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第6章
第02話 もう一つの大切な任務〜リーア視点〜
しおりを挟む「それじゃあ、ミュゼットくん。我々も行こうか」
港にて見送りの人々が解散するのを確認したのち、ボディガードである青年にひと声かける。アルダー王子の出港時の警戒という任務が終わったため、青年は目深に被ったフードをバサリと取った。すると、ケモ耳族の証である猫のような耳が、彼の明るい髪の上にぴょっこりと現れる。
「にゃにゃっ。マスターリーア、本来ならばこのままギルド本部へと帰還……の予定でしたが。大切な別件があるんでしたよね」
「ああ。サナとクルーゼがこちらの世界に来てから何度も試みたことが、ついに実現しそうなのでね。本人達が不在となるタイミングと重なってしまったが、変に期待させるのも良くないし、我々だけで行おうと思う」
ギルドの受付係として働く彼【ミュゼットくん】は、ケモ耳族の中でも御庭番として名高い【猫耳族】と呼ばれる猫系の種族。ヒューマンタイプの私よりも偵察スキルに優れていて、混み入った事情のある任務には必ずと言っていい程同行させている。
「大切な任務に関わらせていただき、光栄ですにゃ」
――大切な任務。
特別クエストの見送りだけなら、これで我がギルドへと一旦戻るところだ。しかし、今回の見送りは二つある目的のうちの一つでしかなく、私自身の仕事を考えればこれからが本番なのだろう。
「場所は、湖通り沿いの旧ギルド本部。既にシステム構築班が、設定を行なっているはずだ。少しばかり歩くようだが、周囲の視察も兼ねていけばちょうどいいだろう」
「にゃにゃっ。お供しますにゃ」
* * *
湖通り沿いのストリートは、地元のみならず他国からの観光客も多い。穏やかな波の音、カモメの鳴き声、オープンテラスのカフェ、食べ歩き用の露店、魔法国家ゼルドガイアは海がなくともこの巨大な湖がある。外国との接点もこの湖が中心、貿易拠点としても活用されているし、だいぶこの湖には助けられているはずだ。
(しかし、湖通りの治安が以前はあまり良くなかったのも事実。いつまでもこの平和な空気が続けば良いのだが……)
ふと、二十年近く前の治安の悪さを思い出し、胸がザワザワとしてしまう。まだ私が完全な王族として認められず市井で暮らしていた頃、この湖通りは子供の一人歩きには危険とされている場所だった。
当時のギルド本部がこの湖通り沿いに作られたのも、自警団としての意味合いが強かったのだろう。
歩きながら物思いに耽り少しばかり油断していたのが他者にも伝わるのか、チラチラとした視線を感じた。若い女性の集団が、こちらを指差して何やらコソコソと話している。
『ねぇねぇ、猫耳のイケニャンくんを連れてるあの金髪の超イケメン。もしかして、リーア王子じゃない?』
『えぇっウソウソ、リーア様がっ。まさかの推しとの遭遇? 私サイン貰っちゃおうかなぁ』
『推しって……貴女。アルダー王子が一番なんじゃなかったっけ。それにリーア様、魔道士法衣を装備していらっしゃるわ。ギルドクエスト規約でギルドマスターの職務を邪魔したらペナルティだって』
『えぇええっ。せっかくのサインのチャンスがぁあああ!』
魔導師ローブはいつ戦闘になっても対応できる装備だし、片手持ちのロッドは最高レベルのものだ。そしてボディガード役のミュゼットくんが、いちいち視線の先に鋭い眼光で威嚇している。
つまり、見るからにいわゆる職務中であるため、ミーハーな若い女性も遠巻きに噂する程度だった。過度なまでにギルドクエストを邪魔するとペナルティがあるという規約も、彼女達の過剰な行動を抑制する役割を果たしている。
ただし、ギルドクエスト規約法で実際に過料されるケースは極めて稀であり、初回は注意勧告程度で終わるのが殆どだ。
「にゃにゃっ。リーア様に憧れる女子達の黄色い悲鳴が聞こえてきますにゃ。耳が痛いですにゃー」
「あはは。私なんかでも、若い女性の中には王子様扱いする者もいるみたいだからね」
「なんかなんて、とんでもないですにゃっ。オレがメスネコのケモ耳族に産まれてたら、【リーア様推し同担拒否限界ネコ】だったですにゃ。他の量産型ネコ、地雷系ネコには負けないのにゃ」
ミュゼットくんは巷の流行語にもそれなりに詳しいらしく、たまに推し活やら何やらの用語を教えてくれる。
(推しが同担? 限界が地雷系……まるで異国の戦闘用語か東方陰陽師の呪文のようだ。凄いなミュゼットくんは。難しい用語に通じていて)
残念なことに私は魔導の研究ばかりで若者の流行に少しばかり疎く、彼の語りをうんうんと頷いて聴くのみだった。
* * *
――ギルド旧本部。
煉瓦造りの洋館はギルド本部としての役割を終えてからも、武器庫や書物の管理場所、ギルドマスターの研修所として重宝されていた。中でも通信室は現在のギルド本部より優れたシステムを備えている。
通信室は一見するとギルドマスター用の書斎を装っているが、ソファ前のモニターには魔法陣が表示され、ある儀式を行うための設備であることが察せられる。
私がミュゼットくんを連れて通信室のドアを開けると、時空魔導師達が術式を完成させて待機してくれていた。既にモニターからは、異界から発せられる磁場が漂っていた。
「リーア様、準備は整っております。あちら側もおそらく、準備が出来たかと」
「いよいよ、だね……。鏡の世界の私、ヒストリア・ゼルドガイアとの対話が、ついに叶うその時が……!」
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