ヴァンパイアの聖痕

ひなのさくらこ

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第一章

領主の訪問

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「まあ……そんなに酷かったの?」
「ああ。だが、今はお前がここの教師だ。子供たちのためにお前が教材を工夫してくれていることは、保護者だけではなく地区の人々もよく知っている。何より子供たちが喜んで学校に通うようになったと、今日も何人もの人から感謝された。お前はよくやってくれているよ」

 ルーカスは言葉を切り、低い位置にある華奢な肩をぽんとひとつ叩いた。そして長い睫毛にふちどられた青い瞳を見つめる。

「……本来なら、こんなところで苦労するような生まれではないのに」
「お従兄様」

 躊躇いがちな言葉を打ち消すように、プリシラは従兄を呼んだ。
 両親を事故で亡くし、母方の伯父であるザカリー伯爵家に引き取られたプリシラを、ルーカスたちは本当の家族のように接してくれた。特に、息子しかいない伯爵夫妻にとってプリシラは我が子以上に可愛い存在だった。
 家庭教師をつけ十分な教育を施しただけではなく、社交界デビューから果ては婿探しに至るまで、持てる金と人脈を駆使しようと張り切る夫妻にとって、プリシラが教師になると言い出したのは青天の霹靂としか言いようのない大事件だった。

「それを言うならお従兄様だって同じよ。二男とはいえ伯爵家の、しかも王都の著名な教授が自らの後継者だと認めたほどの学識をお持ちなのにもかかわらず、司祭として地方都市に赴任するだなんて。ねえ、二人して伯父様たちを説得するのがどんなに大変だったか覚えていて? それに比べたら、ここでの苦労なんてあって無いようなものだわ」

 プリシラが悪戯っぽく微笑む。ルーカスがいつも勿忘草の色だと思う薄青の瞳の色が僅かに濃くなり、彼の心を和ませた。

「――そうか。お前がそう言うならそれでいい」

 ルーカスは華奢な肩をそっと押し、優しく促した。 

「さあ、家に帰ろう。雨が降り出す前に」 








「ブラックバーン侯爵様がお見えになるの? に?」
「ああ」
「それはいつ?」
「明日だ」

 夕食を摂りながら話を聞いていたプリシラは、驚いてナイフを持つ手を止めた。いち教師にすぎない自分の住まいとしては広すぎる邸宅は、従兄のために教会から用意された立派なものだ。とはいえ領主の訪問を甘んじて受けられるほどの設備はない。

「急な話で驚いただろう。だが、用件を済ませたらすぐに帰るから饗応は不要だと言われている。心配はいらないよ」
「侯爵様のご用件は何か、伺ってもいいの?」

 プリシラの問いにルーカスは無造作に応えた。

「私の蔵書を閲覧したいそうだ」

 大学アカデミーを首席で卒業し、伯爵家の二男という気楽な身分から研究者を志していたルーカスを引き抜いたのは、王国の国教会だ。
 国教会が最大宗派として我が世の春を謳歌していたのも今は昔。ここ数百年は教義の緩やかなメノセス教が幅を利かせている。その現状を憂い、何としても過去の栄光を取り戻したい国教会が白羽の矢を立てたのがルーカスだった。

 
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