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B坊と熱血カードバトル 終編

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B坊は攻撃力1000の『魔王大帝ダスギア』のカードを強化して、攻撃力53万の『宇宙の帝王竜キングコールド=クールフリーズドラゴン』のカードに勝った。
勝負に勝ったB坊だったが、大きな問題が1つだけ残っていた。

「これ、どうする?」
部屋の真ん中には、気絶したミカキョが倒れていた。
パンティーとブラジャーの上にスケスケのネグリジェを着たゴッツい体をしたオカマが、白目をむいて倒れている。
先から動かそうと何度も試みているが、触ろうとするとピクピクと不気味に動くので気持ち悪くて触ることが出来ない。
意識がないから最初は大丈夫かなと心配していたが、幸せそうな顔をしているのを見ると良い夢でも見ているのだろう。
このまま部屋の中に放置するのは、忍びない。

「本当にどうしようかな。」
「ボクに任せてよ。」
テケレケ君が困っていると、B坊が良い笑顔で返事をした。
「任せた、B坊。」
「うん。」
B坊は、ミカキョの足首をガシッと掴んだ。
すごい、勇者だ。

「よいしょ、よいしょ。」
B坊は、ミカキョを引きずりながら窓際まで運んだ。
ガラッ
B坊は、窓を開けた。
次の瞬間、B坊は驚きの行動をとった。
ポイッ
B坊は、ごみをポイ捨てするかのようにミカキョを窓の外へ放り投げた。

「なっ!」
テケレケ君は咄嗟にミカキョを助けようと手を伸ばしたが、ミカキョの顔を見てキャッチする寸前で手を引っ込めてしまった。
たとえ間に合っていたとしても、テケレケ君1人では重量級のミカキョを支えるのは無理だっただろう。
目の前で人間が落ちて行く姿を初めて目撃した。

「助けられなかった。」
「フッー、これでヨシッ。」
罪の意識に苦しんでいるテケレケ君の横に、一仕事終えてサッパリとした顔のB坊が立っていた。

「何やってんだよ!B坊。」
「何って、手っ取り早くミカキョンを部屋の外へ移動しただけだよ。」
あれを移動と呼ぶのか?
「他に、もっと良い方法があっただろ。」
「他の方法?」
B坊は、頭を抱えて考え込んだ。

「他の方法はないな。」
B坊は、あっさりと答えを出した。
B坊の頭では無理はないかもしれないが、もう少し考えても良いと思う。
そもそもミカキョに触ることさえ出来なかったテケレケ君が、B坊に文句を言うのはお門違いだった。
だが平然としたB坊の態度を見て、テケレケ君は文句を言うのを止めることは出来なかった。
 
「ミカキョを殺す気だったのか。」
「ハッハッハッハー。」
「何がおかしい?」
「ミカキョンが、これぐらいで死ぬわけないだろ。これぐらいで死んだら、誰も苦労しないよ。」
B坊の言うことには一理あった。
B坊は、困った人を見るような目をしてテケレケ君を見て笑った。

「大丈夫、大丈夫。ミカキョンは頑丈だから、多分大丈夫。」
「何が大丈夫だ。ここは2階だぞ。2階から落ちて、大丈夫なわけないだろ。」
ミカキョは気絶していたから、受け身は取れていないだろう。
足や腕の1本や2本を骨折する大ダメージを負っているに違いない。
下手をすれば死んでいてもおかしくない。

「疑うなら、ミカキョンを見てから言ってよ。」
「それもそうだな。」
テケレケ君は、部屋の中から乗り出すようにして窓の外を見た。
そこには、何事もなかったように無傷のミカキョの姿があった。
今もなお時々ピクピクと体を振るわせながらクネクネと気持ち悪く動いているが、ミカキョは気絶したまま幸せそうに笑っている。

「バカな!本当に無傷だと。信じられない。」
「ね。大丈夫だっただろう。」
「大丈夫だったね。でも、2階から落とされたのにピンピンしているのはおかしいだろ。」
「それが、ミカキョンだよ。」
ミカキョだから普通の人と違うと言われれば、すんなりと納得できる。
B坊が人殺しにならなくて良かった。

「無事だったからよかったけど酷いことをするよね。」
「酷いこと?」
驚くべきことだが、B坊には酷いことをした自覚がなかった。
「酷いことと言うのは、敗者を勝者と同じ空間に置いておくことを言うのさ。」
「へ?」
呆れて反論する声も出ない。

「ボクに敗者に鞭打ちような真似は出来ない。」
「今、敗者に鞭打ちような真似をしただろ!」
「テケレケ君は勘違いしているよ。あとは通行人が通報して駆けつけた警官が、ミカキョンを回収して万事解決だよ。」
「その手があったか!」
テケレケ君は、最初から救急車を呼べばよかったと後から気付いた。

テケレケ君はもう一度、窓の外で倒れているミカキョを見た。
本当にダメージはないみたいだ。
頑丈過ぎるだろ。
本当に人間か。
まともに戦っていたら、B坊でも勝てなかったかもしれない。

「カード勝負とはいえ、B坊はあんな化け物によく勝てたね。」
「フッ、運がよかっただけさ。」
「運だけで勝てるわけないだろ。」
「テケレケ君が言うなら、ボクの実力かもしれない。だってほら、運も実力の内と言うだろ。」
テケレケ君は、B坊に対してストレートに疑問をぶつけてみた。

「イカサマをして勝ったんだろ?」
「イカサマはしていないよ。」
B坊は否定したが、テケレケ君は追及の手を休めなかった。
「とぼけるのは止めろ。ミカキョとの勝負は終わったから、正直に話して良いんだよ。」
「本当だよ。イカサマをしていたら、ミカキョンが見破っているハズだろ。」
「確かにそうだな。」

ミカキョは念入りに、サイコロを調べていた。
食い入るように見ていたミカキョの動体視力や野生の勘を盗んで、イカサマをするのは不可能だ。
テケレケ君も見ていたが、B坊が10回連続で成功させたことを除いて不自然な点はなかった。

「サイコロを振る練習でもしていたのか?」
B坊のようにサイコロを振って狙い通りの出目を出すことが出来る人間がいてもおかしくない。
「先から何度も言っているけど、運がよかっただけだよ。」
「運ね。何度も言っているけど、運だけで勝てるのかな?」
「運を使えば、簡単だよ。」
「運を使った!」
「うん。」

「どういうことか説明してくれないか?」
手を触れずに物を動かす念動力(サイコキネシス )みたいな超能力を使ったとでも言うのだろうか。
「運を消費して、サイコロの6を出しただけだよ。」
因果応報を変えてしまう強力な能力だ。
普通の人間はできない。
短い付き合いだが、自称【神】だと名乗っているB坊の正体は今でも謎だ。

「B坊は、そんなことが出来たのか?」
「出来たと言うより、出来るようになったかな?」
「最初から出来ていたわけではないのか?」
「うん、ミカキョンに追い詰められたボクは、体に電撃が走り能力を閃いたのさ。」
ミカキョの勝負で最初は慌てていたB坊だったが、途中から急に冷静になり勝負師の顔になった。
ミカキョを油断させるための演技だとしたら、大したものだ。

「追い込まれて新しい能力に目覚めるなんて、マンガみたいな熱い展開だね。」
「ちょっと違うな。」
「エッ、どう違うの?」
「正しく言うなら、能力が使えることを思い出したかな。」
「それ、ただ忘れていただけだろ。」
「そうとも言うね。」
凄いんだか凄くないんだか分からない。
B坊は、やっぱりB坊だった。

「手ごわい相手だった。」
「楽勝だったじゃないか。」
そんな奥の手があったなら、B坊の勝ちは最初から決まっていた。
心配して損をした。

「本当にギリギリだった。もう少し運が足りなければ、負けていたかもしれない。」
「謙遜するなよ。」
「勝てたけど、貯めていた運の大部分を消費しちゃったけどね。」
「勝負に勝ったから、それぐらい仕方ないだろ。」
「勝てたのは、テケレケ君のおかげさ。」
「僕は何もしていないから、B坊の実力だよ。」
「ありがとう。」

「ん?何故、お礼を言うんだ?礼を言われるようなことは何もしてないよ。」
「テケレケ君はスゴイね。」
「急にどうしたんだ?」
「お礼を言わせてくれ。勝てたのはテケレケ君のおかげだ。ありがとう。」
「さっぱり分からないんだが。」

「テケレケ君の運を使ったおかげで勝てたんだから、お礼を言うのは当たり前だろ。」
「何を言っているんだ。」
「陰のMVPはテケレケ君だね。」
「今、僕の運を使ったって言わなかったか?」
「うん。」

「ボクの運だけでは足りないかもしれないから、テケレケ君の運も使わせてもらったから勝てたんだ!」
「勝手に人の運を使うな!」
「ちゃんとテケレケ君の許可をもらったよ。」
「知らないぞ。」
B坊が運を使えるとは知らなかったから、テケレケ君には身に覚えがなかった。

「ほら、ウィンクしてアイコンタクトしただろ。」
確かに、B坊は対戦中に目をパチパチさせていた気がする。
気持ち悪いなと思ったけど、合図を送っていたとは思わなかった。
「目にゴミが入ったのかと思っていたよ。」
「そんなわけないだろ。」

「声に出して教えてくれれば良かっただろ。」
「勝負の最中にそんなことが出来るわけがないだろ。声に出していたら、一発でミカキョンにバレてしまうからね。」
「それもそうか。」
「事後承諾になったけど、許してくれ。」
「使ったものはしょうがない。」
「本当に許してくれるのかい。テケレケ君は、心が広いね。」
B坊がニコニコして褒めてきた。
さわやかなB坊は、何度見ても気持ち良いものではない。

「使った運を返してくれたら、許してあげるよ。」
「それは無理だな。」
B坊が手のひらを返したように、急に冷たくなった。
借りた金は返さないB坊にとって、返済の2文字は禁句だった。

「何故?B坊なら、それぐらい簡単に出来るだろ。」
「ボクにも出来ることと出来ないことがある。さすがのボクも運の受け渡しは出来ない。まして、一度使った運を元に戻すことなんて出来ないよ。」
「本当にB坊は運の移動は、出来ないの?」
「出来るか出来ないかで言えば、したくないかな。」

「出来るんだな!」
「あっ、間違えた。出来ないよ」
「本当は出来るんだな!」
「君はボクが負ければよかったと言うのかい?テケレケ君もボクを応援してくれただろ。」
「応援はしたけど、それとこれとは話は別だ。使った運を返せ!」
「運を返すことなんて、出来るわけがない。」

「本当に出来ないのか。」
B坊は目を反らした。
「何故、目を反らす。」
「・・・・・・・。」
「今度は、だんまりか。」
「分かった。正直に話すよ。」
B坊は、観念した。

「やろうと思えばできるかもしれないが、効率が悪いかもしれない。」
「サッサとやれ。」
「それに、人体に影響があるかもしれないよ。それでも、するのかい?」
「良いからやれ。」
「1つ忠告をしておこう。」
「何だよ!」
「テケレケ君の運は0になっているから気を付けろと親切で教えてあげようと思ったのに、怒られるなんて心外だな。」
B坊は、逆ギレした。

運が0?
「今、運が0と言ったか?」
「うん。」
「誰の運が0だって?」
「テケレケ君の運に決まっているじゃないか。ハッハッハッハー。」
「今、僕の運は0なのか。」
「うん。」
「運が0だって~!」
「うん。」

「運が0なのに、堂々としているテケレケ君は大物だね。ボクなら穏やかでいられないよ」
褒められても全然うれしくない。
知らなかっただけだ。
「運を使ったとは聞いたけど、全部使ったとは聞いていないぞ。」
「あれれれ、そうだったかな。」
「そうだよ!」
「おかしいな。テケレケ君は、ボクの能力を信じてないんじゃなかったの?」
「殺すぞ、コラァ!」
「怒るなよ。運を全部使ってないとは言わなかっただろう。」
あー言えばこう言う。
腹が立つが、B坊はウソは言ってなかった。
大切な情報を教えてくれなかっただけだ。

「能力を使ったのは久しぶりだったから、加減が出来なかったよ。」
「少しぐらい運を残すことは出来なかったのか。」
「ミカキョンは強敵だったからね。そんな余裕はなかった。」
B坊の言っていることは、真実だと思う。
B坊は黙っていれば分からなかったのに、わざわざ教えてくれた。
つまり、テケレケ君の運は本当に0だ。
B坊は、自分に危険はないと思っている。
B坊の言っていることは、本当だと考えて行動した方が良いだろう。

「運が0だったら、何か悪影響はあるのか。」
心配になったので、テケレケ君は聞いてみた。
「ボクは運が0になったことがないから分からないよ。」
所詮、B坊にとっては他人事だった。
「分からないのか。」
「だけど、不幸になった人はたくさん知っているよ。」
テケレケ君は、目の前が真っ暗になり倒れそうになった。

「どうして、勝手に人の運を使ったりしたんだ。B坊の運を使えばよかっただろう。」
「もしものために、ボクの運は温存しておきたかった。そんな時、テケレケの姿が目に入った。テケレケ君の運を使いたいと思うのは、何ら不思議なことはないだろ。」
「やっぱり、お前だけは殺す。」
「待ってくれ。」
「今更、命乞いか?」
「いや、ボクと戦うなら気を付けた方が良い。運がなくなった反動で、どんな不測の事態が起こるか分からないよ。」
「脅しか?」

「今日はこれ以上戦いたくないんだ。これ以上ボクに運を使わせないでくれ。」
悲しげな眼をしていたが、B坊は本気だ。
B坊はピンチにならなくても、ためらわず自分の運を使うと遠まわしに断言していた。

不幸と運の等価交換の法則。
不幸であればあるほど、運が貯まる。
B坊の近くにいる反動で、運が多く貯まってたのだろう。
テケレケ君には言っていないが、テケレケ君の運の貯蓄量は思った以上に多かった。
あまりに多かったので、テケレケ君の分際で生意気だとB坊が嫉妬したぐらいだ。
ちなみに、不幸と運の等価交換の法則はB坊が一人で言っているだけで学術的な根拠は一切ない。

B坊が、自分の運を全く使わずに温存できたのは事実だ。
もう一つ秘密を話すなら、B坊の運の貯蓄量はテケレケ君より多かった。
テケレケ君の運を使わなくてもミカキョに勝てたのは、墓の下まで持って行こうと思っているB坊の秘密だ。
しばらくするとB坊は完全に忘れてしまったので、墓の下まで持って行かなくても永遠の秘密になった。

「運が0の今のテケレケ君がボクと戦ったら、テケレケ君は簡単に死ぬかもしれないよ。」
「冗談だろ。」
「冗談でこんなことが言えるわけないだろ。」
B坊なら言えると思った。
B坊は悪いことはしたと思っていても、反省はしていなかった。

「試してみる。」
無防備なほほを指差しながら、殴れるものならどうぞご自由にと勧めてきた。
「先制攻撃はテケレケ君に譲ってあげるから、殴ってごらん。」
ノーガードで挑発するボクサーのように、殴るのを進めて来る。
「ほらほら、ここだよ。」
B坊には、確固たる自信があった。

残念ながら、この状況でB坊が冗談を言わないのは知っていた。
全て真実だろう。
B坊が嬉しそうに笑っている。
テケレケ君は、思いっきり殴ってやりたいのをグッと我慢した。
「おや、殴らないのか。」
B坊は、残念そうに挑発をやめた。
勝ち誇っているB坊を見ると、ものすごく悔しい。
「その調子だ。ここは笑って許して度量の広さを示すことで、自然と運も貯まっていくだろう。」
テケレケ君は、B坊の圧力に屈してしまった。

味を占めたB坊が財布から小銭を抜くように時々、テケレケ君の運を無断で使用するようになった。
B坊のそばにいると自動的にテケレケ君の運は光速で貯まって行くが、出て行く方が多い。
B坊と一緒にいる限り、テケレケ君の運が元の量に戻ることは2度とないだろう。

「朝早かったから眠いな。ボクはまだ寝るから、おやすみ。」
B坊は布団に入ると、グーグーといびきをかいて寝てしまった。
それからしばらくして、通報を聞いて駆け付けた警官がミカキョを回収して行った。
B坊に冷たくされたことで、ミカキョの愛の炎が燃え上がったのは言うまでもない。


こうして、世界に平和が訪れたのだった。
めでたしめでたし。
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