【短編R18】敗北魔王、美淫魔を純粋培養したら好かれてしまう。

ナイトウ

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「ルーデリヒ、ちょっといい?」

ある夜、寝室を控えめにノックされて出てみればアルが立っていた。

随分と冷えた廊下で迷っていたのだろう、唇は少し血の気が薄れて手足も冷えている。
あまりない事に心配して私にしては忙しなくアルを招き入れ、暖炉の前のソファに座らせた。

隣に座り手足を擦ってやろうとしてやんわり拒否される。
いつもは私が撫でたり触ったりするのを嫌がることはないのに。
とうとう反抗期とやらが来たのであろうか。

かつて読んだ人間の育児書を思い出しながら対応を探る。

アルは寒いのか黙ってソファで俯いたまま膝や手を擦り合わせるようにモゾモゾ動かした。
私は静かにアルが話しだすのを待つ。

「あの、ルーデリヒ、俺……病気かも……」

「なんと。具合が悪いのか?どこか痛いか?」

私はアルが嫌がっているのもつい忘れて隣に腰掛け熱がないか額に手を当てたり喉が腫れていないか首元を撫でてしまった。

「わ、だ、大丈夫!」

アルが慌てて私から距離をとって座り直した。

「悪いとか痛いじゃなくて、何だか、む、むずむず、するんだ。」

後半はだんだん声が小さくなりかろうじて聞こえるくらいだった。

「むずむず?痒いのか?」

「いや、違くて、せ、性器?が変な感じで……」

顔を真っ赤にして言うアルの言葉を聞いて私はほっとした。

「なんだ、ただ淫魔の本能が働いているだけではないか。」

「い、いんま?」

「そうだ。種として当たり前の性衝動だろう。構わないから、気に入ったメイドの部屋に忍び込んでくるが良い。」

「え?な、何で?女性の部屋に勝手に入ったらダメだろう?」

「ではノックをして誘えばどうだ。お前のことを断る者はいないはずだ。」

「誘うって、何に?」

「?セックス以外にあるか?」

「せっくす?」

その表情に嫌な予感がした。

「アル、お前、自分が淫魔という魔物で人間の女性を襲う存在である事はしっておろう。」

その言葉にアルは目を見開いた。

「俺が、魔物?人じゃないの?」

みるみる顔が青ざめる。

まさか。いや、確かに思い返せばこの事をアルに話した記憶がない。
しかし、私は生まれながらに魔王たる宿命を理解していた。アルだって同じだとばかり。

人間の育児書にだって、子に自分が人間である事を教えろなんて書いてなかった。
言わずとも分かるものではないのか。

「そうだ。お前は淫魔という、女の精気を喰らい孕ませる習性を持つ魔物だ。今まで教えてやらなくてすまなかったな。」

うっかりしていた。思えばアルからそんな話が出た事のない時点で理解していない可能性を疑うべきだった。
アルはとても賢いからとんだ盲点だ。
これは私の落ち度だな。アルは何も悪くない。

「魔物って悪いやつなんだろう?俺……ルーデリヒに迷惑かける?」

本能が疼いて辛いだろうに、アルは私を気遣う言葉を口にした。
その様子に、心の深いところが満ち足りる感覚がする。魔王として生きていた時にはなかった感覚だ。しかし悪くない。

「そのような事あるはずがない。私だって種族は違うがお前と同じ魔物だ。お前の親は私の大事な同胞だった。お前の事はこれからも私が守ろう。」

「ルーデリヒも魔物なんだ……。俺も、ルーデリヒの事守るからね。」

「うむ、頼もしいな。流石はアルだ。」

アルが落ち着いたら、もう少し我々魔族の事を教えてやらないといかんな。
結果論だが魔物の本能に目覚めた今がタイミングとしてはベストだったのではないか。

「そうしたら、ほら、大丈夫だからこの屋敷にいる女を抱いて来るのだ。さすれば気持ちも落ち着くだろう。」

男女の営みについても教えてはいないがそこは淫魔、褥に入り込めば教えずとも本能で分かるだろう。
普通はこれだけ美しければ誰かしらが誘惑に負けて誘いをかけそうなものだが。

雇った女達は審美眼が腐っているのか。こんなに素晴らしく魅力的な男に色目の一つも使わないとは。

……いや、そういえば、アルが望まぬ被害に遭わぬように雇う男も女も貞節で自制心の強い者を千里眼で選んだのは私だったな。

「ルーデリヒ、抱くって何?だっこするの?」

「まあそうだな。まずは抱きしめてこい。あとは本能が教えてくれよう。」

「嫌だよ。俺、この屋敷にいるどの女の人にもそんな事したくない。」

アルは困惑の表情で首を横に振った。
魔物は本能が強い。それこそ欲望を抑えきれないためにしばしば人間に害をなし、根絶やしにされそうになる程には。
このまま我慢するのはアルにとって間違いなく良くないだろう。

「アル、せめてもう少しよく考えよ。誰か、少しでも触れたいと思う者がいないか。」

「……。」

「アルが辛いと私も辛いのだ。誰でもいいから教えておくれ。屋敷のものでなくとも良い。必ず私がアルにその者を与えよう。」

「……ルーデリヒ。」

「ん?何だ?いたか?」

「うん。俺、ルーデリヒなら抱きしめたい。」


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