2 / 9
2,
しおりを挟む「ルーデリヒ、ちょっといい?」
ある夜、寝室を控えめにノックされて出てみればアルが立っていた。
随分と冷えた廊下で迷っていたのだろう、唇は少し血の気が薄れて手足も冷えている。
あまりない事に心配して私にしては忙しなくアルを招き入れ、暖炉の前のソファに座らせた。
隣に座り手足を擦ってやろうとしてやんわり拒否される。
いつもは私が撫でたり触ったりするのを嫌がることはないのに。
とうとう反抗期とやらが来たのであろうか。
かつて読んだ人間の育児書を思い出しながら対応を探る。
アルは寒いのか黙ってソファで俯いたまま膝や手を擦り合わせるようにモゾモゾ動かした。
私は静かにアルが話しだすのを待つ。
「あの、ルーデリヒ、俺……病気かも……」
「なんと。具合が悪いのか?どこか痛いか?」
私はアルが嫌がっているのもつい忘れて隣に腰掛け熱がないか額に手を当てたり喉が腫れていないか首元を撫でてしまった。
「わ、だ、大丈夫!」
アルが慌てて私から距離をとって座り直した。
「悪いとか痛いじゃなくて、何だか、む、むずむず、するんだ。」
後半はだんだん声が小さくなりかろうじて聞こえるくらいだった。
「むずむず?痒いのか?」
「いや、違くて、せ、性器?が変な感じで……」
顔を真っ赤にして言うアルの言葉を聞いて私はほっとした。
「なんだ、ただ淫魔の本能が働いているだけではないか。」
「い、いんま?」
「そうだ。種として当たり前の性衝動だろう。構わないから、気に入ったメイドの部屋に忍び込んでくるが良い。」
「え?な、何で?女性の部屋に勝手に入ったらダメだろう?」
「ではノックをして誘えばどうだ。お前のことを断る者はいないはずだ。」
「誘うって、何に?」
「?セックス以外にあるか?」
「せっくす?」
その表情に嫌な予感がした。
「アル、お前、自分が淫魔という魔物で人間の女性を襲う存在である事はしっておろう。」
その言葉にアルは目を見開いた。
「俺が、魔物?人じゃないの?」
みるみる顔が青ざめる。
まさか。いや、確かに思い返せばこの事をアルに話した記憶がない。
しかし、私は生まれながらに魔王たる宿命を理解していた。アルだって同じだとばかり。
人間の育児書にだって、子に自分が人間である事を教えろなんて書いてなかった。
言わずとも分かるものではないのか。
「そうだ。お前は淫魔という、女の精気を喰らい孕ませる習性を持つ魔物だ。今まで教えてやらなくてすまなかったな。」
うっかりしていた。思えばアルからそんな話が出た事のない時点で理解していない可能性を疑うべきだった。
アルはとても賢いからとんだ盲点だ。
これは私の落ち度だな。アルは何も悪くない。
「魔物って悪いやつなんだろう?俺……ルーデリヒに迷惑かける?」
本能が疼いて辛いだろうに、アルは私を気遣う言葉を口にした。
その様子に、心の深いところが満ち足りる感覚がする。魔王として生きていた時にはなかった感覚だ。しかし悪くない。
「そのような事あるはずがない。私だって種族は違うがお前と同じ魔物だ。お前の親は私の大事な同胞だった。お前の事はこれからも私が守ろう。」
「ルーデリヒも魔物なんだ……。俺も、ルーデリヒの事守るからね。」
「うむ、頼もしいな。流石はアルだ。」
アルが落ち着いたら、もう少し我々魔族の事を教えてやらないといかんな。
結果論だが魔物の本能に目覚めた今がタイミングとしてはベストだったのではないか。
「そうしたら、ほら、大丈夫だからこの屋敷にいる女を抱いて来るのだ。さすれば気持ちも落ち着くだろう。」
男女の営みについても教えてはいないがそこは淫魔、褥に入り込めば教えずとも本能で分かるだろう。
普通はこれだけ美しければ誰かしらが誘惑に負けて誘いをかけそうなものだが。
雇った女達は審美眼が腐っているのか。こんなに素晴らしく魅力的な男に色目の一つも使わないとは。
……いや、そういえば、アルが望まぬ被害に遭わぬように雇う男も女も貞節で自制心の強い者を千里眼で選んだのは私だったな。
「ルーデリヒ、抱くって何?だっこするの?」
「まあそうだな。まずは抱きしめてこい。あとは本能が教えてくれよう。」
「嫌だよ。俺、この屋敷にいるどの女の人にもそんな事したくない。」
アルは困惑の表情で首を横に振った。
魔物は本能が強い。それこそ欲望を抑えきれないためにしばしば人間に害をなし、根絶やしにされそうになる程には。
このまま我慢するのはアルにとって間違いなく良くないだろう。
「アル、せめてもう少しよく考えよ。誰か、少しでも触れたいと思う者がいないか。」
「……。」
「アルが辛いと私も辛いのだ。誰でもいいから教えておくれ。屋敷のものでなくとも良い。必ず私がアルにその者を与えよう。」
「……ルーデリヒ。」
「ん?何だ?いたか?」
「うん。俺、ルーデリヒなら抱きしめたい。」
66
あなたにおすすめの小説
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
悪役未満な俺の執事は完全無欠な冷徹龍神騎士団長
赤飯茸
BL
人間の少年は生まれ変わり、独りぼっちの地獄の中で包み込んでくれたのは美しい騎士団長だった。
乙女ゲームの世界に転生して、人気攻略キャラクターの騎士団長はプライベートでは少年の執事をしている。
冷徹キャラは愛しい主人の前では人生を捧げて尽くして守り抜く。
それが、あの日の約束。
キスで目覚めて、執事の報酬はご主人様自身。
ゲームで知っていた彼はゲームで知らない一面ばかりを見せる。
時々情緒不安定になり、重めの愛が溢れた変態で、最強龍神騎士様と人間少年の溺愛執着寵愛物語。
執事で騎士団長の龍神王×孤独な人間転生者
俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した
あと
BL
「また物が置かれてる!」
最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…?
⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。
攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。
ちょっと怖い場面が含まれています。
ミステリー要素があります。
一応ハピエンです。
主人公:七瀬明
幼馴染:月城颯
ストーカー:不明
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる