必要悪のメサイア

中の人など居ない

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失われた世界で踊る咎人達

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ーー必要悪


それはどの世界にも存在する。
例えばヤクザ、マフィア、ギャングスターなどと言った連中だ。
彼らは社会からの爪弾き者で非合法な手段でしのぎを削って幅を利かせている。
例え世界が滅びそうになっていても——

「指定のF7913地点へ到着、SOS対象の生存者確認。」

カウボーイハットの左目に黒い眼帯した男が紅いスカーフと風にはためかせる。
ボロボロの麻色のマントの間から見える胴体にはSWATやSATなどの特殊部隊が着る防弾アーマを装備している。
頬は痩せこけ幾つもの醜い裂傷の傷跡が額に残り、歴戦の兵(つわもの)といった面持ちだった。
望遠鏡で覗く男の視線の先の廃墟のマンションの屋上には救難信号を発信した取り残された避難民達が身を寄せ合って脅威に震えている。
その庭には奇怪な生物達が取り巻いていた。

「しけてやがんな……地下室にでも隠れてやがったか?前回の撤退作戦のときに逃げ遅れた自業自得だろ。」

「どうかしたの?」

「要救護者の周囲には異号生物エコーを複数体確認、救出作戦を開始する。」

「——了解。」

男が通信している旧式の軍用トランシーバーから女性の声が聞こえる。



——西暦30XX年

突如出現した地球外知的生命体エコーの侵略により人類は滅亡しようとしていた。
未知の生命体であるエコーは人の思考を操る力を持ち、
様々な姿に擬態することで人間を捕食して次々に増殖していった。
やがて唐突に始まった国家間の核戦争により人類はその世界人口を僅か1000万人程度までに減らしていた。
これにより各国の主要政府機関は崩壊、国際宇宙ステーションに各国の要人達は退避せざる得なかった。
とり残された人々は荒廃した世界で身を寄せ合いながら隠れながら元凶であるエコーに対し抵抗を続けていた。
だが、全ての人々が互いに手を取り合って協力的な関係を築けたわけではない。
統治されなくなった世界は略奪、暴行が蔓延る無法地帯に成り果てたのだ。
そんな人々を取りまとめたのが膨大な資金力を持ち核シェルターに避難していたヤクザ、マフィア、ギャングスターなどと言った連中だ。
生き残った彼らは集結してローグという組織を組閣して世界政府の代わりに治めたのだ。
ローグは非合法で非人道的な技術を駆使することで
奇しくもエコーの体細胞を用いた移植手術でエコーの支配を受けずに迎撃できる怪人バフォメットを生み出すことに成功した——

「ぬるい仕事(ビジネス)だ。」

標的を見つけた数匹のドラム缶型のエコー達が男に突進してくる。

「所詮群れてなければ何もできない雑魚どもが。」

––タァン!タァン!タァン!
乾いた銃声が数発鳴り響いて大気を震わす。
男は一見棒立ちのようでその実、凄まじい速度で拳銃を速撃ちしたのだ。
次の瞬間、エコー達は一様に急所であるドラム缶の中央が撃ち抜かれて動きを停止する。

「らぁっ!!」

道を塞ぐドラム缶を乱暴に蹴飛ばしてマンションの外階段から屋上へ駆け上がっていく。
たどり着いた屋上には十名ほどの武装した避難民が怯えながら脱出の機会を伺っていた。

「あ、あんたは?」

「………っと、狡(こす)いんだよ!」

––タァン!
男はまるで後ろに目があるかのように
中階のフロアのドアから男の背後へ迫ってきたデク人形型のエコーの気配を察知し、
背中に二丁拳銃をクロスさせると額を撃ち抜いて後ろ蹴りで階段から落とす。

「俺はSOSを受信したローグのもんだ。バフォメットって言えばあんたらでもわかんだろ?」

「ひっ…!?」

住民達が怯えるのも無理はない、バフォメットは人智を超えた能力を持ち
手段を選ばない悪逆非道な怪人達であると知られているからだ。

「オーライ!オーライ!何も俺たちも取って食おうってわけじゃない。
こっちも人的リソース不足でな、労働力が欲しいのさ。
まぁ、俺も仕事だから来てるわけだが、何なら使えそうなやつだけ攫って
使えないやつは置いていっても良いんだぜ?」

男は両手を上げておどけたように底意地が悪そうに笑う。

「で、お前らどうなんだ?時間がないからさっさと決めろ」

とは言え、この状況で四の五の言っている場合でもなく
ローグに救難信号がつながった時点で避難民達の覚悟は決まっていたようだ。

「つ、ついていきます!助けてください!」

「ふん、殊勝な心がけだな。」

男は長いロープを背中から取り出し、屋上から地面へと垂らす。

「さっさとここから出るぞ!あんーーー?一人増えてねぇか?」

避難民達と屋上から降りて退路を確保して先導しようとした矢先、男は胸騒ぎのようなものを感じる。

「きゃー!!」

避難民の一人の若い女性の悲鳴があがる。
人間に化けたエコーが大きな口を開けて鋭い牙で女性を食い殺そうとしていた。
周囲の避難民達が慌てて取り押さえるも触手のように変化した手足が蠢き、
無秩序な触手の先端の刃物が暴れて人々を切り刻んでいく。

「いででええええええぇ!!」

「このぉ!!!」

「クソが…!この俺が一匹混じってるのを見落とすとは…!!」

男は目にも留まらぬ速さで銃を向けてトリガーを引く。
ライフリングによる螺旋状の回転が付与されて破壊力を増した
銀色の銃弾は宙を飛翔し、的確に人に化けたエコーの頭を撃ち抜く。

「無事か…?」

避難民を皆負傷しておりお粗末な状態と言わざる言えなかった。

「あ、ありがとうございます。。。」

やがて、避難民の女性が男にたどたどしく礼を言うも男は苛立たしさを隠しきれなかった。
それは自衛ができない無力な避難民に対しても守れなかった自らの力量不足に対してもだ。

「ちっ……シエラ見てやれ!」

「あらぁ…結構一杯いるのですね。」

男の合図とともに背後からハイヒールを履き、チャイナドレスのようにセクシーなスリットが入った黒い修道服を纏った不埒なシスターが歩いてくる。
シエラと呼ばれたシスターは男と反対の右目のみが空いている碧眼の白い仮面を被り、
スリットから覗かせる包帯にぐるぐる巻きになった輪郭(シルエット)のみ分かるお御足は未知の魅力を放っていた。
どうやらこの女性が先程のトランシーバーの相手のようだ。

「一人ずつ順番に手当していきますね。」

シエラは警戒を与えないよう朗らかに喋りながら右腕を負傷した青年に駆け寄る。
ボロ布で止血した箇所からは大量の血が滲んでおり、貧血により顔色が土気色に変わっていた。

「酷い怪我…!」

止血してもこの場で治療しないと破傷風で命を落とす可能性が高いだろう。

「少しじっとしていてくださいね。」

シエラは修道服の裾の中に青年の怪我した右腕を入れる。

「うっ!!」

「大丈夫ですよ。抜いてみてください。」

痛みに顔をしかめた青年は恐る恐るを裾から引き抜くと完治した右腕が現れる。

「怪我が…直った。魔法?いや奇跡だ…!?」

それを聞きつけて我も我もと
脚に怪我をした中年女性や背中などに裂傷を負った大柄の老人もシスターに集まってくる。


数分後、ひとしきり避難民達の手当を終えたシエラは人心地がつく。

「……ふう、これで全員ですか?」

「待ってください。」

物陰から少年を背負いながら現れたのは老婆だった。

「この子を助けてください!私の孫なんです!」

決死の表情で老婆が男に訴えかける。
少年のどてっぱら腹は何かに大きく内蔵までも食い破られており誰の目にも重症であることは明らかだった。

「手遅れだ。諦めろ。」

先程避難民を救ったカウボーイハットの男は一瞥し、冷静に状況を見極めると冷徹な判断を下す。

「たった今も他の人達を治療していたじゃないですか!!なんでこの子だけ駄目なのですか!!」

老婆は激怒する。
しかし男は言葉少なに首を横に振り、ぴしゃりと言い放つ。

「無理だ。」

「食料の問題ですか?なら、私の配給分を孫に回して上げてでも…!」

老婆の懸念も尤もで供給できる人も施設も少ないこの世界では食料すらも貴重物資である。

「そもそもシエラの手に余るほどの重症なんだ。
集積装置からのネットワーク演算では輸送も間に合わないと出ている。」

少年の腹からは命の雫が流れ落ちて出血多量で顔面も蒼白で唇も紫色に変色していた。
ここから医療施設が整っている拠点へは数時間はかかる。
輸血もすぐにできない現状、助からないのは明白であった。

「お願いします!私はどうなってもいいですから!!」

男は必死に足にすがってきた老婆を邪険に振り払う。
地面へと投げ出された老婆は恨めしそうに男を睨みつける。

「ちっ…邪魔だ!ガキは連れていけねぇっつってるだろ!」

「そ…そんな!!」

「せめてもの慈悲だ、ここで苦しまずに逝かせてやる。」

「え…?」

男は銃を徐ろに腰のホルスターから取り出すと寸分違わず構える。
意識が朦朧として荒い息を苦しそうに吐いている少年のこめかみへと銃口を向けて…

––タァン…!

乾いた銃声が周囲に鳴り響き、少年は頭を撃ち抜かれて即死する。

––タァン!タァン!!タァン!

間髪を入れずに数発の銃弾が仰向けに倒れた少年の心臓や腹部の急所を撃ち抜かれると
着弾の衝撃に同調して少年の身体は陸に上がった魚のように数度跳ねる。

「あ…あ…そんな…」

無慈悲なトドメの銃声に希望を奪われた老婆の嘆きが木霊する。

「この人でなし!!」

「おうとも、俺たちは人でなしさ。わかったらさっさと車に乗れ!」

男の問いかけにも老婆は少年を抱き変えたままその場を動こうとしない。

「おい、どうした?ここにいたら死ぬぞ?」

「嫌です。私はここに残ります!!」

「あぁん?めんどくせぇな…!これだから年寄りは頑固で困るぜ!」

男は目にも留まらぬ手刀を繰り出し老婆を気絶させる。



——数分後

トラックの運転席に座った男は先程の硝煙の匂いを消そうと水タバコを吹かしていた。
車内に煙が蔓延しないように開けられた窓からは白い蒸気がモクモクと立ち込める。

「ちっ…まずい、命の選別なんて慣れたつもりだったんだがな。」

先程の老婆とのやりとりが脳裏によぎり男は早々に水タバコを破棄する。
シエラがトラックの荷台に生き残った人々を載せて、
助手席に乗車するのを確認すると男はエンジンを掛ける。

「ガストよかったの?本当のことを伝えなくて……?」

「そいつを言って何になる?ガキンチョが死んだのは事実だろ」

「嘘つき……あなたっていつも損な役回りしてない?
あの子、すでにエコーの幼体に内蔵を食いつぶされていたの知っていたのでしょ…
あのまま放っていたら食い破られて周囲の人たちに危害を加える可能性があった。」

先程の銃弾が腹を貫通した際に少年のものとは別の青色の血が吹き出したのをシエラは見逃さなかった。
ガストにはエコーを察知する能力があるのだ。

「知らないほうが幸せってこともある。仮に知ったらあのババアが他の奴らから迫害される恐れがあった。」

「あなたのそういう不器用だけど優しいところ……私好きよ」

「あ?なんか言ったか?」

「なーんも」

気絶して意識がない老婆を見つめながら、後味の悪いものを見せられた人々は何かに祈るかのように喪に伏していた。
まるで霊柩車のように皆一様に沈黙したまま、旧式のディーゼル車の鳴り響くエンジン音だけが生者の鼓動を告げていた。

「……俺よりもシエラ、お前の方が心配だ。
大分無理させちまったな……」

シエラが修道服の裾を捲り、ぐるぐるに巻かれた両腕の包帯を解いて確認する。
素肌を晒した両腕には切り傷や打撲などおびただしい数の傷跡が痛々しく浮かび上がっていた。
奇跡なんてものはない、彼女の能力が他者を治癒する代わりに傷を引き受けるものだからだ。

「後悔はしていないわ、この痛みを引き受ける力で助けられるのなら安いものだもの……」

「基地についたらいつもの軟膏塗ってやろうか?背中とか」

「んー?今日はどうしよっかなぁ?」

シエラは悪戯っぽく悩む仕草をする。

「ああ、クソッ!!俺もヤキが回ったな!なんでこんな女に惚れちまったんだ!?
いいか?俺たちの目を奪ったアイツらに落とし前つけさせるまでくたばるんじゃねぇぞ!?」

ガストは照れ隠しを隠すかのようにアクセルのペダルを強く踏みエンジン音で独白を掻き消そうとする。
廃墟の町並みを置き去りにするかの速度でトラックは舗装が剥がれて隆起してひび割れたコンクリートのオフロードを爆走していく。

「ウフフッ」

シエラの顔が運転席のガストを向く、仮面の裏に覆い隠されて表情は見えないが、
目だけが笑い声に呼応して和らいでいるように見えた。

「––クソッタレなこの世界で神が救わねぇというのならば、俺たちが代わりに慈悲を下してやるさ。」


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