しているってことですか。それともタイムリープが解決しない問題ですか?」
しばらく、レディーナさんは無言だったが驚いたことに質問に質問を返してきた。
「……知ってる? こちら側では私の一族はブラックゴブリンと呼ばれているけど、鏡の向こう側ではダークエルフと呼ばれているの。ブラックゴブリンの女剣士レディーナ、ダークエルフ族の女王末裔貴族レディーナ……どちらが正解かしらね」
「どちらが正解って。それじゃ……まるで」
表向きはブラックゴブリン族を名乗っているレディーナさんだが、外見はダークエルフと言っても過言ではない。どちらが正解かと問われれば、ダークエルフ族と設定されている鏡の向こう側が正当のような感じすらしてしまう。
だが、レディーナさんの性格設定まで見ると、どうだろうか。身分こそ貴族だとしても、あの剣技は誰もが認める凄腕の女剣士だった。
それこそ、【闘技場の女剣士レディーナ】と今目の前にいるご令嬢風のレディーナさんはパラレルワールドの別人物のようだ。しかし、きっとどちらもレディーナさんの本質であり、嘘偽りのない姿。
「両方の問題は密接に繋がっている。それに、鏡の向こう側の世界の方が、本来的に紗奈子さんが転生する予定だった世界かも知れないのよ。まさかクルル君まで向こう側に移動してしまうとは思わなかったけど」
「けど、オレはどう足掻いても向こう側に行けませんでしたよ。貴女が作為的に紗奈子とクルルを選んだのでは?」
「いくら私が秘術を使えるからって、向こう側に行ける行けないを選別することは出来ないわ。おそらく、クルル君も向こう側にもう一人の自分がいない稀有な存在なのね。本来いるはずだったもう一人のクルル君……一体どんな子だったのかしら……」
コンコンコン!
会話を遮るように、ドアのノック音。そういえば、そろそろヒストリアが面会に来る時間だ。
「アルサル、今日も来てるかい? 入るよ……おや、貴女は」
「お久しぶりです。ヒストリア王子……ご兄弟でのお話しもあるでしょうし、私は失礼するわね」
「……」
流石のレディーナさんもヒストリアのことは苦手なのか、ゼルドガイア第三王子の婚約者をこんな目に遭わせている罪悪感か、軽く会釈して退室してしまう。
「ヒストリア、そっちの調査はどうだ? 紗奈子もクルルも相変わらず眠りっぱなしだけどさ」
「魔法陣で魂を向こう側に転移する術を何度か試しているけど、いい線までいくと弾かれてしまうんだ。鏡の中に入ろうとして、そのまま自分の鏡像とぶつかってしまうようにね。今はカズサとエルファムさんが、術を試しているよ」
「そっか……多分、オレもヒストリアも鏡の向こう側に、もう一人の自分が存在しているんだろうな。時が満ちれば自然と目覚めるらしいけど……それまで待てるかどうか……」
ベッドの中で一向に目を覚ます気配のない紗奈子は、まるで眠れる森の美女のよう。薔薇の棘に守られて、触れることすら叶わない。
――鏡の世界に連れて行かれた彼女を目覚めさせるのに相応しい王子様は、一体誰なのか。
まだ見えぬ答えに、深いため息を吐くばかりだった。
その間、張本人であるレディーナさんと会うことすら叶わなかったわけだが、ようやく一言文句を言う機会が来た。お見舞いのためか手に花束を持ったレディーナさんが、治療室のドアをノックしたのだ。
「……アルサル君、毎日お見舞いに来てるんですってね。私も毎日通っているけど、時間帯が合ったのは初めてかしら? お花、新しいものに取り替えるわね」
病室に併設されている洗面台で、水色と白のコントラストが清楚な花束を花瓶に納める作業を無言で行う。闘技場で剣を振るう勇姿からは想像出来ないくらい今のレディーナさんは淑やかだ。ウエーブの長い髪は後ろで一つに括られて、露出の少ない藍色のワンピースファッションは、一見すると剣士には見えないだろう。
「こうなることが分かっていて、敢えて秘術をかけたんですか? レディーナさん」
「私はあくまでも紗奈子さんにこの世界の真実を知ってから、最終的にどちらの世界で乙女剣士になりたいか決めて欲しいだけよ。残酷なのは、彼女にこの世界の本当の姿を教えずに、永遠に閉じ込めようとしている上層部の方だと思うわ。彼女が迷宮の出口を見つければ、他の人も救われるかも知れないでしょう」
幾度となく終わらないタイムリープを繰り返す今の世界の方に、紗奈子は永遠の中に閉じ込められるように感じていた。だが、閉じ込められているのは紗奈子だけではなくオレ達も同じだ。そして、鏡の向こう側には永遠の出口があるような言い回しだ。
乙女剣士認定試験の協議委員も、誰もレディーナさんの行動を責めなかった。若しくは、最初から今回の試験に、パラレルワールドに送り込む計画が仕組まれていたのだろう。
「この世界の真実って……もう一つパラレルワールドが存在しているってことですか。それともタイムリープが解決しない問題ですか?」
しばらく、レディーナさんは無言だったが驚いたことに質問に質問を返してきた。
「……知ってる? こちら側では私の一族はブラックゴブリンと呼ばれているけど、鏡の向こう側ではダークエルフと呼ばれているの。ブラックゴブリンの女剣士レディーナ、ダークエルフ族の女王末裔貴族レディーナ……どちらが正解かしらね」
「どちらが正解って。それじゃ……まるで」
表向きはブラックゴブリン族を名乗っているレディーナさんだが、外見はダークエルフと言っても過言ではない。どちらが正解かと問われれば、ダークエルフ族と設定されている鏡の向こう側が正当のような感じすらしてしまう。
だが、レディーナさんの性格設定まで見ると、どうだろうか。身分こそ貴族だとしても、あの剣技は誰もが認める凄腕の女剣士だった。
それこそ、【闘技場の女剣士レディーナ】と今目の前にいるご令嬢風のレディーナさんはパラレルワールドの別人物のようだ。しかし、きっとどちらもレディーナさんの本質であり、嘘偽りのない姿。
「両方の問題は密接に繋がっている。それに、鏡の向こう側の世界の方が、本来的に紗奈子さんが転生する予定だった世界かも知れないのよ。まさかクルル君まで向こう側に移動してしまうとは思わなかったけど」
「けど、オレはどう足掻いても向こう側に行けませんでしたよ。貴女が作為的に紗奈子とクルルを選んだのでは?」
「いくら私が秘術を使えるからって、向こう側に行ける行けないを選別することは出来ないわ。おそらく、クルル君も向こう側にもう一人の自分がいない稀有な存在なのね。本来いるはずだったもう一人のクルル君……一体どんな子だったのかしら……」
コンコンコン!
会話を遮るように、ドアのノック音。そういえば、そろそろヒストリアが面会に来る時間だ。
「アルサル、今日も来てるかい? 入るよ……おや、貴女は」
「お久しぶりです。ヒストリア王子……ご兄弟でのお話しもあるでしょうし、私は失礼するわね」
「……」
流石のレディーナさんもヒストリアのことは苦手なのか、ゼルドガイア第三王子の婚約者をこんな目に遭わせている罪悪感か、軽く会釈して退室してしまう。
「ヒストリア、そっちの調査はどうだ? 紗奈子もクルルも相変わらず眠りっぱなしだけどさ」
「魔法陣で魂を向こう側に転移する術を何度か試しているけど、いい線までいくと弾かれてしまうんだ。鏡の中に入ろうとして、そのまま自分の鏡像とぶつかってしまうようにね。今はカズサとエルファムさんが、術を試しているよ」
「そっか……多分、オレもヒストリアも鏡の向こう側に、もう一人の自分が存在しているんだろうな。時が満ちれば自然と目覚めるらしいけど……それまで待てるかどうか……」
ベッドの中で一向に目を覚ます気配のない紗奈子は、まるで眠れる森の美女のよう。薔薇の棘に守られて、触れることすら叶わない。
――鏡の世界に連れて行かれた彼女を目覚めさせるのに相応しい王子様は、一体誰なのか。
まだ見えぬ答えに、深いため息を吐くばかりだった。
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