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二十一、ナツヒの一目惚れ
しおりを挟む鬼の一族が大きく五家に分かれたのは、建国よりも前の歴史だ。
現在は、全く異なる力を使いこなし、護国のためにそれぞれが力を維持している。
また、ある一定の妖力の持ち主が角を持って生まれてくるという性質は、五家に共通している性質だ。
角は妖力の強さの象徴であり、妖力が形をなした物と考えられている。
火を操る紅家にナツヒが生まれたとき、その頭に角が生えていることで、ナツヒの道のりは決まっていた。
その通り、ナツヒは当主にふさわしくなるように、育てられてきた。
「ここから北領に入ります」
幼い頃は、執事長の赤居に連れられ、国内の様々な場所を回った。
紅家は南領を担当しているため、中央領を挟んで反対側の領地である北領とは交流があまりない。
「空気が冷たい」
「こちらは水の属性である墨家が治めている領土です。我々の領土に比べると冬の寒さも厳しいそうです」
初めて踏んだ北領の土地は、紅家のある地区とは違い、小さな家が無数にあり、妖気も薄く感じた。
「とくにここは、西領との”巴”に近いところです」
「風の妖気も感じる……」
「さすがはナツヒ様」
北西の巴は、中央領・西領・北領の境。
ナツヒは、講師から習った地図を頭に思い浮かべる。
「特に風の妖気の方が強いけど、水のほうが弱いのか?」
「今は季節の移り変わりですので、妖気が入り乱れます。たまたま今日風が強いだけでしょう」
ひときわ強い風が吹いて、近くに植えられた木から枯れ葉が舞っていく。
その枯れ葉を目線で追いかけるも、すぐに木枯らしが持って行ってしまった。
「ああ、村長。今回は世話になります」
その地区にある比較的大きな建物。
入り口で赤居が身なりを整えた鬼と話をしていた。
どうやらこの地区の長らしい。
ナツヒは静かにその場で待つ。
「やーい!にんげーん!」
風に運ばれた声が聞こえて、その方向へ視線を向ける。
たくさんの荷物を抱えた人間の少女に、妖狐と妖狸が駆け寄っていた。
少女はそんな二人に見向きもせずにひたすら道を歩いていた。
「そのにもつ、おもくないかーい?」
「にんげんにはちょっとむりがあるんじゃないかー?」
「おれたちがもってやろうかー?」
言葉かけは協力的だが、声色には悪意が込められている。
ナツヒは眉根をひそめた。
この国に住むどんな生き物でも、国の成り立ちを知らないはずがない。
根底にあるのは、妖怪と人間の和協だ。
関係性が崩れてしまえば、次に崩れるのはこの国だと言われている。
ナツヒはそう習ってきたのに。
目の前で起こっているのは、国の崩壊と同義だった。
「ん~?人間には口がついていないのか~?」
「その頭でっかちをどう利用するのかな~?」
ナツヒは妖気を消して静かにその三人に近づいた。
気持ちに任せてしまえば、妖狐と妖狸は確実にナツヒの妖気で気づいてしまうだろう。
「もしかしたら、人間じゃないのかも……?!」
「けどその荷物は重そうだなぁ~」
人間の少女はうつむいたままずんずんと歩く。
しかし、妖怪を振り切れる早さではない。
小柄で短い足が必死に地面を蹴っている。
細い腕は荷物で折れそうだ。
木枯らしがその茶色の髪を妖気とともにからかう。
「おれたちにお願いしてみたらどうだ?地面にその重そうな頭つけてさ」
「そうそう、『お願いします妖怪様、荷物を持ってくれませんか?』ってな」
「………っ」
ケラケラ笑う妖狐と妖狸に、ナツヒは頭に血が上りそうになるのを自覚する。
その瞬間。
風の妖気が変わる。
少女が足を止める。
ゆっくりと振り返り、鋭い眼光が狐と狸に向いた。
「……うるさい」
ナツヒは一瞬で血の気が引くのがわかった。
気がつけば、足を止めて、その少女に釘付けになる。
夕日を背景に、風が少女の髪と遊び、人間の茶色とは違う、琥珀色の瞳がキラリと光る。
「君は……」
ナツヒの小さなつぶやきは風下で、渦中の三人には届いてはいない。
「『―――妖力を有する者は無き者を救け、妖力無き者は有する者を佐くべし。双方が揃い、国家は栄えん』」
「……」
「っ……」
風上の彼女の声は、驚くほどによく通り、脳に直接響く。
述べられた文章は、国の成り立ちの最初の一文。
どんな生き物も、この一文を覚えさせられる。
何度も聞き、覚え、唱えたはずなのに、初めて聞いたような衝撃を覚える。
「その妖力は飾り?実はないの?後ろの妖力のほうが強そうよ」
「後ろ?」
ちらり、と琥珀色の瞳と目が合う。
一瞬なのに、その奥にあるわずかな妖気。
見た目は人間なのに、その瞳は妖怪だ。
琥珀色の瞳。
その瞳は夕日よりも強く輝いて。
「きれいだ」
「お、鬼……?!」
「角ありだ!」
つぶやくナツヒをよそに、自分の命の危険を感じたのか、妖狐と妖狸が慌てて少女から離れ、ナツヒの前で頭と尻尾を地面に擦り付ける。
「お、お見苦しいところを……!」
「では」
妖怪達が焦る一方、少女は荷物を持ち直して、踵を返す。
夕日に向かって道を進んでいく。
荷物を手伝おうか、と言う間もなく、その姿は小さくなり、夕日に溶けていく。
まるで自分は関係ないかのように。
「も、申し訳ありません……!」
「ど、どうか……沼に沈めるなんてことは……」
「ナツヒ様?」
ナツヒが何も言わないのを機嫌を損ねたと思っている二人は、頭をあげようともしない。
赤居の声かけに、ナツヒははっと我に返った。
「お前達、先ほどの子は?」
「キサラ、という村の端に妖怪と一緒に住む変わりものです」
「ナツヒ様、何を?」
「何でもない」
ナツヒは夕日に背を向けて赤居のもとへと戻った。
「何かありましたか?」
「特に何も」
まぶたの裏には、琥珀色の瞳が焼き付けられていた。
次に会ったとき、気持ちを制御できる気がしない。
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