雪と月

フォアグラ。

　記憶というのはさも厄介な事なのだと “ メメント ” という昔に見た映画を思い出していた。……ストーリーは短期的な記憶が欠落している男が生きる目的を探して自分の歴史を捏造する話だ。

　経歴や家柄、悲観するような過去や幼少期の友達……写真とか書類が証明してくれなければその記憶が真実であると一体どうして語れると言うのだろう。

ーー雪乃さんから聞いた話だ。

「不味いカレーを食べたんだよ」

　捏ねた素麺が底をついた日、今からではと外食をする事になった。日頃 “ 食 ” というモノにてんで興味を示さない雪乃さんなのだけれど、これはイイ機会とばかり好きなモノは無いのかと聞いてみたんだ。

　まるでトランペット奏者の様、指先を遊ばせ言葉を選んだ唇は「そりゃ美味しいモノは美味しいとは思うんだよ……だけれどもね」とネコの形になっていた。

「強いて言えばフォアグラは苦手かな、あればかりはどうにもね……似ているんだよ、味が」

　記憶って言うのは実は潜在意識の部分がほとんどを占めていてね、そしてそれは厄介な事に幸せな経験よりも “ 負 " を強く焼き付かせるんだよ。なのにね、アインシュタインが言うのさ『常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう』って。

　だものだから美味しいと思えたとしてもね、儚すぎるんだよ。てんでせめてもので想像を越えてくるようなモノを口にしてみたくてさ、それが例え不味くてもね。

「のだけれどもさ、不味いかと言うなら否やもしれないのだけど……アレはね、“ 脳みそ ” と似ているんだよ、まるで」

ーー雪乃さんに “ 一体何の脳みそなのか ” と聞けなかったのは、俯きから覗いた瞳がまるでビー玉のように見えたからだ。そしてそれは今だ切なく疑念を抱かせ続けていた……。