俺は悲しみに堪えて前を向く 〜君の存在があれば生きていける〜

琴音

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36 叔父の長男

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 叔父は亡き親父と共に祖父にしごかれたのだろう。とても仕事ができる。貴族の矜持など商売には関係ない。買ってくれる人がいい人となっていた。

 我が商会は、民には貴族を相手にするように接客してくれると好評だった。どんな身なりで来ようとも、丁寧な接客で非日常が味わえる。お金持ちになれたような「俺、私はこの店に来れるだけ稼げたんだ」って満足感もあると聞く。商品の良さだけじゃないんだよ。その付加価値の接客サービスも俺たちの店にはあった。だから国内のみならず、他国への進出が上手くいったんだ。俺は幼い頃、祖父にそんな話をよく聞かされていた。

「ふーん実家と同じね。配達や運搬って昔は自分のお店でするのが当たり前でね。人を何人も抱えてたのよ。護衛もたくさんいないと山や森なんかは抜けられないから」
「運搬はなあ。今のうちの規模で雇うと、護衛含め残る金が微々たるものになりそうだよ。それこそ大昔の飯だけ食わせてた「奴隷身分」がいないと成り立たない」
「そうなのよ。奴隷は随分前に非人道的だと時の王妃が騒いだ。貴族の姫としてはかなり異質の人でね」
「習ったよな」

 その王妃が宮中で騒いでるだけなら「バカなことを」と聞き流すんだけど、これが王と対等な地位の教会の司祭の耳に届く。この国の最高位の司祭は王と身分は対等。なおかつ司祭はたたき上げの神官からが多く、民からの成り上がりなんだ。普通の神官も貴族のように敬愛され、どの国でも優遇を受けている。

 この大陸の宗教はちまちま集まってる小国の土着の神が当たり前だったが、時代とともにクリシュナのあたりが祀る「世界樹の女神 デメテール」が幅を利かせるようになる。自然信仰の女神のため、貧しい人々の救済や福祉などに力を入れる。そのため爆発的に信者が増え、寄付は貴族やお金持ち、ちょっとした小遣いも奉納する民が続出し、今では世界規模の信仰になっている。

「その司祭が王妃に乗っかってね」
「次第に大きなうねりとなる。そして市民運動が盛んになり、あちこちで信者による暴動が起こり内戦になる国まで出た」
「宗教の力は侮れないよね」
「そして奴隷解放になり、ずいぶん経つわよね」
「百年は余裕かな」

 この運動で困ったのはただただ商人ばかり。農民もかな。賃金の支払いが出て懐を圧迫。経費削減を考えるうちに、たくさんの商売が生まれた。

「それが私の実家よ」
「うん。冒険者もある意味そうだよね」
「ええ。護衛は高いもの」

 それにより発展したのが商人であり、リリアナのお家みたいな商会同士を繋ぐお仕事。

「とりとめのない話になったわね」
「まあな」

 仕事の合間の休憩。執務室の端っこのソファでリリアナの茶器で優雅にお茶をすする。料理長自慢の焼き菓子と少しの果物。美味いな。

「坊っちゃんたち。現実逃避も甚だしいですよ」
「仕方ねえだろ。親父たちの賠償金まるっと消えるんだから」
「まあなあ。でもさこんな時のために取っておいたんだろ?」

 違うわ。俺は力なく答えた。

「叔父のためじゃないんだよ。万が一リリアナの病みたいのが誰かに起きるとかさ。誰か大怪我して、クリシュナに連れてかなきゃ治らんとかあったらってつもりだったの。それとか未曾有の災害とか、変な施策が国から出てやらなきゃとか」
「さすが坊っちゃん。そこらへんは先代の息子だよ」
「ありがと」

 家臣のおじさんたちは、領地のお金や商売の運転資金に手を出さなくて済んだんだ。よしとしないとって。そうなんだけどさあ。釈然としない。

「あの金は本来三等分なんだろ?」
「まあね。母は屋敷とメイド分だけでいいってなったし、叔父も初めは不測の事態用で構わんってな」
「不測の事態だろ」
「俺と母上の分まで持っていくのは違うの」
「まあね」

 嫁に出ている姉妹には権利はない。本来その家に支払うもので、厳密には跡継ぎの俺のもの。それが貴族流である。

「クリスティンどうすんの?」
「おっさんはご自分の担当知事のみを頑張ってもらいます」
「商売からはずのかい?」
「うん。もうなんかあっても賠償金払えないもん」
「叔母上も乳母から外す。叔母上の妹さんに来てもらってんのよ。今ね」

 それは知ってるけどさって。寸分変わらない方で、我らも付き合いがある。特に問題はない。息子も懐いている。

「クリスティン商売好きなんだがなあ。成果も出すし」
「一割の悪いところが、いいところを真っ黒にする。これダメ」
「そうだけどさ」

 今更何庇ってんだよ。俺の懐は寒くなり、こんな時期に乳母変更とかなんなんだ。俺はお茶に手を伸ばし掴むと一気飲み。クハーッ

「あの国の店が傾いたら殺す」
「あはは……それはないだろ。王族としても揉み消すのに必死だろうし」
「まあな」

 さて仕事するかって時にやつれた叔父登場。いつもの軽快な感じは消え失せ、目の下は真っ黒。ほほーん。相当責められてんな。

「イリアス様。どうか……あの寛大な処置を」
「様付けとか気持ち悪いですよ。叔父上」

 入り口でそう弱々しく発言すると、俺とリリアナが座るソファの横に来て跪く。

「俺が悪かった。知事の仕事も頑張るから商売から外さないでよ」
「なら金返せ」
「それは無理。ないもん」
「なんで?」
「子育てに金掛かるの。子は愛しいから」

 ほらどけってって三人掛けに座る俺を押しのけ隣に座り、メイドにお茶って。

「今回は俺の失敗。妻にもお前にも迷惑を掛けた」
「そうですね」

 淹れてもらったお茶をすすり、香りを確認する。哀愁漂う感じでこのお茶は俺がかなり遠くの国に出向き見つけたお茶。美味かろう?と。

「美味いけど関係ありません」
「あるだろ。歳はとっても俺にはたくさんの繋がりがあり、それをまだ息子には伝えきれてはいない。もう少し現役でいるつもりだったから」
「そうですね」

 兄亡き後、俺は影になり日向になりお前を支えた。もちろん感謝しておりますよ叔父上。今回ので帳消しになっただけ。

「ならんだろうよ。少しくらい」
「そうかもですね。その分叔母上に孝行して下さい」
「それはもちろんするけどさ」

 俺はグタグタ言う叔父に適当に相槌打っていたが、功績が大きいのは確かなんだ。俺の後ろ盾になり、一族をまとめるのに手を貸してくれた。代替わりがスムーズにできたのも叔父のおかげ。国内店舗も卸も、俺が屋敷に詰めてでも動くように手配したのも叔父。恐ろしく頭が回り、そして早い。今後は分からんが、このマニュアルを作った親父と叔父はすごい。俺は口に出さずこんなことを考えていた。

「……なんとかしてくれ。女はさすがにやめるから」
「それ本気?約束守れる?」
「うん。プリシラも年取ってお前の乳母をやるのが最後かなってさ。行儀見習いくらいならやれるだろうが、乳母はもうってさ」

 俺の胸はチクリとした。叔母上は叔父の監視のつもりで外したんだが……やりたい気持ちがあるのかもな。リリアナがなんか言いたそうに口をパクパク。俺が視線を向けるとあのねって。

「叔母様は戻して差し上げれば?」
「なら誰が叔父上を見張るんだよ」
「そ、それは……」
「俺がやりますよ。イリアス様」

 リリアナが扉の方に視線を移した。この声には当然聞き覚えがある。俺は頭だけ後を振り返る。

「久しぶり。オーフェン」
「ええ。ご無沙汰しております」

 彼は叔父の長男オーフェンだ。父親をゴミムシみたいな目で見つめる。まあそうだよな。失礼と言いながらこちらに向かってくるから、俺はリリアナの隣の一人掛けに移動した。その俺の場所に彼は座る。メイドは手際よくお茶を入れ差し出す。

「謝罪が遅くなり申し訳ございません。先だっての公共事業にようやく目処がたち、こちらに伺いました」
「ありがとう。大変だったろ」
「まあ。ですがあの峠は不便でしたか、ら山を削るのは利便性がありますね」

 叔父の街は山に囲まれた閑静な地区。夏暑く冬寒いが、昔から人の住む場所だった。この国成立前から村があったらしい。そのため農業も盛んで安定した地区。我が商会のオリジナルの茶葉の生産地でもある。

 人気あるんだよ?さっぱりした風味と程よい香りでさ。たくさん生産は出来ないんだけど、国内貴族のもてなし用に使われるくらいの高級品でもある。

「俺は父の代わりに領地の運営をしておりました。それと茶農園の管理が主です」
「ああ。今年もいいものができたよね」
「はい。ここ最近ではかなりの良品ですね。天候にも恵まれましたので」

 農民と楽しく畑の管理をしてて、今年の出来の良さにみな喜んでますって顔をほころばせる。そして隣をジロリと睨む。

「父の戯れの犠牲と言っていい腹違いの兄弟たちは、母が大切にしてても我らが手を差し伸べても、どこか引け目というのでしょうか。そういったものを感じさせました。今いる数人もそうです」
「うん」

 オーフェンが言うには、この腹違いの兄弟たくさんと過ごすのは当たり前。ある日突然赤ちゃんが来るのが当然となっていた。学校に行くようになると、当然なのは異常とまでは言わないが、数が多すぎると気がついた。だろうね。

「イリアス様は長い休暇も商いを覚えたいとほとんど屋敷におらず、従兄弟や一族との関わりが薄かった。最近なのですよねこれを知ったのは」
「ごめん。俺自分のことしか見えてなくてさ。早くいろんなところに行きたくて」
「責めるつもりはありません。後継ぎではなかったのですから、兄上様のためもあったのでしょう」

 いやそれはない。純然たる俺の趣味だな。労ってくれてるふうに話してくれるけどね。俺は黙っていた。

「わが父は仕事はできますが、それ以外は全部ダメ。お金を出せば子育てした気になり、世界中から赤ちゃんを連れ帰るのです」
「いや…かまってもいたよ」
「一年のどれくらい家にいましたか?幼い子はあのおじさん誰?って言ってましたよ」
「あ……」

 そんな父を母は生暖かく見守った。我らはこれで良いのだと微笑んで。釈然とはしなかった。でもうちほどではなくとも妾の子を迎えているうちはある。姓を名乗らせ家臣として領地運営に組み込む家も知っている。淡々とオーフェンは話を続ける。

「我らの兄弟もほとんどそんなですね。女の子は嫁いでしまい、縁が切れた者もいますけど」
「そっか」

 前置きはこれくらいにしますとオーフェン。真剣なまなざしになり、隣の父親に目もくれない。

「俺と母の決断をお聞き下さいませ」
「ああ」

 場に緊張感が漂う。彼は余裕のある態度だが、叔父は視線を落とし、リリアナもコクリとツバを飲み込む音を立てる。後ろの家臣たちも固唾を飲んで俺たちを見守っていた。







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