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第6章
第09話 双竜の導き〜ヒストリア視点〜
しおりを挟む『僕の実験に付き合ってくれないか?』
魔族からの襲撃に持ち堪えるべく、室内に結界魔法を張り巡らせたリーアさんが意を決して述べる言葉には、きっと深い意味があるのだろう。けれど、協力してほしいとかそういう言い回しを避けて敢えて【実験】という用語を使うところに疑問符を打つ。
「……実験、とは? この状況を脱するために必要なものが……実験……」
「あぁ。実験の内容は、パラレルワールドの同一人物における【魂の共有】だ。まだ検証出来ていないことを行うのだから実験としか言いようがない。私の住む世界では魔力の源がキミの世界よりも少なくてね、様々な理論のみが残り使えない武器や魔法も多いんだ。けれど共有が成功すれば私達の魔力が上手く合わさり、不可能とされているヘルメスの杖を操る魔力が手に入るだろう」
リーアさんの手には、僕の住む世界線ではただの伝説とされているヘルメスの杖が握られていた。だが、彼の世界では使いこなす魔力地上に足りず、僕の世界は魔力は足りるものの現物そのものが存在しない。まさに、空想上の強さだったはずの杖が、その真価を発揮すれば強力な魔族といえどもひとたまりもないはずだ。
かつて大賢者に叡智を与えたとされる蛇のモチーフが杖の先で光る。
「ヘルメスの杖、御伽噺の伝説の武器はそちらの世界線に現存していたのか。僕の内包する魔法力とリーアさんの理論を足せば……それなら魔族にも対抗できるはず」
「私がやろうとしている実験は、早急に行わなくてはならない。しかも、キミと私にしか出来ないものだよ。入れ替わりでも無ければ融合でも無い、お互いの身体を残したままデータをやり取りする共有を成功させるべきだ」
あくまでも共有というものに拘るには、プロの時空魔導師であるリーアさんなりの理論なり何なりがあるのだと思う。
「パラレルワールドの研究は以前からこの世界線でも行われていてね。集めた情報によると、同一人物に該当する者が鏡の世界を越えて来てしまうと、どちらか片方が消えてしまうという説が有力だった」
「ドッペルゲンガーに会うと、どちらか片方が消えるという迷信ですか? 弟のアルサルもそのことをしきりに心配していました」
「うん。一般的には、そんな風に伝えられているね。だから、その迷信を上手くすり抜けていける方法として、スマホやパソコンのデータの様にお互いを共有するのがいいんじゃないかって。サナとクルーゼがこの世界にやってきてからずっと調べていたんだけど。思ってもいないタイミングで、実行する日が来たという訳だ」
時空魔法のバリエーション違いである時間を操る魔法は研究していたが、僕の住む世界には時空そのものを移動する魔法の書は現存が少なく研究対象ではなかった。
「僕は時空魔法研究の手がかりすら僅かな世界で過ごしていたから、その理論について細かい意見は言えませんが。きっとリーアさんの見解の方が、正解に辿り着ける可能性が高いのだと信じることにします」
「よし。では、キミと私で一世一代の賭けといこう。これより二人の魂を共有するためのデバイスを構築する。デバイスになりそうなものは……私のこの長髪でどうだろう? これを……」
ザッザッ……ザクッ!
共有デバイスと称して、リーアさんは後ろに結いた自らの髪のふさを手に取り、ナイフでばさりと切ってしまった。手の平からパラパラと落ちる金糸が、魔法の粉となって彼の体の周りに散らばっていく。
そしてその金糸は、画面を超えて僕の身体の周辺にも舞い散る様になり……気が付けば僕の魂は【リーア・ゼルドガイア】の身体の中に【共有】されていた。正確には、一時的にリーアさんの中に意識が取り込まれたようだった。
『聴こえるかい? ヒストリア君。これより共有実験の第二段階に移行する。ヘルメスの杖による殲滅魔法を使用するために、キミの魔法力を貸してほしい。呪文詠唱者がこの肉体の主導権を握ることになるから、数時間はこの肉体はキミが操るんだ』
『えっ……つまり、しばらくの間、僕がリーアさんの振りをすると……?』
『分からないことがあった場合は成り行きを見守っているミュゼットくんに、いろいろ訊いてみてくれ。きっと役に立つだろう。では第二段階、移行……!』
グインッ!
と、魂が重力でキツく引っ張られるようだった。意識が一瞬だけ途切れて、瞼を開けると僕はモニターの向こう側にいた。周辺にはそろそろ魔力が切れそうな結界が張り巡らせていて、僕の手にはヘルメスの杖が握られていた。体内に蓄積されている魔力はおそらく魂の二人分。
(僕一人でもリーアさん一人でも、この杖を操ることは不可能なのかも知れない。けれど、二人分の魔力を宿した今の状態であれば……やれる)
呼吸を整えて頭に魔法陣を思い描きながら、杖から伝わる魔力構造の意味を理解する。この杖のモチーフに擬えられた二つの蛇が見える。蛇はやがてドラゴンの形に変化していった。
(そうか、大賢者の杖は……この蛇は。いや、【双竜】の意味は……この杖は元々、二人分の魔力を使わなくては使用出来ないものだったのか?)
おそらく、この共有実験を行った者は僕達だけではない。かつて、伝承に残る大賢者と呼ばれる人物は、きっと僕達の様にもう一人の自分と魂を共有することで、この杖の魔力を使ったんだ。二つの頭を持つ蛇……もしくは竜。まさに、共有された魂の象徴だろう。
(前例があるのであれば、この魔法使える!)
「……大賢者の杖よ、我らが魔力に応えその真の力を見せよ。双竜の陣……発動!』
――ドォオオオン!
決着は、一瞬でついた。双竜の呪文は殲滅対象のみを綺麗に討伐、味方であるヒューマン族と獣人族は無傷の状態だ。
問題点は、リーアさんの意識としばらくコンタクトが取れなくなることだ。この世界線に知識のない僕が数時間の間【リーア・ゼルドガイア】を演じなくてはいけない。
「えっと、ヒス……リーア様。取り敢えず、外に出て移動しましょうニャ。車を手配しておきましたので、お供しますニャ」
「ミュゼットくん……そうだね。移動しようか」
この魔族襲撃騒動は既に外部の人々の知られるところとなっていて、一歩外に出ると取材の報道陣にあっという間に囲まれてしまった。
『リーア王子、よくぞご無事で。その杖は、まさかヘルメスの杖でしょうか。現代のゼルドガイアにおいてその杖を装備出来る人物はいない、との噂でしたが』
「ゲートが開いたことでヘルメスの杖を装備出来る魔法力が、今のゼルドガイアには充満しているということです。魔族達は手強い相手でしたが、運良くヘルメスの杖のオート魔法が効きましたので」
(嘘ではない。ヘルメスの杖の魔法陣はオート魔法に近しい構成だった。ただ、二つの魂を共有状態にすることが条件のギミックになっていただけで。まぁそうそう使う魔法でもないし、上手く誤魔化せば疑われることもないだろう)
『トレードマークだった長い髪の毛が心なしか少し短くなられましたが、やはり此度の戦闘で切られたのですか? それだけ戦闘が激しかったという解釈でよろしいですか』
「えっ、ええ。これはまぁ。肩まであれば後ろで結べますし、そのうち髪は伸びるでしょう。それに僕の髪より皆の命の方が大切です」
「ミャミャッ。正式な発表はギルド経由で後ほど伝えますから、我々はそろそろ失礼させて頂きますにゃ。ご足労ありがとうございましたにゃ」
仕方なく困る質問にはそれっぽい理由をつけて受け応えをして、ミュゼットくんが手配してくれた車に乗り込む。この車の窓から僕の知るゼルドガイアの湖畔とは似て非なるものなのだろう。
――僕の意志よりも早く流動する景色は、双竜の導きにより運命が進み始めたことを予感させた。
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