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マーメイド②

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「無理・無理・無理・無理・無理。だって、マーメイド2人だぜ。」
「何を言っているんだ?マーメイドを2体以上召喚しているサモナーはたくさんいるだろ。」
そう、確かにマーメイドを2~3人召喚しているプレイヤーはたくさんいる。
だが、そのほとんどは女性プレイヤーだ。
マーメイドを複数、召喚している男性プレイヤーは数えるほどしかいない。
一番有名なのは、マーメイドを10人召喚している男性プレイヤーだ。

現在、戦闘で召喚できるモンスターの最大数は5体だ。
マーメイドを一度に10人召喚することは、出来ない。
10-5=5
マーメイドを5人召喚したら、5人のマーメイドを待機させることになる。
待機させているマーメイドの数がおかしい。
召喚できるマーメイドの最大数と同じだ。
超有名プレイヤーの傍らには、常に5人のマーメイドがいた。

そもそも、マーメイドを5人も召喚して戦うことは有り得ない戦術だ。
戦いで消耗したマーメイドを順番で入れ替えてレベル上げをするという考えなら、有りなのかもしれない
だが、マーメイドは万能ではない。
空中戦や夜間戦闘などマーメイドだけでは、対処が難しい場面もある。
マーメイドより強いモンスターは、たくさんいる。
他のモンスターを召喚する選択肢を捨ててまで、マーメイドを10人召喚する意味が分からない。


勇気のあるプレイヤーが、超有名プレイヤーに質問した。
「なぜ、あなたはマーメイドを10体も召喚しているのですか?」
超有名プレイヤーは答えた。
「ボクは、マーメイドです!」
「・・・・・・?」
本当に意味が分からない。
それ以上、誰も何も言えなかった。

この話を聞いた時、治郎吉は一生かかっても超有名プレイヤーには勝てないと悟った。
この言葉は、超有名プレイヤーの本心だ。
超有名プレイヤーは、身も心もマーメイドなのだ。
超有名プレイヤーの頭の中はマーメイドのことで一杯で、男なのに自分のことをマーメイドだと思っている。
超有名プレイヤーは、鎧の下にマーメイドのコスプレをしているに違いない。

超有名プレイヤーの正体は、11人目のマーメイドだったのだ。
そう考えるだけで超有名プレイヤーとの絶望的な力の差を思い知らされ、治郎吉は戦う前から敗北を認めざるを得なかった。
超有名プレイヤーの話を聞くまで、治郎吉はマーメイドのことなら誰にも負けない自信があった。
しかし今、超有名プレイヤーに負けないぐらいの情熱があるかと聞かれたら、YESイエスと答えることができない。

本当のことを言うと、治郎吉は2人目のマーメイドを召喚しようと考えたことは何百回かあった。
夜も眠れないほど悩んだ。
だが、2人目のマーメイドを召喚する選択肢は俺にはないなと思って泣く泣くあきらめた。
2人目のマーメイドを召喚する。
一度手放した希望が、手を伸ばせば手の届く距離にある。
この機会を失ったら、2人目のマーメイドを召喚する機会はもう2度と訪れないだろう。

「バカヤロー!」
治郎吉の顔に衝撃が走り、反動で派手に吹っ飛ばされた。
「何しやがる!アキト。」
治郎吉は起き上がり、アキトをにらんで叫んだ。
治郎吉を殴ったのは、アキトだった。
「理由を言え!アキト。」
事と次第によっては、ダダでは済まさない。
治郎吉が見つめる先には、怒りと悲しみが入り交じった不思議な表情をしたアキトが立っていた。

「お前の本気が見えない。」
どういうことだ?
「お前は、本気でマーメイドを召喚したいと思っているのか?」
「それは・・・。」
治郎吉は質問に答えることなく、アキトの視線から顔を背けた。

尻込みする治郎吉に、アキトは言った。
「お前は、マーメイドだからと言って差別するのか。」
「そんなことはしない!」
うつむいていた治郎吉が顔を上げ、即答した。
俺のサモナー愛は、平等だ。
「差別なんかするはずないだろ!」

俺は、マーメイドと同じように他の召喚モンスターを愛している。
「それなら大丈夫だ。」
いつもの優しいアキトに戻って、ニッコリと微笑みを浮かべている。
「答えは、もう決まっている。そうだろ、治郎吉!」
俺とアキトの間に、それ以上の言葉は必要なかった。

ここで、サモナーは召喚士という職業だ。
だから、サモナー愛は召喚士を愛しているんですか?モンスター愛やマーメイド愛の間違いじゃないんですか?とツッコミを入れる心無いやからがいるかもしれない。
だが、俺の言うサモナー愛は召喚するモンスターだけを差す言葉ではない。

サモナー愛は、サモナーに関係する全てを愛しているという意味の言葉だ。
俺は、マーメイドを召喚できるサモナーという職業を愛している。
サモナーになって、本当によかったと思っている。
俺は、マーメイドを愛している。
サモナーを生んでくれた神様、ありがとう。

ここまで言っても、頭がおかしいんですか?頭は大丈夫ですか?早く病院に行った方が良いんじゃないですか?と非難するやからがいるかもしれない。
俺がどれだけ熱心に説明しても、最後は水掛け論になるだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
今は、もっと大事なことがある。
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