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しおりを挟む「おお、聞いてんのか鶯院(おういん)麟太伯爵様よぉ。」
つい現実逃避で庭を眺めながら昔を反芻してしまった。
「はい。聞いてます。」
目の前で、家主の僕より偉そうに座っているダブルスーツ姿の男前は樺島さんと名乗った。
ヤクザさんらしい。
後ろに控えているガタイのいい付き人のだらしなく着付けた着物の下に、刺青だらけの肌がのぞいているので、多分本物。
部屋のあらゆる家具には、彼らが押し入るなりベタベタ貼り付けてしまった「差シ押エ」の文字が書かれた赤い短冊。
そして目の前には、父さんの名前が連帯保証人欄にある借金の証文が置いてある。額面は1億圓。
借主の名前は僕も知ってる、父さんの東都帝大時代の親友だった。
「あんたのパパのお友達が俺たちにお金返さないまま飛んじまってよ。で、パパに相談に来たらどういうことだ。こっちは死んじまってるって。」
「父と母は、仕事で亜米里加に渡航している最中乗っていた客船が難破して死にました。」
「じゃあ跡取りのおめえに払ってもらおうじゃねぇの。たんまり相続したんだろ?2日待ってやるから現金で用意しな。利息入れて三億だ。端数は負けてやんよ。そしたらこの家の差し押さえも無しにしてやる。」
「困りましたね……」
「あ゛あ?」
「今うち、お金無くて。」
「嘘つけよおらっ!貧乏貴族騙るにゃ家が立派過ぎんだっつの。」
「確かに貧乏では無かったんですが、僕の代で貧乏になりまして……」
「はぁ?」
「我が家の家令がですね、優秀だったんですが、忠義が過ぎまして。父の渡航に着いて行ってしまったんですね。それで、一緒に亡くなりまして。」
「だから何だよ。」
お、意外に話聞いてくれるヤクザさんだな。
「それで、僕もほら、甘ったれがいっぺんにふた親を亡くしましたでしょ。ちょっと落ち込みまして、慰めてくれる叔父が勧めてくれた人を新しい家令として雇ったんですね。」
「おいまて、そりゃ……」
「お察しのとおりで。ある日突然彼が辞めて、後で調べたら土地やら金品やら預金やらあらかた無くなってまして。」
「何だその小説みてぇな話は。」
「あ、樺島さんも夏芽先生好きですか?まあこの家は残ったし、叔父に言ったら大学卒業までは面倒見てくれるって言うので。あと1年ですし。」
「ふてぶてしいやつだな。自分で掻っ攫っといてよぉ。おい。そいつはどこだ。俺が叩っ斬ってやる。」
片膝を立てた樺島さんの後ろで、親分親分と舎弟たちが慌てて声を掛ける。
樺島さんはハッとして座り直した。
「その話、本当だろうな?」
「空っぽの蔵見ます?」
ちっと舌打ちしていらねぇと吐き捨てる樺島さん。
こんな荒唐無稽な話を信じてくれたらしい。
予定が狂ったのかガシガシと頭を掻く。
「あの、ひょっとして次は叔父のところ行きますか?」
「あ゛?ったりめーだろが。てめぇが払えねぇんだからよ。」
「あの、できるだけ僕がお支払いしますので、それは待ってもらえませんか?叔父は実業家なので、ヤクザさんが来たなんて評判になったら事業に影響します。お仕事の邪魔して申し訳ないですが。」
「はぁ?んでてめぇの身ぐるみ剥ぐような奴庇うんだよ。」
「僕が尊敬する父さんの、弟なので。」
「……ちっ。いくら払えんだ?」
「まずこの屋敷を売れば、1億くらいになると思うので、それはすぐに。それと僕個人の貯金が300万くらいあります。残りの2億弱は、大学やめて働いて返します。時間はかかると思いますが、どうか待ってください。お願いします。」
ガバッと頭を下げて土下座をした。
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